龍の拍動
1000文字のショート文学です!
老人は街の商人である。
秘かに仕入れたドラゴンの卵を5年間大切に温めていた。
5年間も一つの卵を温め続けている老人は頭がおかしい訳ではない。
ドラゴンの孵化にはとても長い時間がかかるのだ。
毎日、毎日暖炉で卵を温め、卵の隣で眠り、卵の世話をしてきた老人。
日に日に大きくなる卵。
しかしドラゴンは最上級のモンスター。人に飼いならせるものではない。
ヘタに孵化させてしまうとその強大な力で一国を滅ぼしかねない。
国からはドラゴンの卵を育てることは危険を呼ぶとされ禁止されている。
老人は屋敷の奥で周りには知られずに一人で卵を育てていた。
「儂は孤独な老人、この卵の成長だけが生涯の楽しみ。誰にも邪魔はさせない
命をかけて世話をしている」
ドン!ドン!
時折、卵の内側からドラゴンの鼓動が聞こえる。
「おお、そうかそうか」
卵を優しく撫でる老人。
「もうすぐ生まれる。儂の全てが生まれる」
深夜、凄い熱気と焦げた臭気がして目を覚ます。
老人の屋敷が大火に包まれている。
誰かが屋敷に火をつけたのか?炎の回りが早い。
寝室にも炎が迫ってきていた。
飛び起きる老人
「そんな!もう少しでドラゴンが孵化するのに、もう少しなのに・・」
老人一人だけなら逃げられるかもしれない。
しかしドラゴンの卵はとても重い
5年間で一人では運べないくらい大きく成長していた。
助けを呼ぶ?火の勢いから見てそんな時間はなさそうだ。
「この卵だけは守ってみせる」
焼け石に水だがグラスの中の僅かな水を炎にぶちまける。
毛布で卵を隠して必死に守ろうとする老人。
炎に巻かれた屋敷の柱がドラゴンの卵と老人の頭上に落ちてきた。
「ぐあああああ!!」
ドン!ドン!ドン!
ドラゴンの卵から鼓動が鳴り続けていた。
老人の屋敷はうねりを上げる炎に飲み込まれた。
その屋敷の周りには沢山の街の住人達がどうすることもできずにいる。
「こんな炎に巻かれてはもうダメだ、あの老人は生きてはいまい」
口々に言う
絶望感が漂う、その刹那
業火に包まれたがれきの山から上空へ真っすぐに駆け抜ける一筋の光。
空間を切り裂く咆哮と共に大きな翼で風を起こし、がれきを跳ね除け一匹のドラゴンが天空へと駆けた。
どよめく街の住人達
老人はドラゴンの腕に抱えられている。そして上空から叫ぶ。
「ワハハハハ!!見たか!儂は龍を産んだのだ。儂の勝ちだ!」
ドラゴンと老人は天空へと飛翔していった。