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みずき  作者: からり
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7.天野 鈴(母)

 狭いでしょ、恥ずかしいわ、でもお客さまなんて久しぶり。えぇ、そちらに座って。今、コーヒーをだしますから。クッキーもあるのよ。いらないなんて言わないで。記者なんでしょ?たまには、おばさんとゆっくり話すのも勉強じゃない?色々な世代の色々な人と話さなきゃ。あら、クッキーなかった、ごめんなさい、プリンでいい?どうぞ、ここの美味しいのよ、食べて食べて。

(リビングのテーブルの前でお礼を言って彼女に借りていたものを返す。彼女の明るかった表情がしんみりとする)

 あの子のパソコンね。役に立った?

(はい、と答えると彼女は気を取り直すように微笑んだ)

 ふふ、良かった。

 でも、こうやって改まって瑞希のことを話すなんて不思議な感じ。ちょっと緊張するけど話せるのは嬉しいわ。人と話すのは元々好きだしね。今は見ての通り、こんな古いマンションの1LDKで侘しい一人暮らしだし、余り人と会う機会もないの。

 素敵なマンション?清潔感がある?ありがとう。掃除は毎日してるのよ。これでも一応、元主婦ですから。

 駅から近くて便利だし窓からの眺めもいい?やだ、誉めすぎじゃない?ここってね、近くに激安スーパーがないのよ、自転車に10分も乗らないといけないの。もちろん行くけど、家族がいないと節約してもつまらない。

 ……ううん、家族、というよりは瑞希がいないからね。瑞希がいた頃は、節約も張り合いがあって楽しかった。

 一緒にスーパーのチラシアプリを見比べてああでもない、こうでもないって話したり。お買い得品をテーブルに並べて、一緒に値段当てゲームをしたり。

 タイムセールでいいものが安く買えた時の、瑞希の顔はとてもかわいかった。えーって目を丸くして『買い物上手だね、お母さん』って褒めてくれて。

 他愛ないことばかりだけど大切な思い出よ。

 お金は余りなかったけど、幸せはいっぱいあったの。

 ……瑞希さえいてくれたら。

(彼女の目の焦点がふっとぼやけて潤む。顔を窓の外へとそらし指先で目をぬぐい話を続ける)

 確かに窓の外の景色、悪くないわよね。公園もあるし。緑っていいわよね、うん、何でも前向きにとらえなきゃ、どんなことも。

 夫がどうしてるかって?

 さぁ。瑞希の事があってから離婚したの。あの人、横顔が瑞希に似てるでしょ?思い出すのが辛くて。一緒にいられなかった。

 姉の沙織?

 ……

 本当に沙織がもう少し……だめね、愚痴っぽくて。こんなことを言うなんてひどい母親だって分かってるし、あなたに良く思われないのもわかってるけど。

 私ね、沙織とは合わないの。だから本当に必要最低限しか連絡はとっていない。

 私、事務的なことがあまり得意じゃないから沙織がやってくれているんだけど。カードとか光熱費の支払いの管理。あと私の実家との連絡。沙織は母さんのお気に入りだから。

 母さんって沙織と瑞希のおばあちゃんのことよ。やだ、説明しなくてもわかるわよね、取材ってなると緊張しちゃって、ごめんなさい。

 沙織には感謝もしているし助かってるけど、それだけ。どうしても心が通い合わない。昔っからそう。

 沙織は氷みたいに冷たいの。言葉もきついし、人を見下したような目をするでしょ?一緒にいると、ぞっとしちゃうこともあって。

 ……瑞希に会いたい。

 不思議よね。外見は瑞希はどっちかっていうと夫に似てて、沙織はどっちかっていうと私に似てる。でも性格は全然違う。磁石のSとN、悪魔と天使みたいに両極端で。

 自分に似ていない顔の子供の方が気が合うなんて本当に不思議。

 ごめんなさい、私ばかり喋っちゃって。

 なぁに?

 聞きづらいこと?いいわよ、何でも聞いて。

 え……なにそれ、やだ、何の冗談?瑞希が養女かって?今の話聞いてた?瑞希の外見は父親似だって。私が産んだのも間違いないし。

 なんで養女だなんて?

 言えないの?ニュースソースは秘密ってことね。でもそれは完全な間違いよ、瑞希は私の実の子供。養女だなんて話、一体どこからでてきたのかしら。

 瑞希じゃなくて沙織ならまだわかるんだけど。

 沙織が7歳の時、母さんが沙織を引き取るって話が出たことがあるから。

 恥ずかしいけど、あの頃うちは貧しくて。それに……沙織と瑞希は仲が悪くて。ううん、瑞希は沙織を慕っていたけど、沙織は瑞希を嫌ってて。

 実はね。

 私たちにわからないように沙織は瑞希をいじめていたの。これは内緒よ。瑞希が私にだけ打ち明けてくれたんだから。

 だから沙織の養女の話は悪くないって思えた。でも夫が猛反対して、結局、実現しなかった。あの人、あの時だけは男らしくてかっこよかったわね。

 親戚は皆知ってる話だから伝言ゲームみたいに歪んで伝わったのかしら?

 ふふ、困った顔ね、情報源は言えないのよね、わかってます。

 もう一つ聞きたいことがある?また聞きづらいことなの?どうぞ、どうぞ。

 ……遺書?

 瑞希の遺書は……

 公式にはなかった……ってことになってる。

 警察にも聞かれたけど。

 ……

 ここだけの話にしてくれる?

 瑞希が死んだ次の日、リビングでぼんやりしていたの。警察や葬儀社とのやり取りで夫と沙織はバタバタしていて、二人には申し訳なかったけど、私、ショックでどうしても動けなくて。

 そしたら沙織がツカツカとやってきて、私を見下ろしながら言った。

 警察から遺体が返ってきたら通夜と告別式を家でする、予算的にそれしかないから、って。

 すごく事務的な口調だった。私はうなずいて、てきぱき動く沙織を何となく目で追っていた。

 沙織は部屋を片付けていて、雑誌の束を持ち上げようとして、痛っ、て小さな声でうめいた。

 雑誌が落ちて床に散らばった。カラフルで楽し気な雑誌の表紙が目に飛び込んできて不思議な気がした。

 私は大切な娘を亡くしたのに、すぐそこに変わらない幸福な世界があるんだもの。

 沙織は顔をしかめて雑誌を拾い集めた。何となくその手付きは不自然だった。どうしてだろうって思っていたら、人差し指に水ぶくれがあることに気づいた。でも余り深く考えなかった。自分のことで精いっぱいだったから。

 その日の真夜中、喉が乾いて台所に行った。水を飲んだ後、床の隅に白いものが落ちていた。ゴミだと思って掃除をさぼっていたことを反省した。拾ってみると焼け焦げた紙の切れ端だった。

 私は、また深く考えずゴミ箱に捨ててしまったの。

 でも葬儀が終わってしばらくして、少しだけ頭がはっきりしてきたら、どうしようもない疑問に取りつかれた。

 瑞希の自殺の理由。

 なんで瑞希は、何も言わずにいってしまったのって。

 そこでふと別な疑問がわいた。

 本当に瑞希は何も残さなかったのかって。

 瑞希を見つけたのは沙織だった。

 警察から遺書がないか聞かれたことを思い出した。沙織はきっぱりと首を振った。同じ部屋だしそんなものがあればわかりますって、いつものどこか人を馬鹿にしたような口調で答えていた。でも結局、遺書のことに警察はそんなにこだわらなかった。検死で自殺だということが確実だったからよ。

 でも私にとっては……。

 ねぇ、どう思う?

 あの水ぶくれと、焦げた紙には意味があるかしら。

 前の日まで、あんな紙はキッチンに落ちてなかった。だって私はお掃除をちゃんと毎日する主婦だもの。

 じゃぁ、あの切れ端は何?焦げたあとがあったということは、何かの燃え残りってことよね。なぜわざわざ燃やすの?いらないならゴミ箱に捨てればいいじゃない。

 まさか、と思った。でも他に考えようがないの。

 沙織が……瑞希の遺書を……燃やした……

 でも、もしそうなら、どうして?

 私ね、恐いことを想像してしまうの。

 瑞希の遺書には沙織について何かが書かれていたんじゃないかって。

 だから沙織は……

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