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消えた理由

 夜、僕と健史は久しぶりに共にグラスを傾けた。

「実はさぁ、夏海に子供ができたとき、俺は最初1人で消えるつもりだった。元々そのつもりで夏海に近づいたから」

健史は当時のことをポツリポツリと語り始めた。

「どうして!」

それにしても、何で健史1人で消えなきゃならないんだ。僕はそう思った。

「そうすりゃ、お前たちは何の障害もなく結婚できるだろ? でも、出来なかった。俺、いつの間にか夏海に惚れちまってたからさ」

その発言に僕はまた驚いた。なら、何のために? すると続いて僕の中で考えも付かなかった選択肢を健史は照れながら口にした。

「その……さ、俺がそれまで好きだった奴って、龍太郎……お前だし」

「お前って……そんな、僕、男だよ」

僕は引きつった顔でそう答えた。

「だからさぁ、いい加減そんなお坊ちゃま口調はやめろよ。ついつい押し倒したくなるからさ……」

健史は僕の顎を一撫でし、僕の耳元に息を吹きかけてねっとりと甘くそう囁いてから、

「……って、あの頃はそう思ってたよ。」

と言うと馬鹿笑いをした。さらに、

「あ~、おかしい!お前って思ったとおりのリアクションしてくれるから笑える~」

と腹を抱えて笑っている。

「冗談だったの! ひどいよ、それ」

だから、僕は真っ赤になって怒った。すると健史は、まだ笑いの抜けないまま腹を抱えて、

「冗談なんかじゃねぇよ。本気じゃなきゃ、今更こんなこと言わないさ」

と言った。

「本気……だったの?」

「ああ、大マジだったよ」

健史は肯きながら真面目な顔になってそう返した。

「でなきゃ、俺の性格ではお前が言うからって『はい、そうですか』ってモノに出来ると思うか?

お前が好きで、お前のためにしてやりたいと思ったからなんだよ。子供さえいれば別れずに済むんなら……って。俺、男で良かったと思ったよ。女なら夏海と一緒で、逆立ちしてもこんな手伝いできっこないんだからな。バカだって言ってくれて良いぞ」

そこまで言って、健史は軽くため息をついた。

「でもさぁ、夏海には俺がお前が好きであいつに近づいたって感づかれてさぁ。

けど、夏海はそんな俺を丸ごと受け止めてくれたんだ。あいつはそんな俺に『愛してる』って言ってくれた。俺、それにぐっときちゃって……気付いたらお前より夏海に惚れちまってた。で、お前に返すのが惜しくなっちまったんだよな。その時、健一が出来たのが分かった」

僕はその言葉に黙って頷いた。

「本気でお前のためにって思ってたはずなのに、実際子供ができたと分かったとき、俺の中で『夏海も子供も渡したくない』って気持ちが芽生えて、正直狼狽えたよ。でさぁ、夏海に正直にお前とのやり取りを話して、お前んとこに行けって言った。俺は、お前の方が大事だって言ってな」

「そんなこと、言ったの!? それ、僕と変わんないじゃない」

僕がいろんな娘と逢瀬を重ねていた事にして別れたのを咎めたのは当の健史じゃないかと思った。

「ああ、それ、夏海にも言われたよ。『もう、私の気持ちは考えてくれない訳!? あなたたちの都合でたらい回しなんてうんざりよ!』って怒鳴られた。『私はあなたの側に居たいの。迷惑ならあなたからは離れるけど、龍太郎のとこにも行ったりしないわ。ねぇ、そんなに私の事嫌い?』とまで言われちまって、その言葉に俺は夏海を離せなくなった。だから……ゴメンな。」

「そんなの……僕は自分から海を手離したんだもの。謝る必要なんて何もないよ」

そうだ、謝らなきゃならないのは僕の方。僕がすぐに諦めたりしないで海と一緒になってれば……

「お前に合わせる顔もないしさ、俺にはほら、国籍の問題もあったから……あいつのお袋さんって、俺が現れるずっと前から『国籍の違う人と結婚はしないでくれ』ってあいつに言ってたらしいんだ。そういう事もあって、俺たちは東京を離れて名古屋でずっと暮らしてたんだけど、民宿やりたいって話になって、ここに移住してきたのが2年半前。で、やっとここまで漕ぎ着けたって訳さ」

「ホント、健史たちがいなくなったとき、海のご両親がYUUKIにまで怒鳴り込んできて、僕困ったんだからね」

彼のその言葉に、僕は首を竦めてそう答えた。

「そうらしいな、聞いたよ。実は、夏海はお姉さんとはかなり前から連絡取っててさ、5年前に夏海の親父さんが脳梗塞で倒れて、『今日明日かも知れない』って知らされてもう、後先考えずに駆けつけてた。

てっきり怒鳴られると思ってた。お袋さんにも嫌みをたっぷり言われるだろうって……けど、弱々しい口調で、『よく生きててくれた。』って泣かれちまって。その上3人の孫見てものすごく喜んでくれたし。それまで麻痺してた右手が、3歳の康史の頭を撫でようとして思わず動いた。それをお袋さんが手放しで喜んでくれて……

俺、その場で土下座してた。『今更で申し訳ないけど、夏海さんをください』って。

んで、国籍の事を話したら、『もともと、半分は日本人なんだな。そうだ、うちの籍に入れ』って言ってくれて、一応お前には梁原健史で手紙を出したけど、俺ホントは帰化して倉本健史になってるんだ。ずっとこっちで暮らして欲しいって何度も声かけてるんだけど、『田舎暮らしは性に合わないわ』ってお袋さんにやんわりと断られてる。ま、今でこそましになったけど、夏海とお袋さんって、実の親子なのに反り合わないしなぁ」

 そう語り終えた健史の眼にはうっすらと涙が滲んでいた。

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