★First Comet★ ☆第四話☆ 【ナータ?】
「驚いた……。何重にも張っておいた結界を、まさか力技で開けてくるなんて」
ーーーー少女はこっちを見ながらそう言ってきた。
俺は少女と目が合い、少し考えた。
……。
…………。
なるほど『変化魔法』か。
ナータは変化魔法が使えるが、自分以外のものになりたくないから普段は使わないと言っていた。
しかし俺を揶揄うためだけに目の前で平然と使っている。
自分のプライドを捨ててまで俺を揶揄いたいということか。
そっちがそう仕掛けるなら、こっちも手を打たせてもらおう。
「いやぁ〜、こんなところに絶世の美少女が居るなんて、俺はもう、旅を辞めてもいいかもしれないな〜」
俺に色仕掛けなんか効くはずがないだろ。
なんせ、今まで女とは会話という会話をしてきたことがないからな!
「それは困る……かも」
ほ〜ら食らいついた〜。
中途半端に俺が旅を終わらせるはずがないのに、こいつは鵜呑みにしやがった。
それがお前の敗因になるぜ、ナータ。
「なぜ困るんだ? 君に困る理由なんてないはずだが」
俺に変化魔法を使ったのが間違いだったな。このままじわじわと攻めて、その面を真っ赤にしてやる。
「……確かにあなたからすると、私に困る理由はないかもしれない。逆に困るのは、あなたの方じゃないかな」
「そんなことはないさ。俺はもう数多の地方に訪れたから、正直辞めどきだと思っていたんだ」
思ってない。
行きたい場所なんていくらでもある。あとあの村で少しゆっくり過ごしたい。
「建前が言えるくらいなら、少し手伝ってもらえる? 今やってる研究が一人じゃ面倒なんだよ」
なんだこいつ。
ここに来てからもう何かの研究に手をつけ始めたのか。
しかし何の研究かは知らんが、まだ変化魔法を解く気はなさそうだ。
なら、こっちも揶揄いながらその研究の手伝いをしてやるとしよう。
「一体何の研究だって言うんだよ。大体この前も研究研究って言って、結局失敗続きで諦めたじゃないか」
俺は若干呆れた声で言った。
何をしても成功できなかった研究。
上位薬草のベリアルを、超位薬草のエリアルに進化させる研究。
あれに関しては苦い思い出しかない。
その素材が欲しいからと、俺をあちこちに行かせたり、希少な魔物や魔獣を狩ってこいなどと……。
そして最終的には『僕の知識が足りない』と言って諦める。
逆に俺もあそこまで手伝って成功できなかったのは悔しい思い出だ。
そもそも研究には関与したくないんだがな……なぜか手を貸したくなってしまう。
「う……どうしてあなたがそのことを」
ほう、敢えてその対応をしてくるか。
だがそれだともう自分は変化魔法を使っていますと認めているようなものだぞ。
「そんな不思議がることじゃないはずだが〜?」
俺はナータに近づきながら言った。
「……なら、手伝ってくれるってことでいいのかな?」
そして俺は座っているナータを抱き抱えた。
「ーーーーちょっ!?」
いい反応をしてくれるな〜。
秘技、『お姫様抱っこ』だ。
じわじわ攻めようかと思ったが、演技を崩すにはこの方法が手っ取り早い。
「いつに始まったこと言ってんだよ」
どうだー? 野郎から抱かれる気分は。
意外ときついんじゃないか〜?
女を抱いたことがない俺もきついがな!
「……抱き上げる必要があった?」
俺の顔を見ながら言ってきた。それに対して俺も顔を向ける。
これじゃまだ演技を崩すまでにはいかないか。一体どこでその演技力を養ったんだ……?
俺と旅をしてきて、そんなことをする姿は一度も見たことはないぞ。
しかし……変化魔法にしては、案外完成度が高いな。
目鼻立ちがしっかりしている。
その上、良い香りもする。
演技力も相まって、少女だと思い込んだら本当にそうにしか見えなくなるな……。
「別に抱いてみようと思っただけだ。気にしなくていい。んで、俺は何をすればいいんだ?」
重たいというわけじゃない。しかしなぜか凄い緊張する。
ただナータを抱いているだけなのに!
「横で手を貸してくれるだけでいいよ」
こいつは意外と冷静を保っているな。
しかしそれがいつまで持つかな?
「はいよ」
そして数秒抱いたままになる。
何この状況……。
「ーーーー意外と悪くないかもね」
「何がだ?」
「今私がされてること」
俺は少し緊張してるがな。
「そうか、気に入ってくれて良かったよ」
「今までこんなことされたことないから、少し戸惑ったけど」
「にしては落ち着いてる様に見えるが」
「ちょっとは恥ずかしいよ」
「それが狙いだからな。で、このままどこに連れて行けばいい? 俺の家?」
「研究ができるならそこでもいいよ」
「冗談だって……真面目にどこへ行けばいい?」
「茶色の扉。そこが研究部屋になってる」
ここに来て短時間で部屋まで作ったのかよ。
魔法恐るべしだな……。
「了解」
俺はその扉に足を運び出した。
「ちなみに今回は何の研究なんだ?」
どうせ、いつものしょうもない研究だろう。
雑草を草笛に変化させたり、髪の毛の色を変化させたりと、使えそうで使えないものばかり。
だからもう期待していない。
期待しても仕方ないし。
「ーーーー解毒の研究」
前言撤回。
今回は普段より有能な研究を始めていた。
しかし、解毒魔法があるのになぜ今その研究を始めたのだろうか。
「……これは責めてるわけじゃないんだが、解毒魔法があるのに何で今更その研究をするんだよ?」
扉の前で抱いていたナータを下ろした。
「解毒魔法は状態異常に特攻のある魔法だけど、その弱点は外部に効かない点」
そしてナータが扉を開ける。
「外部? 身体のことか?」
中に入ると様々な道具や素材で広がっている。
「そう。あまり見ないと思うけど、侵食系の毒は解毒魔法の影響を受けにくいんだよ」
ナータが棚から何かを取りながら言った。
「あ〜、そういえばそれが原因で戦場や森でくたばっている冒険者が何人かいたな。普通に助けてもらえなかった奴らだと思ってたけど、あれは魔法が効かないからそうなってたってことか」
「そういうこと。だから私は、その毒の解毒薬を作るためにこの研究をしている」
「なるほどな〜。でも仮にそれが完成したとしてどうするんだ? 冒険者協会にでも渡すのか?」
「別に世間に広めようとは思ってないかな」
「どういうことだよ?」
「はいこれ」
と言って、俺に本を渡してきた。
「ん、さっき読んでた本か」
「そう。それを読んでる最中にあなたが来たから、ちょうどいいと思って」
俺は受け取った本をペラペラとめくる。
「にしても結構分厚いんだな」
「今まで私が研究してきたことを書いてるからね。他にもあるけど、それが最近の研究をまとめたやつだよ」
衝撃的だな……。
俺に秘密で、まさかここを隠れ家にして研究しまくっていたとは。
俺が寝ている隙に、転移魔法で毎日ここに来ていたということか。そしてバレないように今も変化魔法で姿を誤魔化している。
しかしバレバレだぜ相棒。
もう魔法を解いたらどうなんだ。
「ふ〜ん……ん? この前回の研究、薬草の名前間違えてるぞ」
本には『シリアルをベリアルに変化』と書かれたページがある。
前にしていた研究は『ベリアルからエリアルに進化』だ。
色々と間違えすぎじゃないか?
まぁ、結局のところ失敗に終わったんだがな。
「シリアルをベリアルにしようとしてたから間違ってないよ」
「何言ってんだよ。ベリアルを進化させようとしてたじゃないか」
「あなたこそ何言ってるの。そんな現実味もない研究、誰もしたくないでしょ。たとえそれをしたとして、失敗が目に見えてるんだから」
何か作業をしながらそう言ってきた。
「ま、まぁそうか……」
失敗に終わった研究だし、そりゃ本に記したくないか。
そして俺はさらにペラペラと本をめくる。
「結構いろんな研究したんだな〜」
色々と内容の濃い研究が沢山あって、ナータの睡眠時間が心配になってくる。
寝ることを惜しんでまでやりたいことか?
好き好みは人それぞれだから何も言わないが、休むことも大切だぞ。
「興味あるの? あなたはそんな風には見えないけど」
「いやないかな。これを知ったところで俺は剣を振るうことしかできねぇし」
「そう……」
何で聞いてきたー? その件必要だったかー?
あと何で少し落ち込んだ顔してるんだよ。
別にいいだろ。俺が興味あるの剣だけなんだから。
好きにさせてくれ。
「……なぁ、さっきから気になってるんだが、俺は本当に何をすればいいんだ?」
俺は本を机に置き、もう一度聞いた。
「だから言ったでしょ。手を貸してくれるだけでいいって」
「言ってたけど、流石に待ちくたびれてきたんだが……」
俺がそう言うと、何かが入っている瓶を持ってきた。
「手出して」
「あぁ、はい」
俺は言われた通り手を出した。
多分、瓶を持っていてくれということか。なら少し指は曲げておいたほうがいいな。
「――――ぅあっつ!!」
こ、こいつ俺の手に瓶の中身を全部ぶっかけてきやがった!
真面目な雰囲気を漂わせておいて、日頃の恨みをここでぶつけてきたっていうのか!?
「じっとして」
ナータは俺の右手首をグッと掴み抑える。
今かけられた液体はなんだ? 緑色でドロドロしているが......匂いはないな。
しかし少しずつ時間が経つに連れ、俺の手は緑色に染まっていき、じわじわと手に痛みが走る。
「……おい今度は何する気だ?」
次は違う液体の入った瓶を片手に持っている。
「ーー解毒」
「は!? てことは俺今毒かけられたのか!?」
俺は解毒の言葉を聞いて少し焦る。
「あ〜、もう……! 動かないで」
「あぁ、すまん」
俺の右手首をグッと握る力がさっきより増した。
なるほど。『手を貸して』というのは、そういうことだったのか……。
普通に何か手伝いを頼まれるのかと思ったが、まさか俺自身が実験体になるとは予想してなかった。
「ちょっと染みるから我慢してね」
と言い、俺の手にその液体をかけた。
「っ……!」
ちょっとどころじゃない。かなりの痛みが走ったぞ。
本当に解毒するための液体なのか?
色は確かに水色で透き通ってるから、薬なのは薬だと思うが……。
その液体をかけた箇所をナータはまじまじと見る。
「ーー失敗か」
「......今なんて?」
俺の聞き間違いか?
何か不吉な言葉が聞こえたような。
「手をそのままにしておいて」
「わ、わかった」
ナータが両手を俺の手に向け、魔法をかける。
一体俺の手に何をしてるんだ? 魔法をかけているが、これ侵食系の毒なんだよな……?
俺は自分の手を見ていると、侵食していた毒が少しずつ消えていくのが見えた。
自分で魔法では治しにくいと言っておいて、結局は魔法かよ。
そして毒が完全に消えると、ナータは少しため息をついて、また棚に戻った。
「なぁ、今俺がされたことって……」
「治療だけど」
それは見たからわかる。
俺が聞きたいのはそこじゃない。
「……研究する意味あるのか?」
「少なくとも誰かの助けにはなるかな」
「魔法で治せるなら、それで十分だろ」
「確かに魔法でこの毒が治せるなら、私もそれでいいと思う」
と言いながら棚から何かを漁っては、液体や薬草で調合しているナータ。
「じゃあ何のために解毒薬の研究なんかしてるんだよ? それが完成しても、魔法でいいってなっちまうだろ?」
「あなたも行ったでしょ? あの村に」
「村......? あ〜、オグタ村か」
「そう。あの村の住人は基本的な魔法は使えるけど、繊細な魔力操作やそれらを派生させる技術がないんだよ。今私が使った魔法は、回復魔法と解毒魔法を同時に使ったものだから、並の人間がやろうとしたら脳が焼き切れるんじゃないかな」
魔法に関してはいつものことだから何も思わんが、今日初めてあの村に行ったっていうのに、もうそこまで把握してたのかよ……。
いや違う。こいつは昔から俺に秘密にして、ここに来ているんだったな。
そんなこと知ってて当然か。
「なるほどな。その村の人達のために薬品を作ってあげようと思ったわけか」
「察してくれて助かる」
「いやお前がいちいち回りくどいんだよ」
「ーーーー何か言った?」
「い〜や何も」
俺はいつまでここにいるんだろう。