☆第12話☆ 【落ち着いた朝】
昨夜は夕食を食べ、二人ともすぐに眠りについた。
しかし俺はと言うと、気を失っていた時間が長かったせいで眠気がなく、暇だったのでしばらく月の明るい外で剣の手入れをしてから寝た。
そして翌日の昼。
今は旅に出るための準備中だ。
シルヴィア一人が。
時間帯は正午前。
そろそろ太陽が空の中心に来る頃合い。
俺とナータで昼食を作り、彼女が席に着くまで待機している。
「おーい、まだか? もう昼食作ってるぞー?」
研究部屋でバタバタと支度をしているシルヴィアに声をかける。
そもそも旅に一体何を持って行こうとしているんだ......?
「早くしないと、全部食べちゃうよ〜? アトラが」
「おい」
俺はそれに軽くツッコミを入れると誤魔化す微笑が返ってくる。
いつものくだりだな。
そんなつまらないことをしていると、ガシャガシャと物音が鳴っていた研究部屋の音が急に静かになった。
そして数秒経つと、部屋の扉が開きシルヴィアが出てくる。
「ごめん、お待たせ」
彼女は何事もなかったかのような表情で、ゆっくりと席に着いく。
机には、鳥料理や山菜料理が並んでいる。
全体的にあっさりとした味付けだ。
「よし、じゃあ食べるか」
三人で手を合わせ「いただきます」と言って、食事を始める。
「お昼にお肉が食べられるなんて贅沢だね」
シルヴィアが少し幸せそうな顔をして言った。
そしてそれを耳にしたナータが聞く。
「君わ、普段から、食べてぇ、にゃかったの?」
「――お前は食うか喋るかのどっちかにしろ」
朝から機嫌が良いようで、えへへとした顔で食べるナータ。
「食べようと思えば食べれたよ。でも狩りをする時間がもったいないから、パンと山菜で済ませてた」
「そうなんだ〜。じゃ、僕はとりあえず魔法の構成を考えながら食べるから、気にしないで〜」
ナータはそう言って宙に魔法構成を映し、食事を続けた。
マイペースな性格は昔から知っているが、少しは気を遣え。
「お前から聞いてそれかよ......」
「別に私は気にしてないよ」
「そうか」
それを言い残して俺も黙々と食事を進める。
何も考えずに食事をする時間。
やっぱり良いな。いつもはナータが揶揄ってきたり、ちょっかいを出してきて、まともに食べられなかった。
もちろんそれも楽しい雰囲気で嫌いではない。
しかし稀にナータが研究に集中して静かに食事ができる時がある。
やはり食事は、静かにするものだな。
ーーーー三人で静かに食事をしていると、ふと昨日の記憶が落ちてきた。
「そういやシルヴィア、昨日の『剣』のことなんだが」
その途端、シルヴィアは咀嚼していたものを咄嗟に飲み込み、焦った咳をしだした。
「お、おい! 大丈夫か!?」
彼女は軽く拳を作った手で、胸元をトントンと叩いている。
飲み込んだものが喉に引っかかっているんだろう。
だとしたら、水だ!
そう思いテーブルを見渡したが、水の入ったコップが見当たらない。
......飲み物用意すんの忘れてた!
急いでキッチンの棚からコップを取り出し、ナータに魔法で水を出してくれと言わんばかりにコップを突きつける。
「ナータ!」
「ん? あぁ、はい」
魔法構成を考えている最中に、満更でもない顔で別の魔法を使い水を出す。
余裕なんだろうな。
注ぎ終わったその水をシルヴィアに渡す。
「ほれ、水!」
彼女はコップをすぐに受け取り、ゆっくりと焦らずにそれを飲む。
しばらくすると、喉の引っかかりがなくなったのか「ふぅ」と一息つき、俺を見た。
「け、剣......? 一体何のこと......? 私にはさっぱり......」
動揺が丸見えだぞ。
「とりあえず、喉はもう平気か?」
「あ、うん......大丈夫。ありがとう」
まさか、ここまでの反応をするとは思わなかった。
せいぜい別の話題であしらわれるかと想像したが、予想の斜め上を通過してきた。
「そこまで分かりやすい動揺をするとは思わなかった。すまん」
「いいよ」
「まぁ、もちろん興味は今もめちゃくちゃあるが、お前にも何か理由があって他人に触れさせたくないんだよな。その......悪かったな。無理に要求しちまって。俺も頭が冷えたし、もうしねぇから」
俺の反省の言葉を受け取ったのか、シルヴィアは無言で食事を続けた。
「認めたな」
「......まだ何も言ってない」
「正直触ってみたいけどな」
「私の体?」
「ーーアホか。剣だ」
「......いつかね」
彼女はそう言って、そっぽ向きながら食べ物を口に運ぶ。
そのうち心を開いて、自分から言ってきてくれるだろう。
......でもいつだろう。半年以内だったら嬉しいな。
そう考え、そっぽ向くのを止め幸せそうに昼食を食べるシルヴィアを見た。
「なに?」
「いや、なんでもない。気のせいだった」
これは近いうちに心を開いてくれそうだな。
「本当に?」
「本当」
「......何か隠してる?」
「何も隠してねぇよ」
「怪しいと見た」
「本当に何もねぇって! 口元に何かついてるように見えただけだ!」
こういう時は面倒臭い。
なんで表情を見ただけで疑われなきゃいけないんだ。
「......そう」
よし、もう何も考えないようにしよう。
そうすれば彼女も何も言ってこないはずだ。
寧ろ食事に集中してほしい。
食事に集中して何も言ってこないでほしい。
俺も食事に集中したいし。
「身体の調子はどう?」
食事に集中したいと思った瞬間にこれだ。
「いつもと変わらずだな。でも剣がいつもより重く感じるのは確かだった」
今朝の日課で感じた、あの剣の重み。
数年前くらいを思い出した。
初めて純白金製の剣を振った頃だ。
重いと感じるということは、成長の余地がある証拠。
つまり今の俺は成長の余地があるかもしれないということだ!
少しワクワクする。
「なるほど。まぁ至極当然のことだね」
「これって、鍛えれば強くなれるのか?」
「無理だよ」
その言葉に俺の瞳から光が奪われ、食べ物を口に運んでいた手が止まる。
「理由を、聞いても......?」
「簡単に言うなら、私があなたの強さを一から百の間で決めるから。術者だし。そしてその数値を固定すれば、対象者は何をしてもその数値を動かすことはできない。つまり今のあなたが筋トレとか特訓をしても強くなることはない」
「逆に弱くなることは......?」
「分からない。前例があれば良かったんだけどね。それもないし、あなたが実験体になってみる? 私もそれが一つの狙いだったし。試してくれると嬉しいかな」
しれっととんでもないことを言っていることを自覚してほしい。
自堕落に生きろと言っているのと同じだ。
それは俺の人生としての癪に障るから絶対にお断りだ。
「それだけは断固拒否する」
「そう。残念」
「――――僕なら大歓迎だよ」
俺とシルヴィアの会話を盗み聞きしていたんだろう。
美味いものを食べるような欲より興味のある顔で、ナータが会話に飛び込んできた。
「それはお断り。言うのを忘れてたけど、恐らくあなたの場合は急な吐き気、頭痛、視界と魔力の不安定とか、色んなことが起きるはずだよ。それが理由じゃないけどね」
「どうしても?」
「どうしても。あなたには危ないから」
「悪用はしないよ」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味?」
「あなたも魔法を使う人間だからかな」
「でもシルヴィアも魔法を使う人間じゃん」
「事情があるの」
「どんな事情?」
「言えたらいいんだけどね」
「言うとまずいんだ?」
「あなたの過去と似てるよ」
「僕の過去? まだ君に話した覚え無いけど。アトラから聞いた?」
ナータの過去は俺だけが知っている。
だから疑われるのも無理は無い。
でも、こいつの過去を知っているからこそ、誰かに話せるものじゃない。
「俺は話してねぇよ」
「分かってる。言っただけ」
俺が何を言うのか知っていたかのように、即答した。
てっきりいつもの揶揄いで苛つきがくるかと思ったが、ナータの言葉が温かく聞こえ、少し心がホッとした。
そこにシルヴィア割って入る。
「過去で思い出した。そういえば、ナータ。あなた、昔いじめを受けていたって言ってたね」
急にそれを言われたナータは、何のことだろうと不思議な顔を浮かべ、思い出そうとしている。
自分が言ったことくらい覚えとけ。
数秒ナータの顔はボケっと上を向いていたが、ようやく思い出したようで、自信満々に答える。
「そうだね。何か気になる?」
ナータの反応に困ったのだろう。シルヴィアが呆れ顔になっている。
無理もない。俺もそうなる。
そして徐々に彼女の表情は落ち着きを取り戻した。
「一応言っておくと、嘘なのは分かってるから」
ナータはシルヴィアが言ったことに驚きもせず、正面から受け止めていた。
「そっか」
「そっかじゃねぇよ。相当なヘマでも起こさなきゃ、嘘なんかほとんどバレねぇだろ。少しは驚け」
いつもの癖で自分が思っていることを口にしてしまった。
すると気が気でないのか、ナータは俺に向かって小声で話し出した。
「いや、バレるバレないの問題じゃないんだアトラ」
「どういう事だ?」
「虚言視魔法。嘘に反応する魔法。本来であれば、王族のみが使用を許されている魔法なんだ」
なんて便利な魔法だ。
俺も魔法が使えるなら、その魔法をナータに使ってやりたい。
しかし、王族のみか......。
「なるほど。それを、シルヴィアが使っている、と」
「そう。その上精度が凄まじい。優秀な王族が使っても、魔力の流れが見えるくらい難しいとされてる魔法なのに、彼女はその流れ、揺れが何も見えなかった」
「そんなにも凄いことなのか?」
「凄いって言葉で片付けられたら良いんだけど......僕たち魔法師からすると、化け物の中の化け物。僕はもう彼女に対して勝てるビジョンが浮かばなくなった」
確かにシルヴィアがその魔法の所有者となると、尚更彼女の立ち位置が分からなくなってくる。
王族か、否か。
「ちなみにお前は、どっちだと思う?」
「多分......いや、ほぼ確実に上の存在だ」
「根拠でもあるのか?」
「......アトラが考えてる通り、あの魔法を使ってるだけじゃ、証拠にはなってない。でも......」
言葉を残したナータは、シルヴィアの胸元をじっと見た。
ナータに釣られ、俺もその方向に目を向ける。
「何......?」
自分の胸元に視線を感じたシルヴィアが首を傾げる。
「いや、なんでもない」
俺はそう答え、最後の肉を口に運ぶ。
ナータはお構い無しに、まじまじとシルヴィアの胸元を見ている。
「やめろ」
「いだっ!」
とりあえずナータの頭にチョップを入れた。
「......大きくなくて悪かったね」
誤解じゃないかもしれないが、誤解を招いてしまったようだ。
そういうつもりじゃなかったんだけど......後で謝っておこう。




