必然
「僕も君たちに謝らなきゃならない…」
「何を?」
僕がそう言うと健史は首を傾げた。
「……ほのかのことさ。」
僕がそう言うと、健史はああ……と軽く呻りながら頷いた。
「僕には子供は持てないと思ってたけど、ほのかは僕の実の娘なんだよ。
志穂には僕の事を正直に話したんだ。でも、何もしてないのにできた。志穂は影で努力してくれたのかも知れないけど、僕は何もしてない。
僕が君にあんな事を言わないで、僕自身が自分に正直になってれば、君たちに辛い思いをさせる事もなかったのかも知れないのかと思ってさ」
僕が俯きながらそう言うと、健史は僕の肩を叩いて言った。
「おいおい、勝手に辛い思い出になんかするなよな。始まり方は最悪だったとしても、俺たちはこの結びつきを本当に幸せだって感謝してるんだぜ。それこそ『事実は小説より奇なり』だよ。
お前は夏海に未練があるんだろうがな。頼んでも今更返してやんねぇよ」
「そんなこと言ってないよ。僕にも志穂がいる」
もう、海のことは僕にだって思い出になってるよ。
「ま、努力しなかったことの後悔ってやつなんだろうけどさ、お前って妙なとこ真面目にできてて、融通利かないもんな。でも、それでYUUKIを引っ張って行けんのかよ。そこんとこいまいち心配ではあるんだよ」
「だから、健史には一緒に頑張って欲しかったのに……急にいなくなっちゃうからさ。今からでも、戻れない?」
僕がそう言うと、健史は思いっきりバンッと僕の背中を叩いた。
「そこが甘いんだよ、歯食い縛ってでも頑張れ、お坊ちゃん! 今更俺が戻っても何の役にも立ちゃしないし、俺は正直この民宿の仕事が性に合ってる」
健史は部屋を見回しながらしみじみそう言った。
「お坊ちゃんは止めてよ。でも、分かってるよ。ここに一歩踏み込んだ瞬間そう思った。君たちはこの仕事が天職で、やっぱり君たちが沿うのが必然だったんだって」
彼がふざけて昔から時々言う“お坊っちゃん”の言い回しは好きにはなれないけど、彼の励ましは嬉しかった。
「ありがとう、そう言ってもらえると俺もホッとするよ。俺たちがばっくれなきゃ、お前も志穂さんに出会ってないんだろうしな。人生案外なるようにしかならないのかもしれないな」
健史はそう言ってグラスの酒を飲み干した。
有意義な時間をすごした後、僕は穏やかな気持ちでアルプスの地を後にした。
夏休みを終えた健一君は、大学に戻ってきた。驚いた事に、キャンパスは僕たちの自宅に程近く、彼はちょくちょくウチを訪れるようになり、ほのかの勉強を見てくれるようになった。
僕を愛してくれた彼らの子供と彼らを愛した僕の子供は、自然に惹き合い愛を育んでいった。
再会から7年、大学卒業後YUUKIに入社してもらった健一君とほのかは結婚した。結城に婿養子という形で。
「悪いね、長男を掻っ攫うみたいで」
「いや、気にするな。健一はどうせお前に渡してるはずの子供だからな。それが27年ずれただけのことだ。それに、うちにはまだ美姫も康史もいるんだ」
健史はそう言ってくれた。
そして、ほのかが嫁ぐ日が来た。
「お父様、今まで20年間どうもありがとうございました。」
三つ指を突いて頭を下げるほのかに、涙なのだろうか――辺りの景色がだんだんとぼやけていく。
「お父様……」
――お義父様……お義父様……――
僕はその声に目を開けた。その瞬間、僕は気付いた。
……ああ、全部……夢だったんだ――
僕は心配そうに僕を覗き込む秀一郎の嫁、未来さんの顔を見てそう思った。