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お兄様は優しい。

作者: 六
掲載日:2026/09/12

通勤中に思いつきました。

喉がひゅーと鳴った。

 あ、これはくるなと思った途端、咳が口を押さえた掌から溢れるように出た。

 一度出たら私の咳は顔が真っ赤になり、息苦しくなるまで続く、厄介なものだ。

 せっかく久しぶりに登校出来たのに、嫌になる。

 そんな風にゴホゴホと咳をしていると、カツカツと近づいてくるお兄様の足音が聞こえる。

「セリナ!大丈夫か!?」

 まだ大丈夫だけど、今はそれどころじゃない。

「セリナ!何か言ってくれ!」

 今咳してるから喋れないのよ。

 お兄様の声に釣られて、集まった人の声が聞こえてくる。

─まあ、またセリナ様の発作だわ。

─ヨナス様ったら、あんなに心配されて。

─本当にお優しいのね。

─あの方、セリナ様の為に、治癒魔法を習われてるんですって。

 咳と咳のごく微かな合間に、息を吸っている私の耳に、お兄様を褒める声が届く。

 ぜひぜひと醜く顔を歪め息を吸い、また激しく私は咳こむ。

─あらひどいお顔。

─いくら普段は可愛いらしくても、あの顔見ちゃあ百年の恋も冷めるな。

 ああ、私今ひどい顔してるのね。

「ああ、セリナ可哀想に」

 お兄様はそう言いながら、周囲に集まった人数を数えてから、私の背中に手を当てる。

─おお。回復魔法を使われるようだ。

─扱いの難しい回復魔法を!?

 お兄様の手が少し震えてる。

 緊張でなく─喜びで。

「セリナ、これで楽になれるよ。……ヒール」

 お兄様の手が当てられた背中がほわりと暖かくなり、私の咳の勢いが少しずつ減ってきた。

 と同時に。

「ヨナス様、君はなんて素晴らしいんだ!」

「本当ですわ!」

「妹君の為にここまでして差し上げるなんて本当お優しい方!」

 周囲のひとがお兄様に集まりお兄様を褒め称える横で、私はまだ咳が治まってなくて、ひゅーひゅーと息をしていた。


 発作から三十分たち、落ち着いた私は家から迎えの馬車が来るまでを、中庭を眺めながら過ごした。

 私の咳を治めてくれた『優しい』お兄様は、みんなに囲まれて中庭で談笑している。

「あそこで囲まれてる方はどなた?」

「サリヴァン子爵家のヨナス様よ」

「ああ、あの病弱な妹さんがいる方ね」

「あのこの咳凄いものね」

 カフェテリアに入ってきた女性がそう話しているのを、聞いて私はそっとテーブルから離れた。

 だってみんなそのあと言うのだもの。

『お兄様は優しい』

って。


 私はスカートを皺が出来るくらい強く握る。

 でも、でもね。


 「お兄様が私の咳を治めてくれるのは、人目がある時だけなの」


 

突貫なのです。ワンライみたいな(笑)

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