★First Comet★ ☆第三話☆ 【巨大な木】
ナータの転移魔法で昨日の野営地に移動した俺たちは、これからどうするのかを話し合った。
あの男は『森に一つだけ【巨大な木】があるからそこを目指せ』と言っていたらしい。
俺はナータから流れてきた情報を頼りにするしかない。
理由を聞いても『そこに行けば分かる』としか答えなかったようだ。
何を考えているのか、全く分からない男だ。
しかし少なくとも、剣は聖騎士より上手く扱えていた。
たった一振りしかしなかったが、剣術の大元は理解した。
おそらく、昔誰かに稽古をつけてもらっていたのだろう。
まるで自分がなかった。
強い者の真似をしても、自分を失い、弱点を突かれる。
しかしそれは、俺を含め剣士全員に言えることだ。
「あったか~?」
上空で巨大な木を探しているナータに言った。
浮遊魔法で空を飛ぶのはいいが、スライムを抱く必要があるのだろうか。
「なんだって~?」
「巨大な木はあったのか~?」
「あぁー、分かりやすいほどにでかい木があった~。寧ろ僕たちがあれに気づかなかったのが不思議なくらいだ~」
確かに、森に巨大な木があったら自然とそこに目が行くはずだ。
なんで気づけなかったんだ?
「それで、その木はどこにあるんだー?」
それを聞いたナータは、その方向に指を差した。
「そっちに進めばいいんだなー?」
と言った途端、上空にいたナータが地上に降りてきた。
そのまま進んでくれたら良かったのに。そしたら俺も分かりやすいし。
「ごめん、進む前にさ、アトラに言いたいことがあるんだ」
「なんだよ? 急に改まった顔で」
俺はさっさとその巨大な木に行きたいから、なるべく早くしてほしい。
「今日の夕食、僕が作ってもいい?」
何を言い出すかと思えば、ただ夕食について聞いてきただけかよ。
いつも誰が何を作るとか決めてないから、自由にしてくれればいい。
「それ、俺に聞く必要あるか?」
「その〜……今日はあらかじめ伝えておこうと思ってさ」
「ふ〜ん。まぁ別に俺は何も気にしてないし、作ってくれるんなら、その言葉に甘えるよ」
内心ちょっと嬉しい。
手を汚さずに飯が食えるのは、ちょっとした贅沢だ。
今日の夜はいつもより多く休めそうだな。
「ありがとう」
なんでそんな笑顔でこっちを見るんだよ。そんなに今日の夕食が作りたいのか。
……。
まずい、今日の朝食の件が脳裏を横切った。
……どうしよう、なんか少し不安になってきた。
「お、おう……」
一体何を考えているんだこいつは!
まさか夕食に何か怪しいものでも入れるんじゃないだろうな!?
今日散々殴られたから、その仕返しかもしれない……。
ーーーーお〜……ドラゴニックダケ〜……。
こんなところにも生えてるんだ〜。
怪しい空気感の中、ナータから目を逸らした先に、真っ赤で刺々しいキノコが目に入った。
もちろんそれは今日の朝食べてしまったものと全く同じキノコ。
そう、食べたら死ぬ。死ななかったけど。
ひとまず深呼吸だ。
……余計なことは考えないようにしよう。目的を忘れてはいけない。
「んで、進む先は……どっちだっけ?」
「この先」
「あぁ、そうだった。じゃあ進むからついて来いよ」
「あっ待って。ここから歩いて行こう」
俺が走ろうとした途端、急に止められた。
「なんでだ?」
「そんなに遠くないから」
って言われても俺は早くそこに行きたいし、休みたい。
さっきはようやく村に着いて一息できるかと思ったら、決闘を申し込まれ、挙句に今の状況だ。
「ならさっさと行って、今日の拠点でも見つけようぜ。そしたら俺もそこで休めるし」
「えっと、拠点探しは大丈夫かな」
「なんでだよ。拠点がなきゃ飯も作れねぇし、寝れねぇだろ」
「そうだけど……とりあえず、僕の言う通りにして欲しい」
俺はナータの目を見て黙り、その方向へ歩き出す。
沈黙は了解。俺達の中ではそう認識している。
にしても今のナータの顔……どこかで見たことがある。
確か、昔俺達がとある村に訪れた時、その時持っていた唯一の食料を冒険者に奪われそうになった時の顔……。
いやあれは普通に冒険者に対して憤怒していただけか。
……しかしナータのやつ、いつにも増して警戒の顔を保っている。
何に対して警戒しているんだ?
この森に入ったのは今回を含め三度目だが、特に警戒することなんて一つもない。
「アトラ、僕が浮遊魔法を使ったら、剣を構えて」
とナータが深刻そうな表情で言ってきた。
「わ、わかった」
今日のナータはどうなってるんだ?
なんか、謎の緊張感が漂ってて、背筋が少し冷たくなる感覚に襲われたぞ……。
剣を構えろって言われても、その標的がどういうやつなのか見てからじゃないと分からないし、そもそも相手が剣を使うのか魔法を使うのか、こっちは分からねぇんだよ。
だから『剣を構えろ』って言われても俺は迂闊に動くことは出来ない。
一体ナータは何を見ているんだ?
そしてしばらく歩くと、俺の視界に居たナータが突如上空へと飛び立つ。
その合図に気づいた俺は焦らず剣を抜き、構えた。
……。
…………。
何も来ない。
剣を構えたのはいいものの、何者からも襲われることのない、ただただ剣を構えて棒立ちしている人間になってしまっている。
なんで俺は今、剣を構えているんだ……?
構えろっていう暗黙の合図に応えただけなのに、俺はどうして剣を構えたままで立っているんだ……?
理解できない。
今の状況に俺の脳が追いついていない。
……ナータはどこに行ったんだ?
これから戦闘があるかもしれないという状況で、この近くから離れることはしないはずだ。
「とりあえず、俺も警戒しながら前に進んでみるか……」
もしかしたら、上空から何かを俯瞰しているのかもしれない。
そう信じ、俺は少しずつ前へ進み出した。
★
「俺がずっと警戒しながら進んで来た時間を返せ……!」
剣を構えながらゆっくりと進んだ先には、あの男が言っていた『巨大な木』がそこにはあった。
その周辺は柔らかい草が風に煽られ、優雅に大地と踊っているようだった。
そしてその巨大な木には窓があり、扉もある。
ご親切に、扉の先まで階段も作られている。
誰が見てもあれは人工的に作られたものだ。何者かがあそこに住み着いているに違いない。
で、あいつはこれを分かった上で俺にあんなことをさせて、一人で今あそこに乗り込んでいるということか。
よし、今晩の飯はあいつの分だけゴブリンじゃなく、オークの出汁を使ったスープにしてやる!
覚悟しとけ!
そうして俺は、構えていた剣を鞘に収め、巨大な木に向かって足を運ぶ。
「意外と手入れのしてある庭? になってるんだな......ーーーーあっ」
俺は踏んでいる草が柔らかいことに感心しながら進んでいると、あることを思い出した。
そういえば、今日の夕食はナータが自分で作ると言っていた。
まさか先手を打たれていたとは……。
……いや待てよ? 今起きていることは、いつもとは変わりないほどの揶揄いだ。
つまり、自分から回避路を予め作ったということは、もっと他の理由があるからだろう。
しかしその他の理由を考えても多すぎてキリがない。
……よくよく考えたら、あいつ碌でもない人間だな。
なんで俺はあいつと一緒に旅に出たいと思ったんだよ。
色々と面倒臭いこと、この上ないな。
「ああーー! 考えても埒が明かん! とりあえず一発殴る!」
もちろん殴り過ぎなのは重々承知だ。
しかしそれ以外に思いつくことがない。
飯抜きとか、魔族でさえ吐き出す不味い食材を使ったりしても、あいつは魔法で器用にそれを回避してくる。
ということで結論、一発殴る。
これでいこう。
まぁ流石に全力で殴るまでしたら可哀想だし、ちょっとした腹痛に襲われるくらいの力加減にしておこうか。
そうあれこれ考え、巨大な木の扉の前に辿り着く。
「よ〜し……この扉を開けて中に入ったら、真っ先にあいつの腹に拳を投げつけてやる!」
ーーーーそして俺は扉を勢よく開ける。
「おらーー! ナータてめぇー! ちょっと腹出せやぁー! よくも俺に誤情報を流してくれ......」
中にはナータの姿はなく、金色に輝く髪の長い少女だけが椅子に座って本を読んでいた。
「ーーーー驚いた.....。何重にも張っておいた結界を、まさか力技で開けてくるなんて」