☆第10話☆ 【旅の支度③】
「やりすぎた......ごめん」
ナータの居る部屋へ戻り、ことの事情を話した。
新しい魔法の構成を組んでいる作業中のナータは『なんだそんなことか』と言わんばかりの表情で話を受け止める。
「だからもう謝らなくていいよ。どうせアトラも許すと思うし、気にしなくていいんじゃない?」
禁忌魔法の調整を間違えてしまい、アトラの精神が持たず気絶してしまった。
流石に七十%は肉体への刺激が強すぎたらしい。
それもそのはず。肉体の弱体化は極端に力が抜けていく感覚と同じに対し、強化は肉体の一時的な膨張により激痛が伴う。
言ってしまえば通常の筋肉痛の数百倍の痛みだ。
そして彼は魔力が無いため筋力を集中的に鍛えてきた人間。
それを踏まえればその痛みは尋常ではないはず。
彼だからこそ気絶で済んだのだろう。
「は、はい」
「でも僕には謝って欲しいかな? 僕には禁忌魔法を伝授しないって言った手前、アトラにはその魔法を見せるなんてね」
「彼だから見せられたんだよ。魔力もなければ魔法を継承することはない。それに対し、あなたの魔力は魔法師より少し多いくらいだから、何をしでかすかわからない理由で安易に伝授できないだけ。それと、伝授を目的に彼に魔法を使ったわけじゃないから」
「そんなに僕が信用出来ないわけ?」
「昨日会ったばかりの人間を信用しろと?」
そう言い返すとナータは『確かに』と言って作業を始めた。
魔法師というのは何を考えているのか、なかなか読めない傾向にある。
彼もそうだ。
禁忌魔法の伝授を拒まれ落ち込んでいるかと思えば、今目の前で新しい魔法を作ろうとしている。
私からすると、魔法の制作なんてただの日常で使えるか使えないかに過ぎない。
使えないものは何のために作ったんだろうと虚ろな感情に浸ることもある。
使える魔法を試行錯誤して構成する方が、よっぽど有意義だ。
「身体強化魔法の構成が見えるけど、何を企んでるの?」
私の言葉を聞いたナータは、フフ〜ンとキリッとした顔をこちらに向ける。
「閃いたんだよね......」
「何が?」
「シルヴィアは興味無いかもしれないけど、身体強化魔法って対象が動物にしか設定出来ないでしょ? そこを無理やり動物から植物に対象を変える」
彼の顔はムフフと言いたそうな表情で、ちょっと気持ち悪い。
しかしその自信で満ち溢れたその魔力の流れ......。
「あ〜、通りで……でも興味ないかな」
少し前に私も試したことがある。
結果は全て不発。
何をしても植物には影響を与えることは出来なかった。
もしかしたら成功するかもしれないと考えていたあの時の私を見ているようだ。
「ふ〜ん、本当に? 僕の目には、君の顔はどこか蔑んでいるような目に見えるけど」
良い観察眼だ。
つい感情が表に出てしまっていたらしい。
魔法を扱う者として感情を悟られるのは、魔力の流れを読まれているのと同様。
私はナータの察しの良さと、過去の己を悔やみながら言う。
「......興味ある時期が私にもあったよ。で、今あなたと同じ考えに至ってその魔法を作ろうとした」
「そして何をしても魔法は作れず、失敗に終わったんだね」
「そう。私の知識、知恵を使っても作れなかった魔法。厳密には、作ったけど発動しなかったが正しいかな。だからあっさり諦めた方が心の潤いは保てるよ」
「じゃあ君の構成を見せてよ」
そう言われ、当時作った魔法構成を宙に映した。
「はい。見ての通り、身体強化魔法を元に構成を組んでる。所々構成を変更してはいるものの、結局不発終い。色んな構成にしてみても全部何かしらの形で失敗だったよ」
「なるほど......ところで、なぜ君はこれを作ろうと思ったんだい?」
私の魔法構成を眺めながら尋ねてきた。
ナータの目は細くなっていて、何か遠くにある落とし穴でも探している様な目だ。
私は過去の自分に呆れ、白状した声色で答える。
「研究のためだよ。とある植物を上位の植物にする研究。錬金術だけじゃダメだと思って、魔法と組み合わせてみる思考になったんだ」
シルアルという薬草をベリアルへ変化させる研究。
実験失敗で、それから手をつけていない。
他の研究に興味が移ってしまったのだ。
「へぇ〜......灯台もと暗しってやつかな......」
彼は私の作った魔法構成をじっくりと見て今度はフッと笑い、ボソボソと何か言った。
しかし声が小さいせいで何も聞き取れなかった。
「何か言った?」
そう聞くとナータは、シラを切るように得意気な顔で言う。
「ーーいや特に何も」
「......さっきからあなた、どことなく気持ち悪いの何?」
「気にしないで。そういう性分なんだ」
これが男の子によくあるお年頃というものなのだろうか。
「わかった。あまり触れないでおくよ」
「ありがとう。それにしてもこの魔法構成凄いね。僕がやろうと思えば半年はかかりそう」
少し目を輝かせながら私の魔法構成を眺めて言った。
彼も魔法を使う者、作る者として憧れの目をしているのだろう。
しかし現実は悪夢よりも恐ろしいと私は考えている。
「それはどうかな。私でさえ一年は費やした厄介な魔法構成だよ」
一年。
丸一年で私はこの魔法構成を組んだ。
言い換えれば、たったの一年しか時間をかけていない。
理想系を作ろうとすれば、短くても四年は必要だろう。
だが一つの魔法創造にそこまで時間はかけられない。
他の研究と並行しているため、長期創造はかえって邪魔になってしまうから一年で辞めたのだ。
「一年か〜。まぁこれだけ細かいと妥協なのかなぁ」
年数を聞いて彼は納得した顔になっているが、私は妥協なんてしていない。
妥協以前にこの魔法創造は期間が長いという理由で手を抜いた。
それ故に妥協も何もない。
早い話、現実逃避というもの。
「妥協だと思うあなたはまだまだ未熟だね」
「なるほど、最善を尽くした結果ということか」
更に納得をした顔になるナータ。
「こんな不完全な魔法が最善を尽くしたように見える?」
「え......? じゃあ、最善に最善を重ねて、最善を尽くした結果だということか!」
驚きと喜びの混ざった真っ直ぐな瞳で言ってきた。
「......つまりそういうこと」
そういうことにしておこう。
彼はどうも脳の働きがおかしい時がある。
真面目に考えてその答えに辿り着いているのか、冷やかしをしているのか。
......考えるだけ無駄かな。
「ふむ......身体強化魔法を元に、ここまで緻密に構成を変化させるなんて、やっぱり君は化けものぉああーーーーっ!!」
聞き覚えのある何かが一瞬聞こえたので、自分の足に重力魔法を軽く付与して踵でナータの足を踏んだ。
「ーーあなたも禁忌魔法で弱体化されたいのかな?」
圧のある笑顔で言う。
今後もおかしなことを言わないように少し調教しておかないと。
「え!? いいのぉぉっ......!」
また何か聞こえたが、そんなことは気にせず、もう一段階重力魔法の出力を上げ、グリグリと踵を左右に動かす。
「痛いっ痛いっ痛い! ごめんごめんごめんごめんーー! 天才天才! 天才的美少女様ーーっ!!」
「そんな言葉で私が許すと思う?」
「許してくれるとっ......思ったんだけど、違ったみたいだっ......! なら、言葉を変えよう......っ!」
痛みに耐えながら喋っているせいでナータの声が霞んでいる。
悶えている彼を見ても、不思議と私の笑顔は消えない。
「――――その魔法は、ベリアルからエリアルへの進化構成になってるっ……!」
私は踏んでいる足をそっと退け、彼の話を詳しく聞くことにした。




