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プロローグ 蜘蛛の糸

始めましての人もこんにちは オクラトウフ復興委員会です。あまりこういう場所で投稿したことがないのであれですが。完結目指して頑張るのでよろしくお願いします。


更新頻度は大体1週間ぐらいを目処に考えています

大陸の端にある冒険者の中でも初心者が始めて挑むであろう通称”鉄の森”。その一角で1人の男がうんうんと唸りながら頭を抱えていた。



「大変なことに気づいてしまった」



年の頃は10代後半ぐらいだろうか。いかにも安物な灰色のローブを身にまとってヒョロヒョロとした体つき。これだけを見れば魔法使いなのだが、その腰にぶら下げている日本刀がいかにも不釣合いな男である。



「魔法使い2人のパーティとかバランス悪すぎでしょ」

「今更かよ」



彼からツインテババアと呼ばれる彼女がツッコミを入れる。まさに今更過ぎて呆れしかないといった様子である。というより彼女にしてみたら彼になにか考えがあるのではないかと思っていたのだ。実際はなにもなかったのだが。


そもそも。パーティを組む基本として魔法使いを入れる場合。魔法使いが詠唱している間に敵を引き付ける前衛が必要だということがある。別に接近戦で使える魔法がないわけでもないのだが、装甲が紙なのでやはり前衛職は欲しい。



「あのさ。あたしたちついさっき、二層でゴリラに追いかけられて帰ってきばっかりだろ」

「あーあー! 聞こえないーーー!!」


耳を抑えて頭をぶんぶん振る男。一層が楽だったからと二層目に行って10分もしない内に撤退する羽目になったので現実逃避したくなるのも無理はない。しかも大量の敵に囲まれ逃走が間に合わなかったら本気で死んでいたであろう。まさに命からがら逃げ出してきて現在なのだ。


そんな子供のようなことをする男を見て、女は大きなため息をつく。黒のローブを身に纏い、100cmほどある木の杖を持つ女こそ魔法使いに見える。しかもそのため息をつく姿すら絵になる整った顔と、美貌に比例するように大きく実った胸が特徴である。それがまた女性の嫉妬と男性の欲情を駆り立てるのだろう。



「ま。とりあえず街に帰ってレベル上げしながらメンバーでもさがそうぜ」

「あーあのさ」

「なんだよ」



街に戻ろうとしていた女を男が呼び止める。どうせロクなことを言わないだろうなと期待せずに振り向いた女が見たのは男の眩しい位の笑顔。まるで太陽のようである(本人談)



「言ってる事は正論だろうけどババアに言われると腹立つのはなんでだろうね?」

「その立った腹を今からアタシが凹ませてやるよ」



現在。思い切り腹パンを受けているのがこの話の主人公であり、ほんの1ヶ月前まで日本にいたちょっと変わった青年であり、最弱の魔法使いの称号を持つ男である。





誰が呼んだか”始まりの街”と呼ばれている街。希望を胸に抱いた冒険者たちが旅立つ街……といえば聞こえはいいのだが、実際は夢敗れた冒険者が店をやるかヒャッハーして犯罪まがいのことをするかで人口数NO,1 犯罪者数NO,1という某魔法使い曰く”腐ったミカン製造所”という名前をつけられる街である。


その街の大通りを離れた街の隅にある一角。そこに”蜘蛛の子亭”という看板が建っている建物があった。


朝は9時からモーニング。昼は定食、夕と夜は酒場。そして宿屋としても機能している上に割りと客の間からも評判がいい店であるのだが。そこのカウンターで先ほどの男が店の女の子と話していた。



「胸が大きくて優しくて癒し系で。尚且つ暴力を振るわない。そしてセクハラOKな女の人を紹介してください!!」

「甘えるな糞野郎」



要求が明らかにキ○ガイじみているので彼女のそのセリフはなんら間違っていない。甘えるな現実を見ろと。しかも彼が連れている魔法使いの彼女も他人から見れば普通に美人である。彼はババア扱いしているが。


そしてそんな扱いをされながらも彼は諦めない。



「だったらせめて! 暴力を振るわない子を!! あっちのババアはツインテーとったらただのババアなのに暴力ふるってくるとかとんでもないばば――」

「うっさいな!!」



食堂の方からジョッキが飛んできて彼の頭に直撃する。それを冷ややかな目で見つめる少女。まるでゴミを見るような目だ。そして青年はぶつけた頭を擦りながらその怒りを吐き出し始める。



「ほら見てよ。あんな暴力的な女もう嫌だよ!! 訴えたら勝てるレベルだから!!」

「確かに。今ここに自警団が来たらあんた、速攻でお縄だよ」

「……イケメンって罪になるの?」



バキッ!!


空手において最も基本的な技である正拳突き。腰の回転力を腕に伝わらせてその螺旋力で敵を撃つ技であるが、卓越した達人が使用すれば瓦すら粉砕する必殺技にもなりえる。


またの名をコークスクリュー・ブロー。威力の程は現在それを受けて宙を螺旋を描きながら舞っている彼を見れば理解いただけるだろう。



「それで? これからイケメンであるところあんたの面を、私が見知ったブサイク面にまで殴って戻してあげるけど。感謝の言葉は?」

「す、すいませんでした。これ以上ブサイクになると本当に困るんでもう止めてください」



殴られた頬を押さえながら必死に頭を下げて許しを請う男。そしてこの店の人間は誰一人としてこの光景を不思議に思わない。


赤髪で狂犬のような眼光を隠さないが、それでもまだあどけなさが残る少女はこの店で数少ない店員の一人であるの。直ぐに暴力を振るう。愛想がない。口が悪いと接客業の面接に来たら3秒で落とされるような店員でもある。


ならばなぜ彼女が未だに雇われているのかというと、それは単純に彼女の暴力が店の迷惑になっている人間にしか振るわれないからである。そんなところを好きになって彼女に会いに来る常連も多い。というより、進んで彼女になじられに来る訓練された客もいるので、変態率も高いのだがさておき。



「こらこらアンナ。いじわるしてないで紹介してあげな」

「女将さん」



奥から恰幅の良い女性が出てくる。三角巾にエプロンといういでたちで、まんまお母さんといってもいい服装をしている。彼女こそがこの宿屋の女将さん。誰が呼んだか肝っ玉お母さん。そんな彼女が大量にある用紙から一枚抜いてアンナに渡す。



「ほら。丁度アンタの要求に合う子がいるじゃないか」

「マジっすか!?」



本人もあまり期待していなかっただけに、カウンターに身を乗り出して驚いている。アンナは納得してなさそうな顔でその紙を読み上げる。



「えっと。名前はレイカ。歳は15歳」

「素敵な名前に年齢!! どこぞのババアに見習わせてあげたいですね!!」

「優しくて気さくな人を募集中」

「まさに俺!! 紳士だから言うことなしだね!!」

「スリーサイズはB129.3、W129.3、H129.3」

「予想以上だよ!!」



腕が机に叩きつけられる。その顔は恐怖と驚きでしっちゃかめっちゃかなことになっている。それを見て軽くドン引きしながらも続けるアンナ。



「特技は猫の物まね」

「物真似っていうか猫型ロボットのスペックだもの!!」

「称号は要塞。まるで要塞のように味方を守りますだって」

「守られている味方まで不安になりそうだけどね!! うぇっ!」



マジ泣きし始めるのだが。アンナはそれをまたも冷ややかな目で見つめている。端でそれを見ていた女将さんはそんな2人を見て溜息を1つつく。



「クズ」

「……」

「返事なさいな!! アンタのことだよ!!」

「俺!? なんで唐突にクズ呼ばわりなの泣くよ!!」



既に半泣きなのは置いておいて。怒っている彼のこともひとまず置いておいて。



「店が終わったらアタシの部屋に来な」

「……それは身体を清めてから来いと?」

「今すぐタマを潰されて女になりたいんならそうしな」

「いえ! 大人しく時間まで部屋で待機しています!!」



命の危機を感じたのか、目にも留まらぬ速さで彼は2階の階段を上っていく。それを見て呆れたように肩を竦めるアンナ。



「アホだな」

「でもああいう感情を剥き出しに出来る子が案外モテるもんなんだよ」

「女将さん。疲れてるのか?」



割と本気で女将さんの身体を気遣うアンナだが、それを見て女将さんは店全体に響き渡る大きな声で笑い出す。



「あっはははははは!! あれであの子の師匠もモテるからねぇ!!」

「全身黄金鎧身に纏った駄目男が?」

「まあ装備の趣味は悪いけどね。男は外見じゃないんだよ」



内面も彼に劣らずかなり残念だった記憶があるのだが、嬉しそうな女将さんを見ている手前、ツッコミを入れられずにアンナは黙ってしまう。狂犬などと呼ばれる彼女も女将さんの笑顔には弱い。



「とにかく! あんたも一緒になるならあれぐらい面白い奴じゃないと長続きしないよ!!」

「大きなお世話だよ」



大きく笑いながらアンナの頭を乱暴に撫でる女将さん。嫌そうな顔をしながらもその手を払わないところを見るに、アンナと女将さんの関係が見て取れる。


この店の客も、アンナや女将さんの人柄以上にこの2人の関係性に大きく癒されているのかもしれない。






夜。宿屋1階の奥の部屋。従業員以外立ち入り禁止の看板を超えた先の更に奥に女将さんの部屋がある。普段は防犯用にと金の管理や宿帳などがあるため、女将さん自身が自分の部屋に誰かを呼ぶのは非常に珍しいことなのだが。


ちなみに女将さんの部屋の正面はアンナの部屋であり、そのドアには『入ったらピー』という看板が立てかけてある。まあ好き好んで入ってくる輩がいるとは思えないが。



「失礼しまーす!!」

「あぁアンタか。そこに腰掛けて待ってておくれ。今仕事を終わらせるから」



ストンとそれなりに値が張りそうな椅子に座る青年。流石に空気が読めないことに定評がある彼も、この部屋にいるのは落ち着かないらしくしきりにソワソワしている。


それから数分後。女将さんも仕事がひと段落したのか、持っていたペンを置いて青年に向き直る。



「あたしから呼び出して待たせて悪かったね」

「別にいいですよ。待つのには慣れてる気がするんで」



あははと笑いながら待たされたのを享受する青年。それはともかくと女将さんの顔つきが真剣なものに変わる。



「あんた。あの子のことをどう思ってる?」

「あの子……要塞の?」

「アンナのことだよ。あんたも案外根に持つね」



この流れで要塞はないだろうと呆れる女将さん。青年は逆に質問の意味をしっかりと吟味しながら答えを考える。そして考えが纏まったのか重々しく口を開く。



「うん。どうしてもわからないことがあるんで1つ、質問を交えながらいいですか?」

「ん? まあいいけど」

「一言で言うと凶暴極まりない危険生物。なんであんな生物が檻に入れられずに野放しにされているのか理解に苦しむよ。っていうか胸がないのも×。ないっていうか本当に無しっていうk――」



ゴッ!!



「女将さんに似てとっても良い子ですね!! お嫁さんに貰うならあんな子が最高だと思います!! 本心なのでその手は収めてくださいお願いします!!」

「まあそういう評価が妥当だろうね」



女将さんは満足そうに笑っているが青年はそれが1人の青年……自分の犠牲の上に成り立っていることを知っている。これ以上は本当に死にかけないので彼からはこれ以上ツッコミを入れることはないだろうが。



「あんないい子だからね。アタシはあの子をずっとこんな寂れた宿に閉じ込めておきたくないんだよ」

「あっ! ちょっと待って。今ふざけようと色々とネタを考えてた頭を切り替えるから」

「…………」



もう1発殴ってやろうかと女将さんも考えたのだが、青年が珍しく真面目に話を聞くようなのでその矛先は一旦収めておく。



「お待たせしました、どうぞ」

「アタシが言うのもなんだけど。この宿屋は他に比べたらそこそこ値段が安いだろう?」

「……まあ。タイチョーも拠点にするならここがお勧めって言ってたからわかりますけど」

「元はアタシが冒険者の人達に出来る限りのことをしようって始めた店だからね。正直、原価ギリギリ儲けもギリギリ出るラインでやってるんだよ」



実際、この店は他の店より価格も安く料理も美味いということでそれなりの評判を得ているが、それでも儲けが大してないのは事実だった。女将さんや従業員はそれで納得しているのだから問題はないのだが。



「こんな店だから100年経とうと10億stなんて貯められないのはあの子だってわかってるんだよ」

「だったらどうして……」

「あの子は昔、盗みを働いていた時期があってね。うちの店に盗みに入ったのをあたしが捕まえて無理に働かせたのが最初だね」



この街で子供が盗みを働くのは別に不思議なことではない。むしろ、ダンジョンに行けない店で働けない子供が残飯を漁ったりしながら日々を生きていくために、そういう行為に及ぶのは当然の摂理である。


アンナもその1人だったのだろう。ただ他の子と違ったのは彼女は救い出してくれる”蜘蛛の糸”があったことぐらいか。



「最初は言葉遣いも悪いし凶暴だしでマトモに仕事も出来なかったんだけどね」

「今もそんなに変わらないと思うんですけど」

「……今では客の間でもそれなりに人気がある看板娘だよ」



彼女は確かに凶暴で言葉遣いも悪いが、前述の通りそれでも彼女が好きな客も多いのが事実だ。それも1つの魅力として捉えてくれているんだろう。



「あたしも直ぐに止めると思ってたんだけど。根性はあったみたいで今でも続いてるしね」

「それなら問題ないんじゃ……」

「でもね。さっきも言ったけどあたしはあの子に幸せになって欲しいんだよ。そしてこんな腐った世界で腐らなかったあの子ならそれが出来ると思ってる」



それは彼女にダンジョン攻略をしろということなのだろうか。しかし、それがどれだけ困難なのかは青年が良く知っている。0から初めて今の実力になるのにも相当の時間と努力を積み重ねたのだから。



「昔あの子がポロッと零したことがあるんだけど。あの子はそれなりの武家の出らしくてね。戦闘は問題なく出来るらしいんだよ」

「俺。今とても嫌な予感がするんですけど」

「あんた。あの子を連れて行ってくれないかい?」



彼もなんとなく予想はしていたのだが、それが当たってしまって頭を抱える。青年も少しの間考え、そして女将さんに怯えた表情をしながら言葉を発する。



「女将さんも気づいていると思うんだけど。俺、自他共に認めるクズですよ」

「クズはクズでも自分で気付いているクズなら幾分とマトモさ。それにあんたがクズでもアンナはあんたのことを評価してるみたいだしね」

「女将さんの優しい言葉に胸が抉られる思いだよ」



胸を抑えながら涙を流している青年への対応はいつも通りなのでおいておいて。



「だからあんたからも誘っておいてくれないかい?」

「いいですけど。失敗しても怒らないでくださいね」

「あっはははは! 大丈夫さあんたなら!!」



バンバン背中を叩かれて机に頭をぶつける青年。そして翌日……





朝の準備中。アンナは店の椅子や机を拭いたり必要なものを準備したりと忙しなく動いている。



「アンナちゃんいってきます」

「死んだら家賃も取れないんだから死ぬなよ」

「わかってますよ」



この店に泊まっている冒険者は彼女のそんな言葉に元気を貰いながら冒険へと旅立っていく。



「……ふぅ。まあこんなところか。そういえばあいつは今日オフだっけか」



あいつとは青年のことである。これは別に彼女が青年に気があるから気にしているというわけではなく。”オフだと青年が五月蝿くて仕方ないから気にしている”という方が正しいだろう。そしてそんな独り言を言っていたからなのか違うのか。彼が2階から降りてくる……変なリズムを刻みながら。



「YO!! YO!!」

「…………」

「俺おまえひつYO!! おまえ俺ひつYO!! 一緒に旅をしようZE☆」

「……あんた。今日の昼夕飯はおかず抜きでいいね」

「すいませんでした!! つい出来心で!!」



せいねんのこうそくどげざがさくれつする!! この世界には娯楽が少ないため、食事は彼らの数少ない楽しみでもある。特に青年は食事大好きな人間なので、渾身の説得が滑った上にこの扱いは流石にキツかったのだろう。アンナもこんな光景は見慣れているのかため息をつきながら青年に向けて雑巾を投げる。



「掃除手伝ったら許してやるから」

「やりますやります!! 超頑張ります!!」

「……はぁ。早くやるよ」



それから開店前までしっかりと掃除をこなして青年は女将さんの元へと向かう。



「ふぅ。もう少し俺にラップの才能があれば……」

「あぁ。今まさにあんたに頼んだあたしをぶん殴ってやりたい気分だよ」



そもそもこの男にシリアスな展開だとか真面目な話を持ってくること事態が間違いだったのだ。それをこの数ヶ月で学べなかったのが女将さん最大の過ちだろう。



「それで女将さん。1ついい?」

「なんだい? 今すぐ頭痛を治めてくれる話なら大歓迎だよ」

「真面目な話で悪いんだけど。やっぱりこういう話は2人でした方がいいんじゃないかな。アンナちゃんが過去の話をしたってことは女将さんのことを信頼してるってことでしょ」



この世界で一般的に過去の話を他人に聞くのはタブーとされている。それ以上に他人の過去の話を好き好んでしたがる人間もそうはいないのだが。だからこそ、彼が言ったとおりアンナは女将さんを信用して話したのだろう。



「女将さんが決めたことなら女将さんが逃げずに決着をつけなきゃ。彼女も辛いかもしれないけど、女将さんはそんなもんじゃアンナちゃんは潰れないって思ってるでしょ。この世界で優しさは罪じゃないけど、時には厳しさも見せなきゃ」

「……」

「あの……ごめんなさい。なんでそんな驚いた顔をしてるんで?」

「いや。クズのあんたの言葉に心震わされる時がくるなんてね」

「あれ? 俺結構真面目なこと言ったはずなのにこの仕打ち!?」



珍しく真面目に頑張ったのにと涙を流す青年。しかし女将さんもちゃかしはしたが、彼の言うことに間違いはないと思っていた。



「(あたしは逃げてたんだねぇ。子供なんて持ったことないからこんな気持ちわからなかったよ)」



女将さんにとってアンナという少女を表すならば、やはり家族や娘といった感情が大きいのだろう。それだけ女将さんはアンナを大事にしている。



「ありがとね。これで決心がついたよ」

「それはよかったです。それと今晩のおかずはどうか……」

「おまけしてやるよ! 全くこいつは!!」

「やーめーてー!!」



乱暴に頭をガシガシされる青年。そして女将さんの顔はそれ以上に晴れやかだったそうな。





基本的にダンジョンでの野宿は大変危険ということですべての冒険者が帰って寝静まった深夜。



「うートイレトイレ。っていうかなんでトイレが外にしかないんだよ」



水洗便所という画期的トイレがあった彼のいた場所とは違い、ここはそこまで技術が発達していない。汲み取り式便所と呼ばれるそれを家の中につけたら臭いが充満するのは当然のことで。ゆえにこの街にはトイレは基本外にある。



「すっきり……っとあれは?」



ズボンのチャックを閉めてトイレから出てきた彼は店の直ぐ傍で膝を抱えているアンナを発見する。このまま気付かないフリをして部屋に戻ってもいいのだが、女将さんのこともあるのでと彼女の隣に黙って座る。



「……なんだよ」

「いや。どうしたのかなーって思って」

「別になんでもいいだろ」



素っ気ない言葉を放ちながらも『どっか行けよ』と言わないのは彼に傍にいて欲しいからなのか……などと淡い期待などせず。青年はただ黙って彼女の頭を撫でてやる。


普段ならば烈火の如くキレるであろう彼女も黙って彼の手を受け入れる。


そうしてどれだけの時間が経ったのか。アンナがポツリと話し始める。



「女将さんが私に旅に出ろって。私は今の生活がいいのに」

「だから言い合いにでもなった?」

「女将さんが悪いんだ」



ブスッと不機嫌そうな声で答えるアンナ。青年からしてみたら言い合いになる場面が容易に想像出来るのだが。



「極め付けに私がいると子連れだと思われて結婚出来ないって」

「プッ! あっはははははは!! こりゃ1本取られてるね!!」

「笑いごとじゃない!!」



いつものように殴られるがその拳にはいつもの力がない。確かにそんなキメセリフを言われたらアンナには返す言葉もない。ただ彼にはわかっている。



「でも女将さんだって色々考えて言ったんだから。アンナちゃんもこんな気持ちでいたくないでしょ」

「……まあ」

「だったらもう少し話し合えばいいと思うよ、うん」



ここに来て初めてアンナが顔をあげる。その顔は涙で目が真っ赤だったが、それを茶化すほど青年は子供染みてはいない。



「あんたは誰かと喧嘩したことないのか?」

「残念ながらね。ぶっちゃけると”こうなった記憶が俺にはないから”わからないんだけど」



記憶喪失。それもここへ来た理由を思い出せない人は少なくない。それ以上に彼の顔がどこか寂しそうだったのでアンナも申し訳ない顔になる。



「……なんかごめん」

「いいよ。別に気にしてないし俺としては今も今で楽しいしね。さっ! 明日に備えて寝ようか」



彼は立ち上がり服についた草や土を払う。そんな彼の背中を見ながらアンナは彼を呼び止める。



「あんたは!! あたしみたいな奴でもパーティに入れてくれるのか?」



最後の方はボソボソと聞こえるかどうかぐらいの小さな声になっていたが。それでも彼には届いたようで。まるで子供をあやす母親のような優しい笑顔になる。



「貧乳ならまだともかく、無乳はまずないから。残念ごめ――ぎゃああああああああああああ!? 皿が!? 俺の膝の皿がぁああああああああああ!?」



鈍器で岩を粉々に粉砕したような音と共に青年は地面を転げ回る。下手をしなくても彼の冒険者人生は既に幕を閉じたのかもしれない。



「あのさ。2度も言いたくないんだけど」

「超歓迎です。嬉しくて涙が止まらないです」



膝を抑えながら子供のように涙を流した大の男が少女に屈服した瞬間だった。





また翌日。出発前から既に死にそうな顔をした男が1人、宿屋の前で待ち人を待っていた。



「帰りたい。無性に」

「じゃあ帰ればいいだろ」

「うっさいババア!!」



この対応もなれたものでババアこと魔法使いの彼女は青年を無視する。そんなやり取りをしている間に、宿屋の前では一組の親子が別れの挨拶をしていた。



「じゃあ女将さん。行って来るよ」

「アンタも気をつけなよ。それとしばらくはここを拠点にしていいから。だからってずっと居座ってもらっても困るけどね」

「任してよ! 私が絶対に迷宮を踏破してさっさとここから出てってやるからさ。女将さんも私がいなくなったからって売り上げ減って泣かないでよ」

「言うようになったね。この子は!!」



昨日のあの涙はなんだったのかというぐらい清々しいほどに仲直りをしている。元々似たような2人だったので青年もそんなに心配はしていなかったが。それでもその光景を見て親子とはこんなもんだなと1人納得する。



「クズも。あたしの娘を任せたからにはきっちり責任をとるんだよ」

「最後までクズ呼ばわりですかそうですか。出来る限り善処させていただきます」

「じゃあ行っておいで!!」



女将さんの激に後押しされてまた1つの冒険者たちが旅立っていく…………








その先に待っているのは希望ばかりではない。思えば気付くべきヒントは至るところにあった。



蜘蛛の子亭・蜘蛛の糸・通貨であるst(spider thread)・別の世界から人々・記憶喪失に過去の詮索の有無……それになぜ冒険者が迷宮の最奥を目指すのか。



彼らが目指すのは富や名誉などではない。戦うべきは己の運命であり、乗り越えるべきは己の である。



最後に。この場所は天獄。そして迷宮は蜘蛛糸迷宮と呼ばれている。



そして……蜘蛛の糸は亡者に残された最後の希望であり光。



つまり、この世界にいる人間は全員既に










                                 「死んでいる」













.

プロローグが長い 最後の引きがやりたかっただけなんですど


そういうわけで始まったわけですが、タグのバッドエンドに関しては既に死んでいるのでバッドエンドということで


それとこれを読んでなにか感じたり作者の一人語りが気持ち悪いなどを思いましたら……といつものセリフが規約により続かないので、とにかくこれからもよろしくお願いします。

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