第2話 修行開始
2週間投下なしでごめんなさい 投下します
始まりの街。そこのメインストリートに位置する洋服店に2人の男がいた。1人はセールになってる安物の服を物色しているヒョロい男で、もう1人は洋服店では場違いな黄金の鱗で作られた鎧を身に纏っている。
「全く。こっちも無一文に知識0だなんて思わなかったよ。しかも君の服はとっくに質に流されてたとは思わなかったしね」
「そうなんですよねぇ。俺の服ってそんなに高く売れるんでしょうかね」
「外来品ならそれなりの値にはなるよ。ここらは文明レベルもそんなに高くないし」
しーくんとタイチョー。2人はあの後、着替えて外に出ようとしたのだが、タイチョーの服はともかく、しーくんの服は既に連中が売ったのかどこにも見当たらなかった。裸で出るのは流石に拙い。そこでしーくんが1つ提案をしたのだが。
「俺。これでいいですよ」
死体からハイエナよろしく服を剥ぎ取って着ようとしていた姿を見たときは流石のタイチョーも焦った。普通の感覚では完全におかしいのだが、どうも無くなった記憶にそういう死生還についての倫理が完全に抜け落ちているらしい。結局、手近にあったカーテンを加工して、それを羽織らせて洋服店にまで着た。
そして今、しーくんは上下を絹で出来た灰色の地味なシャツとズボンを身に纏った姿になっている。これにはタイチョーも苦笑い。
「あのさ。もう少し良いものでもいいよ。なんていうか……その……ネズミみたい?」
「え? でもイケてませんか?」
「……」
正直。タイチョーもそのセンスは全く理解出来なかったのだが、自分も黄金の鎧なんていうイロモノ装備をしているので黙ってしまう。結局、そのねずみ服を着て2人は店を後にした。
「それで。君はこの世界のことについてどれだけ知ってる?」
「正直ほとんどなにも」
「……おかしいな。少女にこっちに送られてからチュートリアル受けなかった?」
「全く」
本来ならばこちらの世界に飛ばされてきた人は最初にチュートリアルを受ける。それも金で雇われた専門の説明人から受けるのだが。ただ、しーくんは最後の質問で”トイレに行きたい”などと意味がわからない質問をしたため、本来飛ばされる場所とは別の場所に飛ばされたので、受けていないのである。それを知らないタイチョーは彼に簡単な説明を始める。
「まず、この世界の名前は天獄。少女から軽く聞いたと思うけど、死んだ人間が集められた世界だ。総人口は1000万人。数が減ったら翌日には君みたいに新しい人を入れるから、人口はそんなに変わらない。街の数も決まってて、ここは1番最初の街。”始まりの街”って呼ばれてるエリアだね」
「じゃあここ以外の街にも行けるんですか?」
「まあそれは追々話すとして。1番肝になるのは、この天獄に集められた死人たちは一様に別々の世界から来たってことだ」
「…………?」
なにを言っているのか理解出来なかったのか首を傾げる。
「簡単に説明すると。僕のいた世界と君がいた世界は全く違う世界だったってことだ。文明も違えば住んでいた人も、人種も違う。君もここに来て周りの人がおかしな格好をしていたり、変な生物が混じってたりで困惑しなかった?」
「なんだぁ。俺から見ても趣味が悪い黄金の鎧も、タイチョーの世界だと普通なんだね」
「…………」
なんで一々しーくんは人の心を抉ってくるのだろうか。タイチョーだって好きでこんな鎧を着ているわけじゃないし、元いた世界でも散々趣味が悪いだのなんだの言われてきたので既に乾いた笑いしか出てこない。
「だからまあ……自分の常識と違うことがあってもあんまり驚かないように」
「はーい」
「次に僕たちは死んでいるわけだけど。少女から生き返る方法を聞いてるよね」
「えっと……」
「まあ動転して覚えてないよね。こんな世界でも一応、生き返る方法はある。1つ目は迷宮を攻略すること。これはかなり難しいよ。なんせ200年以上、ただの1人もクリアしたことないから。僕たちを襲った奴隷商も生き返りを諦めた連中だろうし」
これを聞けば。まあ絶望的な数字である。しーくんはイマイチ、わかっていないような顔をしているが。
「そしてもう1つ。この世界の通過であるstを10億集めること。これの方が確実かな」
「あー。でもこっちの通貨価値がどれだけなのかわからないけど。10億って結構な額じゃないんですか?」
「そうなんだけどね。ぶっちゃけた話。僕たちはこの世界で歳をとらないから」
「……なんか今。さらっと凄いこと言いましたね」
「死んでるんだから歳をとるわけないでしょ。まあ老衰以外では普通に死ぬけど」
だからこそ。少量しか稼げない仕事でも病気などで死なない限りは際限なく稼ぎ続けられる。ただ……それを許容できるのかが問題なのだ。想像してみて欲しい。10億をマトモに稼ぐ自分の姿を。どれだけの時間と時を有すればいいのか。少なくとも普通のサラリーマンの生涯年収が3億程度。約4回は生まれ変わらないと10億なんていう金は稼げない。
それ以上に1度は死んでいるというのがネックになってくる。
「1度死んで生き返るとね。どうもやる気がなくなる人間が多いんだよ」
「……どういう意味です?」
「人は1度の人生だからこそ一生懸命生きるわけでしょ。それが2度目の人生をこうやって謳歌して。更にはまた戻れるチャンスがある。やる気がなくなるってもんだよ」
「タイチョーもそうだったんですか?」
「今だってやる気ないよ……はぁ」
その意図について問いただそうかとも思ったが、予想以上にタイチョーが暗い顔をしていたので、流石のしーくんも口を瞑ってしまう。
「まあ種族によっては元から長寿な種もいるし。ちなみに僕はこれでも100年以上ここにいるからね」
「それで迷宮制覇出来ないんですかお爺ちゃん?」
「それは仕方がない理由があるんだよ。それと唐突にお爺ちゃん呼ばわりは止めろよぉ」
ちょっと真面目に泣いているタイチョーは放っておいて。
「ってタイチョータイチョー!!」
「なに?」
「あれなんですか!?」
しーくんが興奮するのも無理はないだろう。街の中心部を抜けて郊外に出ると、そこには見渡す限りのテントが広がっていたからだ。後ろには街らしい建物郡が並んでいたにも関わらず、一歩街を外れるとそこには大小様々なテントが街の建物と遜色ないほどの数で広がっている。
「あぁ。あれは冒険者たちの寝床だよ」
「寝床?」
「街に宿屋はあるんだけどね。金を節約したい冒険者である彼らはこうやってテントで生活してるんだよ」
「でもこんな場所だと危なくないですか」
「危ない……ね。この街だとそうでもないんだよ。この街は治安が悪いからね。街中だからって平気で誘拐や強盗が起きたりする」
前述のプロローグで語られた通り、この街の治安はかなり悪い。自警団などもいるにはいるのだが、それでもその抑止力はそう高いものではないだろう。だからこそ、店に用心棒などを置く店も多い。
「ただ、こんなにテントが密集していると、誰かが悪いことをしようとすると直ぐにバレちゃうでしょ。悲鳴でも上げられたら速攻でタコ殴りに合うしね。自分がやられたくないから他人を守る。ある意味、この街で1番安全な場所だよここは」
「なるほど」
黙っているのは簡単でも、次に自分がやられた際に助けてもらえないのは嫌だ。だから戦う。ここにいる殆どの人が冒険者なので、数で戦えば負けることなど殆どないわけで。金があってもテント生活を止めない冒険者もいるので、その効果の程がわかる。
「この先に最初の迷宮があるんだ。さあ行こうか」
「階段を下りるんですか?」
「まあね」
2人が歩いていったテント街の端にその看板は立っていた。
鉄の森 5―20
階段を下りた先。そこには巨大な空間が広がっていた。
「どう? 迷宮を始めて見た感想は?」
「凄いとしか」
呆然としているしーくん。地下に巨大な空間が広がっていたからでも、地下なのになぜ太陽があったからでもなく。
「この木ってなにで出来ているんです?」
「さあ? 金属に近いとしかわかってないよ」
鉄の森という名の通り、その森の木はすべて葉の一枚に至るまで樹木色の金属質なもので出来ている。しかもしーくんが興味深そうに触っているが、その質感はまさに金属としかいいようがない。
「ちなみに今はいいけど。昼過ぎると熱を吸って樹木と森の温度そのものが上がるからね」
「ふ~ん。そうなんですか」
先ほどとは違い、さして興味がなさそうに答えるしーくん。
しばらく2人が歩くと、近くの茂みからカサカサなどという音ではなく、金属が擦れる様なじゃらじゃらとした音と共にサルが一匹飛び出してくる。いや、サルはサルなのだが……
「この森。サルも金属で出来てるんですか?」
「この森で最も良く遭遇するアイアンモンキーだよ。ゲーム的にいうと魔物ってやつだね」
「ウキャーーーーッ!!」
ただし、その体が全身金属質のシルバー色でなかったらだろう。普通のサルならば今目の前のサルがやっている踊りも、可愛らしい仕草だと思うのかもしれないのだが、全身銀色のサルが踊っている姿はひたすらに気持ち悪い。ただ、それを見たしーくんは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「なんですかこのサル。よわそ――いたいっ!?」
「ウキャーーーウキーーー!!」
「言っておくけど。このサル、人の言葉を理解できるぐらいには頭良いから」
「始めに言ってくださいよ!! 痛いって!!」
アイアンモンキーの爪で顔を引っかかれるしーくんとそれを傍で眺めるタイチョー。しかし、タイチョーはその笑みを素早く消して、真っ直ぐとしーくんの目を見る。
「それと彼らは群れで動く習性があってね。少なくとも三匹一組またはっ!!」
「ウギャアアアアアアアアア!?」
タイチョーが腕を一閃すると、真横からタイチョーを襲おうと飛び出したアイアンモンキーの二匹目の体が真っ二つに切り裂かれる。
「ウッキィ!?」
「よ、ようやく離れた!?」
「こうやって力の差があれば逃げるぐらいの頭もあるしね」
逃げていくアイアンモンキーの姿を見ながらケラケラと笑う。顔に傷を負って笑われたしーくんにしてみればたまった物ではないのだが。
「丁度、開いたところに出たし。ここで修行しようか」
その言葉と共にタイチョーが黄金で出来たナイフが四方を取り囲む。
「一応、あのナイフで繋いである四隅の中は結界を張ったから。魔物も入ってこられないよ」
「へぇ。タイチョーって凄いんですね」
「今更? いやまあいいけどさ。まずは自分の戦力から確認しようか。腕にこういう腕輪があると思うけど」
「そういえば。いつの間にあったよ」
タイチョーとしーくんの右手には腕時計のような機械装置がつけられている。しーくんにしてみれば全く見覚えがないものなのだが、タイチョーは先程操作をしていたので、黙って説明を聞く。
「まずはこの真ん中についているMANUのボタンを押すと電源がつくと思うんだけど」
「えっと、”Status”、”Party”の項目がありますね」
「ツールを使えばもっと機能が増えるけど。まずはその内のStatusを選択して……うん、そうそう」
MENUの両横にある矢印ボタンを動かしてStatusを選択すると、下記のような情報が表示される。
しーくん
LV:1
R:1
Title:最弱の魔法使い
STRENGTH:E- INTELLIGENCE:C
PIETY:E- VITALITY:E-
AGILITY:E- LUCK:E-
「はい! 全く意味がわかりません!!」
「1から説明するよ。これは今の君のステータス。名前はしーくんで登録されてるね。名前と称号に関してはもう変更できないから。それで”LV”はその人の強さ。魔物なんかを倒すて手に入る経験値を集めることであがるよ」
「上がったらステータスが上がったりするんですか?」
「その通り。下記のRは今君がいる迷宮の位置。次の迷宮に行けば2,3,4っていった感じで上がってくから。その下が今の君のステータスだ。上から”力”、”知恵”、”信仰心”、”生命力”、”素早さ”、”運”になってる。この他にも表示されてない隠しステータスがあるらしいけど」
「えっと……E-が多いってことは凄いってことですか!?」
「いや。E-が1番低い。っていうか、普通はEが最低ランクだけどそれ以下っていうことは相当だよ」
ちなみにS,A,B,C,D,Eと並んでいるが、Eは一般人と同程度の能力値。E-となれば一般人以下となる。
「あれ? でも知恵だけはCありますよ」
「うん。まあさっきも言ったと思うけど、ステータスはLVが上がると上昇する。だけど人には向き不向きがあるわけだから、力を中心に成長したり、運がやたら高かったりってな感じで、成長タイプみたいなのが存在する」
「確か俺は魔力特化タイプって……」
「よく覚えてたね。魔力特化タイプは知恵がやたら高くなる代わりに、他の能力がちっとも上がらない魔法使い向きなんだけど――」
「つまり魔法使いとして大成するってこと!?」
「……まあ」
大成しなければマジでゴミ以下の屑だよとは言えないので中途半端な返事で濁しておく。そもそもが特化型というのは、1つのステータスが特化する代わりに他のステータスをすべて犠牲にするタイプで。力はあるけど防御も素早さもカスな戦士や、素早さはあるが力はカスな盗賊など誰が使いたがるのだろうか。そこはまあ、真実は伝えない方がいいという親心である。
「それで。初歩的な質問だけど、君は魔法についてどれだけ知ってる?」
「全然です!!」
「1からか。まずは基礎概念として覚えていて欲しいんだけど。”魔法は信じることである”ね」
「……魔法は信じることである?」
「後で教えるけど、魔法は割りと精神面に左右されるからね。調子が良いときは威力も上がるし、調子が悪いときは威力や燃費が悪くなる具合に」
「じゃあ俺は大丈夫だよ。神経図太いから!!」
「」
それは果たして誇っていいことなのだろうか。ただ、その空気読めない部分に救われる人もいるかもしれないので黙って……黙ることばっかりだが、タイチョーは続ける。
「人間は体内に”魔力”というエネルギーを持っているんだけど、これは体力と似た関係だね。魔力は無くてはならない力で、逆に利用すれば身体を強化したり、体の不調を治したり出来る。まあ魔法使いじゃなくても多少は操ったり出来る人もいるから」
「ふむふむ」
「それで魔力なんだけど。掌から表に出して見るとこんな感じね」
「……き、キモイ!? なんですかそれキモッ!? なんかドロドロした白濁液とか!!」
「せめて木工用ボンドとかさぁ。まあいいけど」
掌からドロドロした白い白濁液が出てきたら誰でもそんな反応をする。なんというか……生理的嫌悪を催しそうな。もっと言えば男がよく生産するキモ液のような色形なので余計だろう。
「こいつの出す量と形を整えるのが魔法ね。こうやって円を作ったり、鞭みたいにしたり」
「タイチョー大変キモイです」
「慣れてよ。ちなみにこれをボールみたいにして投げるとッ!!」
「ちょっ!? 危ない!!」
自分に向かって飛んでくる白濁の球体を手で受け止める。流石にべちょりなどという不快な音を出して手をドロドロにするという結果にはならなかったが、それはしーくんの掌で破裂して消えてしまう。しかも、掌にはいきなりゴムボールをぶつけられた程度の痛みまである。
「わかった?」
「なにが!? 痛いのはわかったけど!!」
「ほら。今、僕のボールを防ぐときに魔力を出してたでしょ?」
「……出してました。その白濁液を」
「まあ自覚無しか。じゃあもう1回「わかりました!!」」
流石に2度もあの不意打ちを食らいたくなかったのか素直に返事をする。というよりも、タイチョーもこのしーくんの態度に少し腹を据えかねて割りと本気で投げていたのだが。そこは2人とも大人気ない。
「ただ。この魔力を操るのはそう難しいことじゃないんだけど。この魔力の硬度や形を変えても、正直そこは銃や刃物を使った方が強い。ならばどうするかというと、ここに元素を足す」
「元素?」
「簡単に言えば、この世界を司る属性みたいなものかな。普段は目に見えないし感じることも出来ないけど、魔法使いはそれを感じて力にすることが出来る。えっと、油はわかる?」
「知ってますけど」
「魔力を油とすると、それに元素を足して威力を上げる。例えば魔力に火の元素を加えると火の魔法になる」
掌に乗った球体が音を立てて燃え出す。それはまさにしーくんが御伽噺やゲームなどで知る魔法そのものだった。タイチョーはその火を消して話を続ける。
「元素の感じ方は感覚的なものでしかないからアドバイスは出来ないけど。1度感覚を掴めたら簡単に出来るようになるよ」
「へぇ……」
「魔法の威力の調整は魔力を足せばいいから。じゃあ質問はないみたいだから僕はもう行くね」
「はぁっ!? 質問はあるよ! 沢山!!」
スタスタと去っていくタイチョーを呼び止めようとするのだが。タイチョーは少し悩んだように、腰から袋を投げ与える。
「その袋に1ヵ月分の食料が入ってるから。頑張ってね」
「聞けよ! マジで1人にする気なの!? ウサギは寂しい――」
「”テレポート”」
移動系の魔法の類なのか。その言葉と共にタイチョーは影も形もなく、その場から消えてしまった。まさに有無を言わさぬ早業である。しーくんは癇癪でも起こそうと思ったが、ここで無駄に体力を消費していいものかと考え、とりあえず腹を満たすためにタイチョーが残していった袋を開ける。
『お金を入れてください』
「マジか」
袋を開けたところで、そんな無機質な文字が見えたしーくんはただただ呆然としていた。
それから10分ほど後。袋を振ったり中を探ろうと色々とやってみたが、やはりというかなんというか。袋はうんともすんとも言わなかった。
「ここで予想できる展開は2つ」
①、寝て目が覚めれば食料が出てくる
②、現実は非情である
どちらかというと②の可能性の方が高い。というより、しーくんの経験で現実が自分に優しかったことなどない。ゆえに常に最悪の方向で考えを進められる。
「まずは金を探しに行こう。流石のタイチョーも忘れてたとかそんな理由じゃないだろうし。ゲームみたいに迷宮で拾えるんだ、きっと」
現実は自分に厳しい。でも動かなければ前には進めない。死ぬ覚悟なんて大層なものは持ってないし、死にたいとも思わない。だがしかし……
「死に方は選びたい。出来れば飢餓とかそっち以外で」
痛くて死ぬのも苦しくて死ぬのもまだ許容できる。だが、腹が減りすぎて死ぬのは許容できないと、またもやズレた考えをもったしーくんは結界の外へと歩き出した。
ここで予断というかよくある話なのだが。迷宮物のゲームでダンジョンに入ると稀に、その階層で明らかに実力の違うレベルの強い魔物がいたりする。出会ったら諦めろだとか、気合で乗り切れだとか。諸説は色々あるが。この鉄の森にもそういった類の魔物がいる。
アイアンコング、又の名を鉄大猩猩。体長3m程度。その名の通り、アイアンモンキーの上位種であり、ゴリラをシルバーにしたような風貌が特徴である。その巨大な図体と筋肉、加えて金属に近い体から繰り出される攻撃は脅威の一言。しかも、頭も良く、子分であるアイアンモンキーを呼び出し多勢で攻めてくる。
「あのーそのー」
結界から少し歩いて。曲がり角で食パンを咥えた絶滅危惧種のような少女には出会わなかったのだが、見るからに危険な生物には出会ってしまった。体が危険信号を出すのに0,1秒。反転するのに2秒。そして……
「グゥオオオオオオオオオオオ!!」
「では!!」
しーくんが走り出すのと、アイアンコングが叫びながらしーくんが今いた場所に掴みかかってきたのはほぼ同時だった。危機一髪。一瞬の差で死んでいたと感じる。そして脇目も振らずに足を動かす。
「ヤバイヤバイ!! 死ぬ!!」
足を止めたら死ぬ。そして振り返ったらそのまま死ぬ。どちらにせよ死ぬのだが、少なくとも結界の中ならば大丈夫なのではないかという確信があった。
「これで結界を張るのに金を請求されようものなら、タイチョーは今度〆る!!」
喋ってないと足が止まりそうで。悪態をつきながらも、放置していた袋と結界の場所が見えても安心したりなどしない。近づき、近づき。後、数mのところで頭から一気にダイブする。
バッチーン!!
生きていたことに対する安堵と滑ったことによる痛み。そして壁に思い切り手の平を打ちつけた音が森に響き渡った。しーくんが体を起こしながら後ろを振り返ると、そこには腕を弾かれてこちらを睨んでいるアイアンコングがいた。
「本当に紙一重だったのか。よかった本当――ひっ!?」
目の前に獲物がいる。ならばたった1度弾かれただけで諦められるはずもなく。今度は拳を握って結界を殴り始める。ただ、その攻撃はすべて見えない壁によって弾かれる。
やがて疲れたのか諦めたのか。アイアンコングは名残惜しそうにしーくんの方を見ながら去っていく。そこでようやくしーくんは体の力を抜く。
「このまま1ヵ月もこんな所で生活するとか。絶対に死ぬ」
初日からこんな調子のしーくんである。
ところ変わって。先程のアイアンコングは獲物を求めて徘徊していた。先程は獲物を逃してしまった。だからこそ、その鬱憤をなにかで晴らしたかった。それは美味そうな人ではなくてもいい。例えば目の前の、黄金のなにかでも。
「えーっと。帰りたいんだけど」
彼は自分をロクデナシだと思っている。少なくとも彼に選択肢を与えなかったことは悪いと思っている。まあ弟子の概念がなんであれ。自分には彼に対して金を稼ぐ方向で生き返りの道を探せばどうだと提案することも出来たのだ。幸い、自分にはそういった”コネ”がないこともない。ならばなぜそれをしなかったのか。
答えは彼に可能性を感じたからに他ならない。
彼には言っていなかったことだが。魔法使いというものは歳を重ねれば重ねるほど、その適正に関わらずなるのが難しくなっていく。魔力を出すのは簡単に出来る。だが、問題は元素を感じることが出来るかどうかなのだ。
例えば火を出すにはマッチなりライターを使えばいい。水は蛇口から出てくる。そんな常識を大人は知っている。だからこそ、大気から火や水を出す手品のようなものに対して先入観が出来ている。
”魔法は信じることである”。逆にいえば、信じていればなんでも出来るし、信じていなければ全く出来ない。
タイチョーはしーくんが魔法を全く使えないということに着目した。あれだけの魔法の才があるにも関わらず、今の今まで魔力すら知らなかった。それは即ち、彼の世界に魔法が無いという証明ではないか。そこから彼が”魔法の常識”に捉われずなにかをなすのならば、元素と原子。そしてその更に先にある”もの”にすら気付くかもしれない。
「希望的観測だけどゼロじゃない。そう思わない?」
振り向くとそこには細切れになったアイアンコングが転がっていた。もはやそれには一瞥すらせずにタイチョーは歩き出した。
あれから数日。しーくんはしーくんなりで魔法の特訓をしていた。
「1番硬いのはこれぐらいかな? アイアンモンキー切れたんだから鉄ぐらいは硬いと思うけど」
魔力で不恰好ながらも作った剣を叩きながら確かめる。人間命を賭ければなんでも出来る。とりあえずアイアンモンキー程度ならなんとかなるようになっていた。それも出会い頭奇襲で1匹。そして結界内へ逃走というやり方ではあるが。
「逆にある程度まで柔らかくすると形が保てないか」
刃の半ばから折れる剣を見てしーくんは思考する。今はちょっとした硬度検査をしているのだが、上限・下限は慣れでしかないと感じていた。
「タイチョーのようにボールを作って投げても」
投げたボールはどんどん萎んでいき、やがて消滅する。
「魔力は手を離れるとどんどん霧散していくと。逆に硬度を上げてボールみたいに閉じ込めるにしても、体積を増やして大きくしても時間がかかるし」
小さいものを作るよりも大きなものを作るほうが時間がかかる。しかも、大きければ距離や威力は上がるがスピードが遅い上に疲れて実践向きではない。そこも課題であった。
更に問題としては。数日経った今でも元素を感じることが全く出来ないことか。それは気長に見るとしても。
「やっぱり威力がなぁ……」
彼の悩みは尽きない。
ところ変わって始まりの街。蜘蛛の子亭。
その店のテーブル席でタイチョーがご飯を食べていた。その量は明らかに5人分はあるのだが、それを1人で平らげていく。
プルルルルル♪
店内の喧騒で全く聞こえないが。タイチョーの胸の辺りから小気味いい発信音が流れる。それが聞こえたのか、タイチョーはジョッキを片手に、懐から携帯端末を取り出して電話に出る。
『隊長。今どこですか?』
「蜘蛛の子亭だけど。どうしたのウルフちゃん。僕の声でも聞きたくなった?」
『はぁ? 死ぬんですか?』
「死なないよ」
ウルフと呼ばれた電話の相手に弄って遊ぶのが楽しいのかケラケラ笑いながら応答する。
『先日も奴隷商を1つ。ぶっ潰したようで』
「残しておくとウチの大将が乗り込みそうだからね。ゴミはゴミ箱にってね」
『その件で先日。大元が殺し屋を雇ったそうです』
「物騒な話だよね」
『隊長にですけど』
全くもって人事なタイチョーにウルフは呆れたように答える。まあ相手もタイチョーが慌てふためく姿などは見せないと思っているのだろうが。
「いやね。実はさっきまで一緒に飲んでたんだけど」
『誰とですか?』
「その殺し屋」
どうして自分を殺しに来た殺し屋と飲んでいるのか。などとは聞かない。これがこの男の普通である。
『それで。相手は誰だったんですか。それなりに名の知れた相手との情報ですが』
「あぁうん。”CT”だよ」
『』
今度こそウルフは黙ってしまう。電話に出ているタイチョーですら、受話器の向こうにいるウルフの顔が真っ青になっているだろうということが予想できるので声を出せない。
『開拓時代からの伝説じゃないですか』
「凄いよね。本当にビックリしたよ」
『ところでサインは……』
「もらったよ。相手は伝説だしね。貰って損はない」
『じゃあいいです』
いいのか? まあウルフもこのタイチョーがそこらの馬の伝説程度で殺されるタマではないことを知っているので大して心配はしていない。ただ、女心からタイチョーの声が聞きたかったから心配したのを口実に電話したとか。口が裂けても言わないし、相手は察しないだろうが。
「ところでウルフちゃん。1つ訂正があるんだけど」
『なんですか?』
「彼は殺し屋じゃなくてね。自分のことを……」
鉄の森。しーくんがまたもアイアンモンキーを探して結界近辺をウロウロしていたら、冒険者に出会った。ここ数日でサルと他のシルバー的な生物以外では初の人間との遭遇である。
「始めまして。私はCTといいます」
「あ! どうもご丁寧に。しーくんといいます。なんか名前似てますね」
如何にも値段が張りそうな黒のスーツをピチッと着こなし、その手にはアタッシュケース。好青年そうな笑顔を絶やさないイケメンに部類されるであろう顔立ち。そして黒髪の日本人らしき人間とみれば、しーくんも少しは親近感が沸いていた。ただし次の言葉と”獲物”を見るまでは。
「お仕事では”執行者”をしているので。以後お見知りおきを」
彼はCT。100年以上を生き、1000人以上の人間を殺している生粋の殺し屋である。
Tips
その② アイアンモンキー
鉄の森で最も出現率が高い 銀色の猿。その見た目通り固くて速く その上3匹1隊で攻めてくるので 油断していると手痛い痛手を負うことも
その③ 腕時計
時間を見るものではなく……天獄にいる全プレイヤーが腕につけている基本情報表示端末である 自分のステータスやパーティ関連機能 それにフレンドになった相手の居場所や状態も確認出来る
他にも違法に改造したツールなどもあるらしいが 詳しいことは不明
修行回のアンケは悪いらしいですね ちなみに私は変態話を書くのが好きです^^