☆第9話☆ 【旅の支度②】
ナータが気絶して数時間。
目を覚ます気配はない。
ナータの気絶する姿を見るのは初めてだ。
今まで気絶なんて一切してこなかったというのに、たかが魔法の伝授で気絶とか、こっちが笑い死ぬ。
事情を聞くに、シルヴィアの揶揄いに本気になっていたらしい。
俺は歌を歌えってシルヴィアに言われていたから状況はわからんが、ナータのことだ。
本気で伝授して貰えると、期待と確信が最高潮になっていたんだろう。
「なぁ、さっきは俺も本気で爆笑したけど、流石に気を失いすぎじゃないか?」
「ごめん、村に行くって言ってたのに、変な邪魔しちゃって......」
シルヴィアも長時間気を失うことに対して、罪悪感が生まれてきているようだ。
さっきまで一緒に笑っていた柔らかい顔が深刻しきっているな。
「気にするな。俺が行きたいんじゃなく、こいつがどうしてもって言うから俺もそれに付き合う話だったんだよ。まぁ一応、謝罪の言葉として受け取っておく。ナータには謝らなくていいさ」
恐らく、本人に謝罪をしなきゃ気が済まないタイプなのだろう。
少しでも罪悪感を無くすためにも、この謝罪は俺が受け取っておこう。
そうすればシルヴィアの中でも、謝ったという事実が助けになるはずだ。
「でも......」
「こいつが魔法の伝授をしてくれって言い出したんだろ? なんでシルヴィアが謝らなきゃいけないんだ?」
「実は、魔法の伝授をしようとは......思っていない」
「だとしたら少し話が変わってくるな。理由でもあるのか?」
「それは......私の口からは何も......」
シルヴィアが俺に言えなことをナータは企んでいたのか。
彼女が言えないということは、ナータにそれを聞いても口を割らないだろう。
魔法の伝授であれば何を口にしたって問題はないはず。
魔法の習得は魔法書か、その魔法が使える人物からの伝授。
しかしナータはほとんどの魔法を魔法書で習得している。
つまり魔法の伝授を強く期待したナータは、魔法書では習得できない魔法をシルヴィアを通して習得しようとしていた。
魔法図書館ではあまり乗り気にならず、各地の村だと一部の住民に対して目を輝かせていたのはそういうことだったのか。
となれば、魔法の種類は二択。『古代魔法』か『禁忌魔法』。
しかし、古代魔法は王都の禁書庫で長年眠っている上に、習得は魔法書のみと言われている。
ということは、ナータがシルヴィアに求めた魔法は......。
「禁忌魔法か」
「ーーどうしてわかったの!?」
「やっぱお前、俺を脳筋扱いしてるだろ!?」
「......じゃあ普通に、どうしてわかったの?」
「じゃあって何だよ。俺はこいつと昔からの仲だ。お前に言ったって仕方ねぇよ」
「そう。聞かれたのかと思った」
シルヴィアはそう言って、椅子から立ち上がりキッチンへ向かう。
「ん? 何のことだよ?」
「紅茶、飲む?」
「いやだから、何のことだって」
「――――はいはい、飲むんだね」
無理矢理俺の話を遮りたいようだ。
もういいや。
「苦いか甘いかしょっぱいか辛いか、何がいい?」
「......紅茶にしょっぱいとか辛いがあるのか。初耳だな」
「ーーあるわけないでしょ。馬鹿なの?」
いちいち人を揶揄わないと気が済まないのか?
「へ、へぇ〜、そうか。じゃあ甘いのを頼む」
「わかった。座って待ってて」
「はいよっ」
★
紅茶を飲みながらの雑談が終わり、俺とシルヴィアは研究室に来た。
ちなみにナータのことは放っておけば、そのうち目を覚ますだろうという結論になった。
「で? やりたいことってなんだ? また新しい研究か?」
シルヴィアは俺の言葉を耳で受け取りながら、本棚から一冊の本を取り出し、ざっと開いては、目的のページに目を留めた。
「そうなんだけど、今回は実験と観察かな」
「ん、研究とどう違うんだよ?」
そう聞くと、本のページを黙々と見ているシルヴィアの目が、呆れた目に変わった。
「そこからか......研究は物事の一連について深く調べること。実験、観察はそれをするための手段だよ。あなた、ナータと一緒に旅をしてきていたのに、そんなことも知らなかったの?」
知るかよ。
俺は剣を振るうことしかしてこなかったから......って言っても、これに関しては何も口答えができないな。
実際知ろうとしてこなかったわけだし。
ここは折れておこう。
「生憎、俺はあいつの手伝いをしていただけで、そういった面ではほとんど触れてこなかったんだよ。悪かったな、知識不足で」
「まぁ、これからその知識が増えていくと思うから、楽しみにしておくといいよ」
はっはーん。
さてはこいつ、俺を今後こき使う気だな。
「あまり期待しないでおく。んじゃ改めて聞くが、一体何の実験だ?」
「さっきナータが言っていた『禁忌魔法』だよ」
「なるほど禁忌魔法ねぇ......ーーーーは!?」
驚きのあまり、素で大きい声が出てしまった。
「うるさいなぁ......今集中してるから、そんな大きな声出さないで」
「す、すまん。つい驚いちまって......」
頭おかしいんじゃないのか?
禁忌魔法の実験?
やっていることが人外だ。
それを研究して、一体どうするつもりなんだ。
「私もね、人並み外れたことに挑戦してるってことは自覚してる。でもこれは手段なんだよ。私が生きる上でのね」
俺の思考を察したのか、本を見ながらいきなり自分のことを語り出した。
「そう、か......」
その言葉を聞いて、我に返った。
ちょっとした焦りで自分を忘れていた。
俺は、他人の人生に興味がない。
誰が何を企んでいようが、誰がどこでどんなことをして暮らしていようが、どうでもいいと考えてしまう。
「んまぁ、なんだ、これから俺の言う言葉が、この状況に対して理にかなっているかはわからないが......」
シルヴィアが今していることに対して否定する気はないし、これ以上聞こうとも思わない。
「俺は、生きるために剣を振るっている。だがそれは手段でしかない。なぜなら俺は今、世界に挑戦しているから。これなら、俺の言いたいことが少しはわかったんじゃないか?」
「私たちは愚かな者とでも言いたいの?」
「ちげぇよ。少なくとも......愚かとか思っちゃいねぇよ......」
こういう時の褒め方とか全然わからん!
どうやって素直に褒めればいいんだ!?
気恥ずかしくて俺にはできん!
「少なくともってどういうこと?」
「あぁ! もう面倒くせぇな! いちいち気にすんじゃねぇ! んなことより実験! 何がしたいんだ? 禁忌魔法つっても、俺にできることはその実験体になるしか選択肢はないぞ」
「ーー何も言ってないのに自ら実験体になってくれるなんて優秀だね」
しまった......。
研究の手伝いなんか求められていないのに、焦った勢いで自分から手伝う発言をしてしまった。
研究の話をされると変に関与してしまう癖が働いたのだろう。
長い間、ナータと旅をしてきた弊害かもしれないな。
「......それは、言い出した俺が悪いな。わかった、手を貸す。だが一つ確認だ。禁忌魔法でも命に関わる系統なら、俺は即刻辞退するつもりだが、そこんとこはどうなんだ?」
禁忌魔法にも種類がある。『攻撃系』『治療系』『封印系』の三つ。
もし攻撃系を俺で試すようなら、是が非でもこの場から退室させて頂きたい。
「大丈夫。危害を与える魔法じゃないから」
「そうか。なら一安心」
「――――ただ、その魔法に抗おうとすれば、魔法が自動的に発動し、首が無くなる」
「あからさまに危害大有りの魔法じゃねぇか! ということで今回の実験は、俺は辞退する。死ぬのはごめんだ」
「あなたって、漢に二言はないって言うタイプ?」
今度は何を言ってきたかと思えば、まさかの哲学。
もちろん答えは一つしかない。
「ーー当たり前だ。って言うと思ったか? んなわけないだろ。死が確定する約束に、一言だけでたまるか。平気で二言も三言も使ってやる」
そう言うとシルヴィアは本を勢い良く閉じ、少しシュンとした声色で言ってきた。
「残念。その危害を加える魔法回路を今無くしたって言うのに、実験を降りるんだね......」
それを聞くとさっき俺が言った、あの痛々しい言葉が脳裏をよぎる。
あの発言をした手前、易々と手を引くことにも抵抗がある。
そして危害が無くなったと言われれば、断る理由も自然と無くなる。
「......もう、わかったよ。引き受ける。今の言葉で辞退する理由も無くなったしな。でも本当だろうな? 俺を煽るために言ったわけじゃないだろうな?」
「チッ、バレたか......」
俺から目を逸らし、そっぽ向いたと同時にボソッと呟くシルヴィア。
「お前今、舌打ちしたな? 聞こえてんだよ。さっきもこんな感じの件があったが、俺は耳が良いんだ。言うことがあるならはっきり言いたまえ」
シルヴィアの背後に近づき、耳元で言った。
すると言葉が返ってきたが、震えている小さな声が聞こえた。
「ご、ごめん......揶揄っただけ......」
ん?
やけに耳が赤いな。
もしかして耳元で囁かれることに抵抗があるのか?
だとしたら丁度良い。
これを利用させていただこう。
「そうか、揶揄っただけか。なら本当のことを言おうか〜? 危害はあるのか、無いのか」
「な、無い......」
「そうか、なら良かった。ついでにもう一つ聞くんだがーーーーお前耳弱い?」
そう言うとシルヴィアが赤い顔でこちらに勢い良く振り向き、俺の頬を両手でつねってきた。
そしてその勢いに押され、後ろに倒れた。
「おいっ......!」
だが彼女はそんなことはお構いなしに、顔を真っ赤にしながら俺の両頬をつねり続ける。
これに似たような件、さっきもあったな......。
早く終わってほしい。
★
「最終確認だけど、本当にいいの? 私も実験的にしたいと思ってるだけなのに」
「実験なんだろ? ならいいさ。それに、俺もその魔法に対して少し興味が湧いたしな」
「ーーそう。なら遠慮なく」
「決断があっさりだな」
そう言うとシルヴィアは微笑み、本に向かって呪文を唱え始めた。
詳しい話を聞くと、禁忌魔法の種類の中でも『封印系』だった。
しかしその封印系だとしても、禁忌と呼ばれるほどだ。
舐めてはいけない。
どうやら本をじっくりと見ていたさっきの行動は、魔法の一部の効果を削除していたらしい。
その内容は、さっきシルヴィアが言っていた通り、魔法に抗えば自動で首が跳ぶ効果。
物騒な魔法作りやがって。
一体どこの誰が残した物だよ......趣味が悪い。
しかしさすが禁忌魔法。
本命の効果が絶大だ。『その人物に纏わる全ての能力が九十九パーセント低下』という、ほぼ天国行きになるくらいやばい魔法。
シルヴィアが後の効果を消さなければ、天国行き確定だ。
もしこの魔法を付与された人物は、生きた心地がしないだろうな。
そして今回はその魔法のコントロール実験。
本人曰く、能力低下数値の上げ下げを狙っているらしい。
一応理由も聞いてみたが、ただ単純に面白そうだったからと言われた。
恐らく、本当の理由を答える気はないのだろう。
それとはおまけに『これはサプライズのつもりだった』と自白してきた。
サプライズで禁忌魔法を付与させるのは正直おっかない……。
事情を話されて受け入れる方が気が楽だ。
それは俺だけじゃなく、ナータにも同じことが言える。
多分あいつは話を聞いた直後、目を輝かせて興味本意で受け入れるかもな。
んまぁ、俺も似たようなものか……。
「――――世界の理の罪を暗黒へと晒せ。『監獄の鎖』」
長ったらしくおっかない呪文が終わり、シルヴィアが持っている本から、黒く赤いオーラを纏った禍々しい鎖が数本飛び出した。
その鎖は俺を狙って身体中に巻き付く。
次第にその鎖は、俺の体の中へと入り込む。
巻きつかれた瞬間は体が固定され動けなかったが、今では何も無かったかのように動かせる。
「......特に、違和感は感じないな」
「――備えて」
「は? 何に対して......」
ーーーー言葉を最後まで言う前に、身体が膝から崩れ落ちた。
それと同時に指先から足先まで、全身に痛みが走る。
激痛ほどでもないが、ドラゴニックダケの猛毒よりかは耐えられる痛みだ。
シルヴィアが言った『備えて』は、これのことだろう。
確かに、油断すれば気絶してもおかしくない。
気を緩んでいたせいか、痛みが走った瞬間、目眩がした。
ただでさえ拷問レベルな魔法効果な上に、この痛みもおまけ付きとは恐れ多い魔法だ。
「すまん、舐めてた......禁忌と言われるほど、あるかも......しれないな」
「どう?」
地べたで倒れてるやつに毒味感覚で聞くことじゃない。
「全身が痛い」
「よしよし、これは予想範囲内」
と言い出し、しゃがみながら本にメモを残していく。
「いつまで、続くんだ?」
「多分もうすぐ終わるよ」
「そんな、根拠もねぇのに......」
痛みが引いた。
嘘のように全身から痛みがなくなり、スっと立ち上がった。
「どう?」
「毒味感覚で聞いてくるな。実験だから気持ちはわかるが、はたから見たら、お前がサイコパスに見える」
「そんなこと思われようが思われないが、私はどうでもいい。それで、どうなの? 身体」
そう言われ、自分の身体を見渡し、軽く関節を動かした。
「感覚的には、さっきより倦怠感があるくらいか......?」
魔法効果は、全能力が九十九パーセント低下。
今の俺の身体に残されているのは、その残りの一パーセント。
軽い倦怠感で終わるとは思えない。
「あなたはそもそもの能力が桁外れだから、負担が少なく感じているのかもしれない。でも実験記録はこれが初めてだから、自信を持って言えることではないけどね。他に感じることは?」
自分の強さを気にしたことはいくらでもあるが、能力を気にしたことはあまりない。
強さと能力の違いとかよく分かんねぇし。
まぁ、シルヴィアがそう言うならそうなのだろう。
そう思っておこう......。
「特に無いな。関節も今まで通りに動かせるし、筋力も......」
ーーーー俺は力を込めた自分の腕を見て唖然とした。
「流石に筋力はそれを見る限り落ちてるね。まぁ当たり前に過ぎないけど」
今まで見えていた力こぶが見えなくなっていた。
「俺の、筋肉が......」
「大丈夫、数値を上げれば戻るから。多分」
「最後不安になる事を言うんじゃねぇよ! 俺が今まで信じてきた、共に人生を歩んできた筋肉だぞ! 戻らなかったらただじゃおかないからな!?」
今まで生きてきた中で一番のショックだ......。
愛し続けてきた筋肉が一瞬にしてこんな......こんなっ......!
俺の顔は猛烈なショックで、少しづつしょぼしょぼとやせ細った顔になっていく。
「脳筋だね」
「うるせぇ! お前に筋肉の良さなんて分かんのかよ!」
「私からすれば魔力と同じだよ。魔法を扱う者は自然と非力になるんだ。だから魔力で勝負しなければならない」
「接近戦はどうするんだよ? 魔法師がどうやって太刀打ちするって言うんだよ?」
「魔法だよ」
「武器もねぇのに魔法をどう使って戦うんだよ」
「――――私は武器が無いなんて一言も言っていないよ」
そう言って、シルヴィアの手元から一つの剣が現れたーーーー。
その剣が眼中に入ると、俺の心は打たれた。
虚空から現れたその剣は、俺の知っている伝承と同じ姿の剣だった。
太陽のように真っ白に輝く刀身に、その剣の最大の特徴と言われている鍔。
青虹色で星の形。
この世界の基盤を作ったと大昔から伝えられている剣。
俺の目は子供の頃、屋敷の書物室にあった伝承書を読んだ時と同じ目になった。
純粋な眼差しを向ける目。
憧れを抱く瞬間の目。
抑えられない勇気と自信。
あの時と同じだ。
「その剣......」
「ん、何?」
シルヴィアは自身が握っている剣に目を向ける。
「ーーなんで、お前が『神剣レグイアス』を......」
どこからどう見ても本物と酷似していて、現実か疑うほどの緊張感が走り声が震える。
「しんけん......? れぐい、す? なんて?」
「神剣レグイアスだ! なんでお前がそれを持ってんだよ!?」
「何を言ってるかよく分からないけど、別にこれは名前のないただの剣だよ」
絶対におかしい。伝承として残っている剣だ。
知らない人間が存在するはずがない。
「神剣レグイアスだぞ!? 世界に大陸と海を創り、生命に繁栄をもたらしたと言われている伝説の剣!」
「大袈裟だなぁ。この剣がそんな歴史を歩んでるとは到底......と、到底思えない、かなー......」
言葉の途中でシルヴィアの顔はカチッと固まり、数秒黙り込むと焦ったように後退りする。
「本当に知らないのか?」
「な、何も知らなーい。この剣にそんなこと出来るはずないよー」
「本当に?」
「本当ー本当ー」
「本当に……?」
「本当だよー。だってこれ拾い物だもーん」
何か心当たりがあるのだろう。
急にシルヴィアの言葉が棒読みになる。
しかしそんな事はお構い無しに、俺は目の前にある剣に眼差しを向ける。
「なんだよ拾ったって......普通に考えてそこらに落ちてる物じゃないぞ! もう魔法の実験なんかどうでもいい!」
「ーーえ?」
「頼む......! その剣、少しだけでいいから触らせてくれないか!?」
持ってみたい。この剣を握った時の世界を見てみたい。
その思いだけが俺の体を動かす。
「ダ、ダメ」
「なんでだよ! 持つだけだ!」
体がシルヴィアの方へと動く。
「ダメったらダメ!」
少しづつ後退していくシルヴィア。
「少しだけだ! 何もしないから! 一度だけでいいから触ってみたいんだよ!」
ーーーー近づきすぎたせいか、シルヴィアの背中が本棚にぶつかる。
「頼む! 一生のお願いだ!」
俺とシルヴィアの顔は目と鼻の先になる。
「もう......!」
顔を少しだけ赤くしながら、シルヴィアはパチンッと指を鳴らした。
指が鳴った数秒後、声を上げられないほどの激痛が全身を走りーーーー俺の視界は真っ白に染まる。




