☆第24話☆ 【カミエル・アトゥラス】
カミエル・アトゥラス邸。
地下三階。牢獄。
薄暗い牢の通路に、コツコツと一人の足音が響く。
それと同時に並んでいるランタン一つ一つに灯りがついていき、徐々に薄暗さが夕焼け色に染められていく。
次第にその足音は大きくなっていき、音が大きくなるにつれ、緊迫した空気が漂い始める。
そして足音の正体は、目的の牢の目の前で足を止め、中を覗く。
牢の中には、一人の男が手首を縛られ、その中で歩くことだけだが許されている。
その男は、閉じていた瞼をゆっくりと開け、牢の外にいる黒のタキシードを着た生物に目を向けて言った。
「満足しましたか......?」
その言葉に黒のタキシードを着た生物は鼻で笑った。
「満足? このようなことで満足できるようなら、私はあなたをここへ監禁していないでしょう」
牢の中にいる男はそれを聞いても表情一つ変えることはなかった。
絶望の真っ只中なのだ。
今までは裕福に暮らせていた日々が、突如一つの生物に壊され、何もできないまま時間だけが過ぎていく。
「街はどうなっていますか......?」
「ーーそうですね。あなたが思い描いていた理想より、かけ離れた素晴らしい姿へと変わっていってますよ」
「そう、ですか......」
黒のタキシードを着た生物は嬉々としながら話し、牢の中にいる男を見下している。
その生物は絶望こそが美味として生きる存在。
そして今も、牢の中にいる男の絶望的感情を味わっているのだ。
「いやはや、何度見ても滑稽で仕方がありませんねぇ。貴族であろう者が、そのような惨めな姿をしているなど」
牢の中にいる男は貴族だった。
その男こそが、貿易街『アトゥラス』の支配人であり、『カミエル・アトゥラス伯爵』本人なのだ。
「お前たち『魔族』は......やはりどうかしてますね......」
魔族。
存在は魂。
肉体を破壊しても、魂が滅びない限り消滅することはない。
その実態は存在せず、死んだ魔獣や獣を媒体とし肉体を得たり、生きた生物に取り憑いて意思を乗っ取るものもいる。
そして、黒のタキシードを着た生物こそ、『魔族』と呼ばれている存在だ。
「不可解なことを言われても困りますね。私たち魔族の方が、人族に対して理解しかねているのですから」
「何が言いたい......?」
カミエルは食い気味みで魔族の言葉に反応する。
「そういえばこれはまだ話していませんでしたね。あれは千年ほど前、我々魔族は、一人の人族によって一度滅ぼされたんですよ」
カミエルは苦笑した。
「急なおとぎ話ですか......」
そして魔族はそれに対して笑うことなく、真剣な顔で言った。
「いいえ。その話は本当にあった出来事ですよ」
カミエルは半信半疑だったが、相手が魔族だということを理解している上、言い返す言葉が見つからなかった。
「もちろん、その時代でも私は生きていました。主人に仕え、毎日が至高でたまりませんでしたよ。いっそ、このまま時間が止まって欲しいと願ったくらいです。しかしその時間も束の間、主人の為に業務へ励んでいると、突如私と私の主人の前に『金髪の少女』が現れたんです」
魔族が淡々と話している内容にカミエルは疑問を覚える。
しかしまだ口を出す時ではないと判断した。
「私と主人は、その少女に手も足も出ず無様に敗北し、次第に大陸に生存していた魔族はその少女によって滅ぼされたのです」
やはり話が変だと思ったカミエルは口にする。
「おかしいですね......私の記憶では、一人の勇者が滅ぼしたとありますが......」
魔族はフッと笑って答える。
「それはあなたたち人族による怪訝でしょう。一人の少女が世界を救う話より、一人の勇者が世界を救う話の方が何倍も納得がいく。しかしそれは完全なる間違い。その少女こそが我々魔族を滅ぼしたのですよ。そして魔族がいなくなった大陸は、人族が平和に暮らすようになり、我々魔族はおとぎ話の存在へとなっていった。私は不思議に思っているのですよ。何故あの少女は一度魔族を滅ぼしたのか。何故魂ごと存在を抹消しなかったのか。その結果がこれです。一度滅びたはずの魔族が、今まさにあなたの目の前で、足を動かし手を振り、言葉を発している。別に理解されたいが為に話しているわけではありません。ただ一人の少女が過去にその行いをした結果、現在あなたの家族が亡き者になってしまっただけなのです」
カミエルは「そうか」と言わんばかりの表情で瞼を閉じる。
もう出る言葉もない。
それを聞いても何もならないからだ。
意味がない。
どうせこのままの垂れ死ぬことが目に見えている。
守るべきものを失い、動かせる体もかかしのごとく何もできない様。
「そしてどのような因縁か。その少女がこの街へ訪れています」
それを虚言だと率直に感じたカミエルは言った。
「面白いことを言いますね......復讐でもする気ですか......?」
彼の内心は嘲笑している。
しかしその言葉を魔族は真に受け取った。
「いいえ。復讐する気など、はなからありません。もちろんこの街に滞在している間に始末できれば大きな儲け物ですが、それよりも優先しなければいけないことがあるのですよ」
「それは......私と同じ姿をして、この街を乗っ取ってでもですか......?」
その魔族は、死んだ魔獣や獣を媒体として肉体を構築する種族だった。
つまり、なりたい姿形になれる。
そしてカミエルの目の前にいる魔族は、カミエル・アトゥラスの容姿、体格、声、喋り癖まで、完璧に模倣しているのだ。
「その価値があるからこそ、今まさにこうなっているのです」
納得できないカミエルは現状の悔しさに食いしばって言った。
「何が、目的なんですか......!」
魔族はそれに答えず、目を細めてカミエルを見据えた。
「少し話し過ぎました。今日の夕食です」
そう言って魔族は懐からボロボロのパンを取り出し、鉄格子の間からそのパンを投げ入れた。
カミエルは光の失った瞳のまま、静かにそれを拾う。
「生きられているだけ感謝してください。また明日も来ますので」
魔族はそれを言い残し、またコツコツと足音をたて、ランタンの灯りを消しながら去っていった。
しばらくしてその足音は小さくなり、次第に牢獄の中には薄暗さと静寂だけが訪れた。
カミエルは手元にあるボロボロのパンを食べるしか他ない。
一日に一度の食事。
その上パン一つのみ。
空腹という名の腹の虫が、静まり返った牢獄で反響する。
その反響音を聞くことが今のカミエルにとっての生きている証だ。
食べても音は出続ける。
飲み込んでも音は響き渡る。
その時を十二年。
カミエルは死ぬことを選ばず、苦しみながらもパン一つと、三日に一度出てくる味の無い質素なスープで生きながらえていた。
パンを噛みちぎる音が静かに牢獄の中で響く。
今日もまた牢の中で、絶望と共に一日が終わろうとしている。




