6.白井 咲(関係者3)
ペペロンチーノとチーズドリア頼んでいいですか。あとデザートどうしよっかな。ティラミスとパンケーキ、両方頼んだら怒ります?いいですか?やった。
美味しいですよね、このファミレス。一番よく来ます。
食べきれるのかって?余裕です。元々食べるの大好きなんですよ。なのに親のせいでモデルとかやらされて地獄でした。食事制限とか二度とやりたくないです。
そういえばさっき駅前で会った時、ちょっと驚いたような顔してましたよね。昔の私しか知らない人にあうと皆あんな感じの顔するんですよね。
20キロ以上太って服もジーンズと綿シャツ、髪も短いしあの頃とは大違いでしょ?
あ、ごめんなさい。困ったような顔しないでください。ネタみたいなものなんで。
えっと、天野瑞希について、ですよね。
変な子でした。
元々、三国に紹介されて、綾ちゃんと私が友達だったんです。
何かの時に綾ちゃんに家に呼ばれて行ったら友達が数人いて。天野瑞希もそのうちの一人でした。
綾ちゃんはモデルの友達がいるってことを自慢したいって感じでしたね。
そこに私が加わって、結構仲良くなりました。
きれいとか可愛いとか褒められて、ちやほやされて。女子高生にとってモデルは憧れの職業だし、当時の私は自分で言うのもなんだけど、かなり美人だったので。
見世物みたいな扱いだったけど、嫌な気はしませんでしたね。皆、素直ないい子だったし、遠慮がちに距離感を見極めながら接してくれたので。さすがお嬢様学校って思いました。
でも一人だけ違和感があったんです。
その子も表面上は他の子と同じでした。品よく節度をわきまえつつ、私に話しかけたり、ほめてくれたりするんです。でもね、目が違うんです。他の子は多少の温度差はあっても私に興味を持って好奇心で目がキラキラしている。でもその子の目だけ妙に冷静でした。
最初、嫉妬されているのかと思いました。よくあることですから。でもそれともやっぱり何か違う。
で、一回だけその子と視線がしっかり重なったんです。
にこっと笑いかけられました。
あ、って思いました。
この子、私に何の関心も持ってないって。
だって私に向ける笑顔も、部屋にいる他の友達に向ける笑顔も全く同じだったんです。
(チーズドリアが運ばれてきた。彼女は卓上に置かれたケースからいそいそとスプーンをとりだし、いただきます、と食べ始める)
あっつ、美味しい、うーん、チーズ最高。
(念のためその無関心を示した少女が天野瑞希なのか確認する)
そうですよ。
普段からモデルや有名人と接点がある人の場合、無関心なことはありますけどね。一般人であの位の年齢の子では初めてでした。だから新鮮で印象に残ったんです。
あ、でもそれだけで天野瑞希を変だと思ったんじゃないですよ。
(ペペロンチーノが運ばれてきた。にんにくの香りがただよう。彼女はフォークを取り出し、ドリアとペペロンチーノを交互に食べ始める。話の続きは食べ終わってからにしようということになった)
私が三国に振られてから一週間くらい経った頃だったかな。
(ドリンクバーの紅茶を飲みながら彼女は言った。テーブルの上にはティラミスとパンケーキが並ぶ。ドリアやパスタと違ってこちらは味わうようにゆっくり食べている)
いきなり天野瑞希からSNSのDMに連絡がきたんです。
普通、自分が奪った男の元カノに連絡とかします?
なんだろって思ったんですけど。直接会って話したいって言われて。興味半分で行きました。
そう言えば、天野瑞希と会ったのもこのファミレスチェーンでしたね。
こうやってボックス席で向かい合って、三国がどうして私をふってこんな平凡な子を選んだんだろうって考えていました。
ただ妙に優しく笑う子だったから、そこが良かったのかなって。相手を全部受け入れるような柔らかい笑い方。つい気を許しそうになっちゃう。
私、三国の件について謝られるか、言い訳を聞かされるんじゃないかって思っていたんです。
そしたら、いきなり、
『白井さん、別に三国くんのこと好きじゃないですよね』って言われて。
はぁっ?て感じでした。
『どういう意味?』
『三国くんに戻ってきてほしいですか?』
『別に戻ってほしいとは思ってないけど』って答えたら『やっぱり』って納得したように一人でうなずいてるんです。
『どういう意味?』
『白井さんは健也くんを好きなんですよね』
ぎょっとしました。
あーもー、ぶっちゃけると私、三国と付き合ってるときから健也のことが好きだったんです。条件的には三国の方が断然いいですよ。でも、どうしようもなくて。こう本能にグングンくるっていうか、男らしさが段違いっていうか。
健也とあったならわかりますよね?めちゃくちゃいい男でしょ?太る前と太った後でも態度が全然変わらないし。
私が摂食障害で苦しんでいる時もすごい親身になってくれました。モデルやめろって叱ってくれたのも健也なんです。
でも親友同士で乗り換えるとかまずいでしょ。健也はそういうの嫌うタイプですから。
なのであの時、三国からふってくれてラッキーっていうのが本音だったんです。
ふられて悲しんでる私を健也は突き放すことはできない。傷ついている相手が目の前にいたら放っておけない、守りたいっていうのが健也の本能なんで。
でもそんなこと天野瑞希に言う訳にもいかないですよね。万が一、健也に伝わったら困りますから。とぼけたんです。
『何言ってんの?違うけど』
『そうですか。勘違いだったらすみません』
白々しい感じでした。全然信じていないような。
『何で私が健也を好きだなんて思ったの』
『皆で遊園地に遊びに行ったことがありましたよね。待ち合わせで健也くんが遅れてきて到着した瞬間の嬉しそうな表情とか。他の女の子と健也くんが話している時のヤキモチ焼いている雰囲気とか。ピンときました』
思い当たることはありました。でも、そんなに露骨に態度に出してなかったはずなのに。
他にも気づいている人がいるのかもって焦っていたら、天野瑞希と目があいました。
『あと私に対する視線も。好きな人を奪った相手を見る目じゃありません』
思わず目を逸らしたら、
『大丈夫、他の人は知りません。私も誰にも言うつもりはありませんから』
まるで心を読んだように言うんです。頭の中は大混乱でした。
天野瑞希はゆったりとコーヒーに口をつけました。
『三国くんと健也くんって面白いですよね。真逆のタイプなのに固い絆で結ばれていて』
カップの持ち方が優雅で、その仕草が一瞬、誰かと重なりました。
『……幼馴染だから兄弟みたいな感じなんじゃない?』
『私にも幼馴染がいます。男の子。でも私と彼はそれほど親しくないんです。彼は別な女の子と仲良しなんです』
『相性もあるでしょ』
『えぇ、そうですよね』
一瞬だけ、彼女の笑顔に陰りが見えました。もしかしてその幼馴染の男の子のことが好きだったのかな。
私は次の予定があったので、そろそろ帰る、と告げました。本当は時間には余裕があったのですが、健也への感情を見抜かれたことや、彼女の目的がよくわからなくて、早く離れたいと思いました。
すると『最後に二つ、伝えさせてください』と引きとめられました。
私はため息を押し殺しました。でも彼女が何を言うか興味をひかれました。
押してはいけないボタン、開けてはいけない扉、その前に立っている時みたいなドキドキ感があったんです。
『もし白井さんが健也くんに好かれたいなら、三国くんのお母様を真似るといいですよ』
『は?』
『雰囲気とか話し方とか。真似やすいタイプの人だと思います。私、二人の前ではいつも彼女になりきって遊んでいます』
どういう意味だと思います?
三国の母親は確かに上品な美人だけど、別に健也、熟女好きでもないし。
しかも、なりきって遊ぶって。
何言ってんの、この子って思いました。
天野瑞希は混乱する私を見て、首を傾げて髪に触れながらくすっと笑いました。
ぎょっとしました。その仕草と微笑み方が、三国のお母さんにそっくりだったんです。
優雅なコーヒーの飲み方も、三国のお母さんの真似だったんです。
呆然とする私に追い打ちをかけるように天野瑞希は言いました。
『もう一つは……私、三国くんのこと別に好きじゃないんです』
もう本当に訳がわからなくて、
『いい加減にしてよ、なんなの、一体?何がしたいわけ?』
かなりきつい言い方をしてしまったんです。
でも彼女は全く動じず、
『本当は今日は三国くんの件を謝ろうと思っていたんです。それを口実にしたら白井さんに会えるなって』
『私に会える……?』
『はじめの頃は気づかなかったけど、白井さん、私の知っている人に少し似ているんです。だから二人きりで話してみたくて』
『なにそれ』
『冷静な態度と裏腹に、内面はいつも波立っていて、一生懸命あがきながら必死で居場所を求めるように生きている。自己肯定感が低く愛情に飢えていて、裏切られても他人を切り捨てる事ができない。特に家族』
天野瑞希は言葉を切って私をじっと見つめました。
『父親ですか?』
『は?』
『母親?』
『何言って』
『あぁ、両親そろってですか、なるほど』
『いい加減にしてよ!』
『強気な目ですね。でもその奥にあるものは、とても柔らかで脆くてキレイ。やっぱ似てるなぁ』
言い返したいのに、心臓がバクバクして頭がグルグルして言葉が出ませんでした。
あの頃の私はすごく恵まれているように見えていたはずなんです。周りから羨ましいっていつも言われてて。
だから親のこととか、必死で居場所を求めてるとか、自己肯定感が低いとか言われて、すごいショックでした。
……当たっていたから。
本当はモデルの仕事なんかうんざりだった、笑いたくないのに笑って、決めポーズでかっこつけて、虚しくて仕方なかった。町で知らない人に声をかけられたり、勝手に写真をSNSにアップされたり、後をつけられたり、私は知らないのに向こうが私を知っている事が怖くて、気持ち悪くて、叫び出しそうなくらい嫌だった。
父親は私を金づるだと思ってて、辞めたいって言ったら破産するって脅してきた、母親は私のマネージャーと浮気してて私をライバル視してきた、二人とも死ねって思うけど、見捨てることもできなくて。
……でも誰より何より自分が嫌でした。向いてないってわかってるのに、モデルの仕事にすがりついていた。他に何も取りえがないし、逃げる勇気も無かったから。
『それって占いかなにか?的外れもいいとこなんだけど』
私は絞り出すみたいに言いました。自分でもびっくりする位、力がこもってない声でした。
天野瑞希は私の言葉なんて聞こえなかったみたいに
『家族を見捨てられないところは、健也くんと同じですね。でも健也くんは白井さんみたいに悩まない。強いですよね。そういうところに、ひかれるんですか?』
『あんたに関係ない!』
思わずテーブルを叩きました。周りの視線が集まって、しまったと思い、少しだけ冷静になりました。
天野瑞希は悪びれない涼しい顔で『ごめんなさい』と謝りました。
『突然呼び出して、私、色々とおかしなことばかり言ってましたよね。そんなつもりなかったのに。つい色々と本音で話しちゃった』
『本音って、そんなの、なんで私に』
『なんでかな』
天野瑞希が目を細めて私をじっと見つめました。愛しむような、哀れむような顔でした。
『……私が知り合いに似ているから?』
『ばれちゃいましたね。私、その人には嘘をつけないんです』
『……あんた、三国のこと、好きでもないのに何でつきあってるわけ?私から盗りたかったの?』
『いえ、白井さんは関係ありません』
『じゃぁなんで?』
一拍の間が空いて、ふぅっとそれまでの柔らかな笑顔が消えて天野瑞希は無表情になりました。その無表情はなんていうか、まっさらすぎるというか、魂が抜けたような、虚ろな感じでした。それから人形みたいにゆっくりと唇だけが動いて、
『練習です』
と言いました。
『練習って……なんの?』
『内緒です』
無表情がくるっと裏返って、笑顔に変わりました。
その笑顔にゾッとして、これ以上一緒にいてはいけない、と本能的に感じました。私は逃げるみたいに席を立ちました。
さっき変な子って言いましたけど……天野瑞希は変を通り越した異常さを持っていました。
あれは、関わっちゃいけない類の人間です。
それなのに
健也は未だに彼女のことを引きずっているんです。救えなかったって思っているんです。
バカですよね。
天野瑞希は健也が思っているような純粋でかわいそうな子なんかじゃない。自殺したことは気の毒だけど、あの得体の知れなさにも何かしら原因があったんじゃないかと思います。
(斉藤健也から自殺の理由について、聞いているのか尋ねると)
具体的には話してくれなくて。死んだからって秘密をベラベラしゃべれないって。
かっこいいけど、他の女について秘密を持たれるってムカつきます。まぁでも、そういう所が好きなんですけど。
(知り合いに似ていると言われた件について尋ねると)
いえ、誰に似ているとは聞いてません。
知り合いだなんてごまかしてたけど、あれ、健也のことじゃないかな。私と健也って似たところがあるし。あの時から健也のこと狙ってたのかも。
(斉藤健也ではないと思ったが、敢えて口出しはしなかった。白井咲はひたむきな顔でこちらを見た)
記者さん、天野瑞希の自殺の原因を探っているんですよね?それは彼女の正体につながっているはずです。
もしわかったら健也に教えて目を覚まさせてやってください、どうかよろしくお願いします。