お兄様は優しい。
通勤中に思いつきました。
喉がひゅーと鳴った。
あ、これはくるなと思った途端、咳が口を押さえた掌から溢れるように出た。
一度出たら私の咳は顔が真っ赤になり、息苦しくなるまで続く、厄介なものだ。
せっかく久しぶりに登校出来たのに、嫌になる。
そんな風にゴホゴホと咳をしていると、カツカツと近づいてくるお兄様の足音が聞こえる。
「セリナ!大丈夫か!?」
まだ大丈夫だけど、今はそれどころじゃない。
「セリナ!何か言ってくれ!」
今咳してるから喋れないのよ。
お兄様の声に釣られて、集まった人の声が聞こえてくる。
─まあ、またセリナ様の発作だわ。
─ヨナス様ったら、あんなに心配されて。
─本当にお優しいのね。
─あの方、セリナ様の為に、治癒魔法を習われてるんですって。
咳と咳のごく微かな合間に、息を吸っている私の耳に、お兄様を褒める声が届く。
ぜひぜひと醜く顔を歪め息を吸い、また激しく私は咳こむ。
─あらひどいお顔。
─いくら普段は可愛いらしくても、あの顔見ちゃあ百年の恋も冷めるな。
ああ、私今ひどい顔してるのね。
「ああ、セリナ可哀想に」
お兄様はそう言いながら、周囲に集まった人数を数えてから、私の背中に手を当てる。
─おお。回復魔法を使われるようだ。
─扱いの難しい回復魔法を!?
お兄様の手が少し震えてる。
緊張でなく─喜びで。
「セリナ、これで楽になれるよ。……ヒール」
お兄様の手が当てられた背中がほわりと暖かくなり、私の咳の勢いが少しずつ減ってきた。
と同時に。
「ヨナス様、君はなんて素晴らしいんだ!」
「本当ですわ!」
「妹君の為にここまでして差し上げるなんて本当お優しい方!」
周囲のひとがお兄様に集まりお兄様を褒め称える横で、私はまだ咳が治まってなくて、ひゅーひゅーと息をしていた。
発作から三十分たち、落ち着いた私は家から迎えの馬車が来るまでを、中庭を眺めながら過ごした。
私の咳を治めてくれた『優しい』お兄様は、みんなに囲まれて中庭で談笑している。
「あそこで囲まれてる方はどなた?」
「サリヴァン子爵家のヨナス様よ」
「ああ、あの病弱な妹さんがいる方ね」
「あのこの咳凄いものね」
カフェテリアに入ってきた女性がそう話しているのを、聞いて私はそっとテーブルから離れた。
だってみんなそのあと言うのだもの。
『お兄様は優しい』
って。
私はスカートを皺が出来るくらい強く握る。
でも、でもね。
「お兄様が私の咳を治めてくれるのは、人目がある時だけなの」
突貫なのです。ワンライみたいな(笑)




