★Second Comet★ ☆第八話☆ 【旅の支度①】
良い人材を手に入れた。
シルヴィア。
彼女は有能だ。
いや有能なんかじゃ言葉が足りない。
シルヴィアは『超天才超絶美少女』だ。
彼女は僕が想像している姿より、とんでもない人物だ。
おそらくシルヴィアは、知らない魔法がほぼ無いだろう。
根拠は無いけど、僕の直感がそう言っている。
あの見た目であの貫禄感、ただの魔法師じゃない。
魔法を扱う僕からすれば、一種の化け物に近い。
隙もないし、魔力の動きに全く無駄もない。
勝負を挑んでも、僕が敗れる未来が目に見えてしまう。
そんな人材を受け入れたくないとか、アトラはどうかしてる。
一度ナイトメアの巣に飛び込んだ方がいい。
いや、死の海に飛び込んだ方が苦しいかも?
とにかく、今回は彼女の肩を持って正解だ。
僕が『どっちでもいい』などと曖昧な答えを出せば、シルヴィアは断念していたかもしれない。
......でも、引っかかるな。
何でアトラは急に、シルヴィアが自分で出した条件を聞いて、旅の同行を受け入れたんだろう?
確か、彼女が出した条件は『冒険者登録』『食、素材の自費』『旅の邪魔、目的に反さない』。
そして最後に『他者へ情報を渡さない』。
どう考えても、彼女自身にメリットがない。
そして僕たちにもメリットがない。
そんな状況下で、アトラがシルヴィアの同行を許すなんておかしい。
絶対怪しい。
アトラは彼女との間に、何か隠し事をしている......?
......。
............親友相手だが許してくれ!
これもアトラを守るための行いなんだ!
バレたら今日の夕食も僕が作る!
盗聴魔法ーーーー。
「――――ぃたい」
「その口をっ! 躾けなきゃ......! いけないのかなぁ......!?」
力を込めるシルヴィアの声。
「ごべんって、悪気があっへ言っはわけじゃないんだ。だから両頬つねるのもうやめへくれ」
痛がってないアトラの声。
何この状況。
「ダメだ。私が満足するまでつねらせろ」
「ーーふざけんなよ!? たかが身長を言われはくらいでムキになっへんじゃねぇよ!」
若干焦り気味なアトラ。
「へぇ、随分とお調子者なお口だね......!」
また力を込めるシルヴィアの声。
盗聴開始早々、痴話喧嘩みたいなってるんだけど......何これ。
アトラは一体、彼女に何て言ったんだ?
ちょっと気になる。
多分、シルヴィアは身長が低いことがコンプレックスなんだろうけど、低いの一言で怒るなんて到底思えない。
彼女と話してても温厚さがすごく伝わったし。
でも、それ以上のことをアトラに言われたなら......仕方ないか。
「わかっはから、退けろって。もう言わないから」
「いやまだわからない。もしかしたら、またこの口が口走るかもしれない」
「お前、今この体勢がどうなってるのか、わかってんのか? 俺が無抵抗なやつで感謝しろよ」
「......」
「ん、デコピン? 痛っ――――」
......。
途絶えた。
シルヴィアにバレてしまったようだ。
良いところまで聴いてたのに。
まぁ仕方ないか。彼女に魔法がバレるのは時間の問題だったし。
盗聴したのはいいものの、中身のない会話を聴いて得られた情報はシルヴィアのコンプレックスくらいか。
ーーどうでもいい。
もっとこう、魔法についてとかの情報が欲しかった。
もう一度魔法を使いたいとこだけど、次は一瞬でバレるだろう。
大人しく日向ぼっこして待っておこう。
☆ ☆ ☆
旅についての話が終わり、外で待っているナータをアトラが呼びに行った。
話の内容は至って簡単。
私が冒険者登録、食費の自費、旅の邪魔をしない、なるべく秘密を吐かない、の四つ。
出発は二日後の昼、昼食の後となった。
私も準備に時間がかかる理由もあるが、どうやら彼らはオグタ村を見て回りたいらしい。
ここぞという名物も何もない村に、なぜあんなにも興味を持っているのかが不思議だ。
そして私は旅の準備と同時に、とある準備もしている。
これは私から彼らへのサプライズ。
まぁ、喜んではくれないだろうね。
「ーーシルヴィア〜? ちょっといいか?」
扉越しから聞こえるアトラの声。
「ごめん着替えてるからちょっと待って」
嘘。
着替えなどしていない。男ならこれを言えば入ってこないはずだ。
「そうか、じゃあ扉開けるぞ〜」
「――――ちょっと待て、私今『着替えてる』って言ったよね?」
私はそう言いながら、片手で風魔法を使い咄嗟に扉を押し返した。
彼は一体どういった神経を持っているのだろう。
乙女が部屋の中で着替えてるって言っているのに、平然と部屋に入って来ようとするなんて。
子供だからそういったところを気にしていないのかな。
「それがどうかしたのか? ナータがお前と話がしたいって言ってんだよ」
「それがどうかした、じゃない。あなたは女の子が着替えてる最中の部屋に入ろうしていることがわかるかな?」
「あ〜、悪い。つい昔の癖が出ちまった。着替え終わったら出てきてくれ。ナータがお前に話があるらしい」
「む、昔の癖......わかった。着替え終わったら出るよ」
とんでもない癖を見つけてしまった。
私が嘘をついたとはいえ、普通は着替え中の乙女の部屋には入らないものでしょ......。
「あと、この後オグタ村に行くんだが、シルヴィアも来るか?」
オグタ村か。
あそこにはもう長い間顔を出してないし、私が突然いなくなっても大丈夫でしょ。
あの子も居るしね。
「私は準備しておくから二人で行ってくればいいよ」
「わかった。早く出てこいよ〜」
とアトラは言い残し、扉から離れていった。
危うくサプライズがサプライズじゃなくなるところだった。
いや待て着眼点はそこじゃない。
彼の行動だ。
あれは完全に扉を開けようとしていた。
その上、当たり前のような反応で、焦る様子もなかった。
一体どんな育ちを受けたんだ。
彼は自分で『女は苦手』ということを明かしてきたのにも関わらず、行動が矛盾している。
もしかしたら私を女扱いしていないのかもしれない。
それは今度確かめておこう。
とりあえず今やっている作業を隠して、ナータの元へ行こう。私に話があるみたいだし。
私は指を鳴らし、机で開いている本に隠蔽魔法を施し、本棚へ隠した。
★
「ねぇシルヴィア。アトラとは何を話していたの?」
部屋から出た私は机でくつろいでいたナータの元へ歩いた。
案の定、もちろんアトラとの話の内容を聞いてきた。
彼は会話の途中から盗聴魔法で盗み聞きしていた。
しかしどこからの会話を聞いていたかはわからない。
それに関してはここで探っておく必要がありそうだ。
「旅についての詳細だよ。一応口止めされてるから、私から話せることは少ない。アトラ本人から聞いた方が早いかもね」
そう言うと、剣の手入れをしているアトラの目が、優しい目から唖然としたような目つきになり私に視線を向ける。
ぶっちゃけたところ、旅のことはほとんど話していないし、七割以上中身のない会話だった。
「俺に丸投げかよ。さっき話したのが全部だって」
面倒臭いとバレたか。
「僕が聞きたいのはそこじゃない」
とアトラに細めた目を向けた。
「じゃあなんだよ? それ以外に話なんてしてないぞ」
「......なるほどね〜」
ナータは何かに納得したのか、椅子から立ち上がり、私に顔を向ける。
『ーーーー身長』
そのあたりから聞かれていたのか。
よりにもよって一番聞かれたくないところを聞かれてしまっていた。
その上、魔力波長で私とコミュニケーションを取ろうとしている。
つまりナータはアトラに盗み聞きしたことを言っていない。
これはナータの弱みになるだろう。
『あなたが波長で私と会話をするということは、彼との間に約束事があると言っているようなものだよ』
『察しがいいね。でも今はこれで話したほうが良さそうだ』
微笑んだ顔でナータが言う。
しかしどこか悪巧みをしているようにも見える。
「アトラ。悪いんだけど、歌は歌える?」
そう私が言い出すと、アトラは怪訝な顔をした。
「は?」
「鼻歌でもいい。何か歌えるものはある?」
「ねぇこともねぇけど......なんで急に?」
「急にあなたの歌が聴きたくなったんだよ」
「変わってんな......言っとくが、上手くはないぞ?」
アトラの言葉を聞いたナータが体を寄せてきた。
「って言ってるけど、アトラ普通に歌上手いよ」
「そう。なら耳から血が出る心配はないね......」
それを聞いた私はボソッと口にする。
「聞こえてんだよ! 下手でも耳から血が出ることはねぇよ」
「マンドラゴラの声を聞いた時は耳から血が出たけど」
「「――――は?」」
私の言葉を聞いた二人は唖然とした顔で私を見た。
マンドラゴラの声を聞いたことは一度だけある。
音はそんなに大きくはなかったが、何かの拍子に鼓膜が破れてしまった。
もちろん回復魔法で治療したが、原因は未だわかっていない。
「......そこまで驚くようなこと?」
二人とも私をずっと見ていて、顎が下がりっぱなしだ。
「な、なんで生きてるんだ、お前......」
「そ、そうだよ......マンドラゴラの声を近くで聞いたら、魂が消滅するはずなのに......」
なるほど。つまり死ぬらしい。
しかし私は今ピンピンと生きている。
「じゃあ、私の魂の方が強かったってことでいいんじゃない?」
「おいおいおい嘘だろ。俺達もしかして、とんでもねぇ化け物連れて行こうとーーーー痛っ!?」
小石を頭にぶつけられ、アトラは両手でその箇所を押さえる。
化け物呼ばわりされるのが癪で、つい土魔法で小石を放ってしまった。
「とりあえず何でもいいから歌って欲しい。褒美はない」
「お前最後の言う必要ないだろ」
「ふ〜ん。褒美や報酬がないと、あなたは仲間を助けようとしないんだ?」
「......わかった。文句は言うなよ」
煽り気味の言葉を素直に受け止めたのか、ゆっくりと鼻歌を歌い始めたーーーー。
その声は今までで聞いてきた歌声よりも音が綺麗で、リズムも良く聴き心地が良い。
『上手だね』
素直な感想を魔力波長でナータに伝えた。
するとナータは私の顔を見て微笑み、歌っているアトラに顔を向ける。
その表情は子供の成長を見守っている親の顔に似ていた。
必ず守り抜く自信と、大きく成長してくれたことに誇りを持つ二つの感情が、程よく混じった柔らかい表情。
それを見て少しだけアトラが羨ましいと思ってしまった。
『歌が上手いことに関しては、アトラとずっと一緒に旅をしてきた僕が保証する。そんなことより、僕はマンドラゴラの件の方がよっぽど気になるんだけどな』
『それについては私にもわからないから、本題を話そうか。何が聞きたいの?』
そう聞くと、ナータの顔つきが変わった。
今までは朗らかな兎のような表情をしていたが、今は違う。
まるでーー獲物をいつでも捕えられる鷹のような顔。
『禁忌ーーーー』
私はその言葉を聞き、どこか納得してしまった。
『......あなたには、隠せないようだね』
気づかれるような行動はしていないはずなのに、彼は察している。
おそらく盗聴魔法と同時に何かを施していたのだろう。
それも、私が気づけないほどの微量の魔力で。
やっぱりそういった点で、彼には深く興味がある。
これは話が長くなりそうだ。
『ーーーー禁忌魔法を教えてください!』
『は?』
何を言い出すのかと思えば......。
危うく動揺して立ち上がってしまいそうになった。
まさか禁忌魔法の伝授を申し出てくるなんて予想外だ。
でも私の使える禁忌魔法は封印系だけ。
攻撃系や治療系は専門外。
もし教えるとなっても、彼自身の役には立たないかもしれない。
『......ちなみに聞くけど、その理由は?』
念の為、理由も聞いておこう。
かなり昔だけど、禁忌魔法の発動に失敗した愚かな人間がいた。
彼にはその二の舞になってほしくない。
『全ての魔法に、出逢いたいから』
『なぜ?』
『昔の僕は、弱かった。周りにいた同い年くらいの子供達から、たくさんいじめを受けた。でもその度に必ずアトラが助けてくれる。僕は孤児院で育ってきたんだ。親のいない僕は、遊びたいと思っても簡単に外へは出られない。せいぜい孤児院の庭で走り回るくらい。だから......だろうね。親がいないって理由だけで、周りから蔑まされてきたのは』
『――――もういいよ。禁忌魔法は伝授しない。あとで研究室に来ないこと』
『っ!? どうして!』
『これは試験じゃない。私の言っていることがわからないのなら、禁忌魔法の伝授なんて到底不可能』
『ん?』
『あなたなら理解出来ないはず。承諾しないで』
『......拒絶しない』
『状況の飲み込みが遅い』
『......ありがとう』
『今から伝授しないから、受け取らないで』
『......わからない』
『手を出さないで』
『......いいえ』
そして私はナータに折り畳んだ一枚の紙を渡した。
それを受け取ったナータは目を輝かせながらその紙を開く。
数秒開いた紙を見た後、私に顔を向ける。
「感想は?」
私は微笑みながら聞いた。
「......」
............声が返ってこない。魔力波長も聞こえない。
「お〜い」
ナータの目の前で手を振っても、それに反応する気配がない。
「ーーどうしたんだ?」
私の呼び声に反応したアトラが歌うのをやめて近づいてきた。
「ナータがこっちを見ながら急に黙り込んでーーーー」