第4話 歪んだ救い
村の入り口には、簡素な木製の門が設けられていました。
周囲には畑が広がっていますが、耕作の手が止まって久しいのか、ところどころ雑草が目立ちます。
本来ならば、子どもたちが駆け回っていてもおかしくない時間帯ですが、その姿は見当たりません。
「……静かですね」
カミルさんが、思わずといった様子で呟きました。
「人の気配が、薄いですね」
私は小さく頷き、意識を集中させます。
霊核を通して、周囲の魔力の流れを探る。
空気の中を巡る魔力の揺らぎのうち、生き物からこぼれる生気に近い脈動と、それを汚すような濁り。その境界線に、わずかな違和感が引っかかりました。
(死霊系統の残滓、でしょうか)
吐き気を催すほどではありませんが、清浄とは言い難い。
生と死の境界を、無理にこねくり回したような、そんな匂いが漂っています。
門のそばに、ようやく人影が見えました。
中年の男性が一人。こちらに気づき、ぎこちない笑みを浮かべて頭を下げてきます。
「よ、ようこそお越しくださいました。教会本部からの方々で……?」
言葉は丁寧ですが、その目にはひどい疲労が滲んでいました。
瞳の焦点が、ほんの少しだけ合っていない。
「聖騎士団所属、ガレス・ローディンだ。こちらは治癒神官のミレーユ、それから、聖痕研究所より派遣された白夢そら殿と、補助員のカミルだ。村の現状を確認しに来た」
ガレスさんが簡潔に名乗ると、男はほっとしたように息を吐きました。
「それは、何よりです……。私はこの村の代表を務めております、ハロルドと申します。支部の神官様から話は聞いております。どうか、村を、お救いください」
その言い方は、少し気になりますね。
「まずは、教会支部の神官と話をさせていただけますか」
ミレーユさんが一歩前に出て尋ねると、ハロルドと名乗った男は、申し訳なさそうに顔を曇らせました。
「……それが、その……。支部の神官様は、今はお一人では動けない状態でして」
「動けない?」
ガレスさんの声が低くなります。
「はい。詳しいお話は、教会までお越しいただいた方がよいかと……。こちらへ」
そう言って、ハロルドさんは私たちを村の中へと案内し始めました。
村の通りには、ぽつぽつと人の姿がありました。
洗濯物を干す女性。井戸端で話をしている老人。
一見すると、どこにでもある田舎の風景です。
ただ――。
「……表情が、乏しいですね」
隣を歩くカミルさんが、小さな声で呟きました。
彼の言う通りでした。
誰もが、形だけの動作を繰り返している。
互いに言葉を交わしているはずなのに、その声色には感情の起伏がほとんどない。
近くを通りかかった女性と目が合ったので、軽く会釈してみせると、彼女は一瞬だけ驚いたように瞬きをしてから、作り物のような笑みを浮かべました。
「……教会の方でしたか。ようこそ、お越しくださいました。村は、大丈夫です。みんな、救われていますから」
大丈夫と言うには、あまりにも感情の乏しい表情。
もっとも、ご本人にその自覚はなさそうですね。
「救われている、とは?」
私が問い返すと、女性は少しだけ首を傾げました。
「ええ。だって、もう……怖くないんです。夜も、夢も。何も、痛くないですから」
そこまで言ってから、彼女はふらりと視線を彷徨わせ、曖昧に笑ってその場を離れていきました。
「……白夢さん」
カミルさんが、不安そうに私を見上げてきます。
「ええ。予想していたよりも、進行していますね」
感情の平板化。恐怖心の鈍化。
先ほどまで検査室で見ていた聖痕保持者たちの症状に、どこか似た気配があります。
「こちらです」
ほどなくして、村の中央付近に建てられた、小さな礼拝堂が見えてきました。
ハロルドさんが扉を押し開けると、ひんやりとした空気と、わずかな薬草の匂いが鼻をかすめました。
「神官様は、奥の部屋に」
案内された小部屋のベッドには、一人の男性が横たわっていました。
年の頃は四十代半ば。痩せ細った体に、薄い毛布がかけられています。
「……お客様、ですか」
かすれた声が、こちらに向けられました。
「ルーファス神官。教会本部より派遣された者たちです」
ハロルドさんの言葉に、男性は驚いたように目を見開きました。
「本部から……。こんな辺境まで、よく……」
ミレーユさんがベッドのそばに膝をつき、簡単な診察を始めます。
私は一歩下がった位置から、その様子と、彼の霊核の状態を観察しました。
(……霊核の消耗が激しいですね。これは)
まるで、何かに長時間、魔力を吸われ続けていたかのような痕跡。
「ご負担をおかけして申し訳ありません。ルーファス神官。深淵教団と呼ばれている集団について、教えていただけますか」
ガレスさんの問いかけに、神官は苦しげに息を整えながらも、ゆっくりと頷きました。
「深淵、教団……。あいつらは、最初は、名乗ってなどいませんでした。自分たちを、ただ『救済の導き手』とだけ……」
かすかな声で語られる、その始まり。
夜毎に開かれる集会。
そこで行われた、《《恐怖を手放すための儀式》》。
儀式のあと、少しずつ変わっていった村人たち。
そして――。
「私は、止めようと……したのです。ですが、儀式を一度覗いただけで、このざまです」
ルーファス神官は、自嘲気味に笑い、胸元をわずかに開きました。
そこには、教会の正式な聖印とは異なる、黒ずんだ痕跡が刻まれていました。
「やはり、ありましたか」
私は小声で呟きます。
教会の聖痕とは似て非なる、粗雑な刻印。
それでも、霊核に干渉するには十分すぎる構造を保っていました。
「白夢さん?」
ガレスさんが問いかけるように視線を向けてきます。
「はい。ここまでの情報で、おおよその全体像は見えてきました」
私はルーファス神官の胸元から視線を外し、部屋全体を見渡しました。
「まずは、彼らが『救済の儀式』と称していた場所を案内していただけますか。実際の術式跡を見てみたいのですが」
そう告げると、ハロルドさんは不安そうに眉を寄せました。
「……村の外れに、古い祈りの場がありまして。あいつらは、そこを勝手に使っていたのです」
「ちょうどいいですね」
私は頷きました。
「人がどこまで愚かになれるのか。そして、どこまで深淵を模倣できるのか。確認するには、十分な素材になりそうです」
その言葉に、カミルさんが小さく息を呑む気配がしました。
やはり、現場の方が、ずっと面白いですね。
教会の落とし子たちが残した痕跡。
あなた方が見据えているもの、それを見定めさせていただきましょう。
――深淵教団。私や教会とは異なる道を選び、どんな答えを見出したのか。興味が湧いてきましたね。
お読みいただきありがとうございます。
次回20:10の更新で、本日分の最終話となります。




