国王の話
俺は王位と言うモノを親から継ぐつもりが無かった。
そんな俺がどうして今現在王位に就き、結婚を控える身となったのか。
今回はそれを話そうか。
俺が王位を継ぐとはっきり決意したのは、いつだっただろうか。
王位を継ぐのは世襲制ではない。
たまたま俺の生まれた家の男が、俺を含め3代続けて王となったが、曾祖父は貴族の家に出入りする庭師だった。
運が良いのか悪いのか。曾祖父の3番目の子どもが生誕の儀で王となる素質があると告げられた。
祖父は子のいなかった国王夫婦の養子となり、そのまま国王となった。
次に父が生まれ、父も生誕の儀で素質があると告げられた。
そして俺も。
この話を聞いた時はそんなお告げで人生決められてたまるか、と反発した。だが、国立学院を卒業し、一年だけという約束で父の仕事を補佐しているうちに、俺は国王の仕事に面白さを覚え、どっぷりとはまっていった。
刻々と変わる世間の要求や情勢に対応するため奔走し、あまりにも無茶な父の要求に応じるため寝る間も惜しんで動きまわり、体が動かなくなるほど働いた。
信頼できる仲間もでき、彼らとともに何かを成し遂げる事はとても楽しかった。
気がつくと俺は、王位を受け継ぐか決断する年齢になっていた。
とっくに王の仕事に魅了されていた俺は喜んでそれを受け入れ、数年前までは他の誰かにくれてやると思っていた王位を手に入れた。
即位の儀が終わった後の控室できつい礼服の襟をくつろげ一息ついた俺に、臣下となった友人が一言告げた。
あとは王妃となる方を迎えれば完璧ですね。
あの時俺は相当アホな面をしていただろう。
王妃、つまり己の妻となる女性など俺には存在しない。
まあ、まだ若いし、ゆっくりと探せば良い。
その時はそう思っていた。
即位してから3年ほど経った頃、周りから妻を迎えてくれと言われるようになった。
2人の女性と恋人関係になったことがあるが、どちらも生涯のパートナーとして考えられず別れていたし、彼女らと別れて以降は仕事に夢中で女性との付き合いなど皆無だった。
3代にわたって王位を継いだ家系として、俺の子も王になるのでは、という期待があるようだ。
後継ぎは置いといて、彼らの訴えでさすがに王妃を迎えなければならないかと思うようにはなった。1人で公務をこなすことに限界を感じていたし、丁度いい機会かもしれない。
俺はそう思い、仕事の片手間に自分の妻となってくれる人物を探し始めた。
しかし、なかなか良い人物がいない。
ある日、定時報告のために王宮へ来ていたラオに誰か王妃になれる女性を知らないかと愚痴ると、彼がある女性を王妃に迎えたらどうだと言って来た。
元は自分の婚約者で、自分が今の仕事に就くために婚約を解消した。今は高等学校に通い政治学等幅広く学んでいる。そこいらの貴族令嬢を選ぶより多くを学んでいる彼女を王妃に迎えるのは有益ではないか、と。
ラオが言っていた彼女と俺は一応知り合いだ。友人の元婚約者としてだけでなく、彼女は妹のルフィエアナの友人であり、数度会って話をした事もある。
俺がまだ国立学院に在籍中に一度、国政の方針に就いて討論した頃があった。彼女はまだ10歳になったばかりだというのにしっかりと自分の考えを持って話していた。経験の浅さからか理想論ばかりだったが、それでも彼女の情熱が伝わってきた。国を良くしたいよ思う彼女ならば王妃にふさわしいかもしれない。
そう思ったら行動あるのみ。
どうやって彼女と接触する機会を作ろうか。そんな事を計画するまでもなく、数年ぶりに彼女と再会した。
その年、ルフィエアナが婚約者のもとに嫁いだ。彼らの婚儀に俺は兄として、彼女は友人として出席した。
披露宴で俺は彼女に接触を試みた。
彼女は昔の容姿のまま、大人の女性になっていた。
昔の彼女は俺が苦手なようで、会うたびに身構え時には険しい顔を俺に向けていた。そんな彼女の反応が新鮮で、俺はついついちょっかいを出したものだ。
久しぶりに会った彼女は大人になったがため仮面を付けて感情を隠すのが上手くなったのか、俺に対する苦手意識が無くなったのか、他の人と変わらぬ態度で俺に接していた。
どうしてか、俺はそれに寂しさを感じた。
彼女とは、自分たちの近況や今取り組んでいる事について話し合った。深く話したわけではないが、俺の中で彼女を王妃候補とするには十分だった。
後日、俺は彼女の父親出るオイネット公にその事を伝えた。
彼女の父親は最初俺の申し出の返答を渋った。どうやら彼女には彼女自身が選んだ人物と一緒になってほしいという思いがあったようだ。これには正直驚いた。
政治家としてではなく、個人としてオイネット公は決断を下そうとしていた。つまり、彼にとって俺の申し出は政とはかけ離れており、唯一人の男が自分の娘との結婚の許しをもらいに来た、ととらえていた様だ。
他の政治家なら、現王族からの結婚の申し出を政治的な事としてとらえるだろう。自分の娘と相手が恋人同士でないのならなおの事。
地方大都市を統治する大貴族が娘への求婚を政治に利用しようと思っていない当たり、大丈夫なのかと少しだけ心配になった。まあ、こちらとしては好都合だが。彼が娘の結婚を政略に使おうと思うのなら、王という不安定な位に就いている者に娘を嫁がせたりせず、他の地方都市や地元の有力者に嫁がせてつながりを強くするだろう。だから、そういった面では、彼が子煩悩の父親で助かった。
だが、どうやって彼を落として彼女を嫁に貰おうか。
俺は自分が今まで培ってきた交渉能力を駆使しオイネット公に自分を売り込んだ。そして、どれだけ彼女を必要としているのか。
事前に集めた情報を提示し、彼女を王妃とすることによって得られる有益性を提示する。
俺が話をしているうちに、彼は俺が彼女との結婚を仕事の一つだと考えていると分かったのだろう。求婚している娘の父親から政治家の顔に変わった。
ようやく見慣れた顔になり俺はやりやすくなった。どうも親の顔をされていると、やりにくい。
政治家の彼は、娘が王妃となることの有用性を考えたようだが最終的には娘が了承したらという返事をもらった。
そして、彼は俺に一つ、あることを提案してきた。
彼女を王妃として公務にだけしか使わないのは、彼女の能力を埋没させてしまうのではないか。
俺もその事に気付いていた。そして、彼女が国政に関わりたいという思いを持っている事も知っていた。
しかし、いつか生まれてくる子どもの事を考えると、どうしても彼女を国政に加える気にはなれなかった。公務、子育て、国政という重労働を彼女に背負わせるのは嫌だ。
それらの事と時折彼女から助言をもらえれば良いと話したが、彼に心外だと言われた。
自分の娘は貴方が思っているほど柔ではない。
そう言った彼の表情は確信に満ちていた。
そこまで言うのならと俺も一つ提案する。
彼女がどこまで使えるのか試したいと。
それから公爵と彼女の力を試すための作戦を練ったのだが、まさかああくるとは思わなかった。
本当は娘を俺と結婚させたくないのか?と公爵を探ってみたが、その顔の奥にある真意を見破ることはついに出来なかった。さすがは大貴族の当主。地方統治者として長年務めるだけあって、己の考えている事を隠すのが上手い。
結婚までに彼女が俺の、俺たちのついたウソを見抜けない場合、公務だけを。見抜けた場合、彼女の希望を聞いて仕事をこなしてもらう。
さて、彼女がどう出るか。非常に楽しみだ。