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みずき  作者: からり
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2.岸田 綾(高校の同級生)

 名刺ありがとうございます。録音ですか?どうぞ、構いません。

 私はアップルティーを。いいえ、ケーキは結構です。夕食の時間も近いし、余りお腹はすいていませんので。でもありがとうございます。

 え、私、しっかりしています?

 もしかして高校生らしくないって思いました?

 実はよく言われるんです。妙に落ち着いてるって。私服だと大学生や社会人に間違えられます。嬉しいような嬉しくないような複雑な気分です。だって子供として色々と許されるはずの時間はどこにいったんだろうって。なんだか損した気がするんです。

 すみません、瑞希のことですよね。突然、連絡をいただいてびっくりしました。瑞希の名前を聞いた瞬間、あの頃のことがよみがえって昨日は眠れませんでした。目が腫れていませんか?恥ずかしいな。

 やだ、謝らないでください。連絡をいただいて感謝しているんです。

 私、一年が経って、落ち着いたつもりでいました。毎日、新しいできごとが何かしらあって、過去はどんどん上塗りされていく。だから忘れた振りをしていたんです。

 でも昨日の夜は久しぶりに瑞希の笑顔や言葉、一緒に過ごした日々を思い出しました。そしたらどんどんあふれ出して止まらなくなって。

 私、ようやく気づいたんです。上塗りなんかできない、瑞希のことを忘れたくないって。

 たった16歳で死んでしまった親友のことを少しでも多くの人に知ってほしい、天野 瑞希という人間の足跡を残したいって思いました。

 だから取材を受けることにしたんです。遠慮なく何でも聞いてください。

 きっと一番知りたいのは、いじめのことですよね?あの頃ネットとかで勝手に疑う人がいっぱいいましたから。根も葉もないことを無責任に煽ったり、学校の子のアカウントを特定して誹謗中傷したり。ほんと最悪でした。

 最初に言っておきます。

 いじめは一切ありませんでした。

 うちの学校は伝統ある女子高で、そういうことにはとても厳しいんです。裕福でしっかりした家の子が多いですし。

 いじめって家での教育がちゃんとできていなかったり、環境が恵まれなくて心が歪んだ人間のすることでしょう?

 普通はそんなこと恥ずかしくてできませんよね。そういう点ではSNSの信じられないような誹謗中傷も同じだけど。

 もちろん何十人もの人間が集まれば、はみ出したり孤立する人は必ずいます。うちの学校も例外じゃありません。私も苦手なタイプや関わりたくない子はいますから。

 でもだからって、いじめたりしません。距離を置くだけです。話しかけられたら普通に返事はします。ひどい態度をとったり無視したりはしません。

 話がそれましたね。

 とにかく瑞希はいじめになんてあっていませんでした。

 私と同じ友達グループにいましたし、私とは親友だったんですから。私たち、すごく気が合ったんです。

 当時、私、学級委員をしてて。人に弱味を見せられなかった。

 でも瑞希にだけは何でも話せました。優しくて包み込むような雰囲気があって。しかも優しいだけじゃなくて、よくないことはよくないって言える。私が間違ったことをしそうになると、やんわり止めてくれるんです。

 瑞希が怒ったり人の悪口を言ってるのは、1度も見たことがありません。

 ある意味、私よりずっと大人びていましたね。だから信頼して色々なことを相談していました。勉強も教えてもらったし。

 おっとりしてるのに瑞希は成績もよかったんですよ。トップクラスとかではないけどベスト20くらいにはいつも入っていました。

 きっともう二度とあんなに完璧な親友には巡りあえません。

 いつも明るくて穏やかで。一緒にいるだけでほっと安心できる。

 だから今でも信じられません。

 何で自殺なんか。

 私、お葬式には出なかったんです。一番の親友なのに何でって皆から聞かれましたけど。現実を受け入れられなくて。

 瑞希が死んで一週間くらい学校を休みました。ずっと部屋に閉じこもって寝ていました。現実と夢を行ったり来たりして。瑞希が死んだことを夢にしたかったんだと思います。

 久しぶりに登校しようと思ったのは、明け方に瑞希の夢を見たからです。学校においでよ、待ってるよって、あの優しい微笑みを浮かべて瑞希は手招きしていました。

 私はベッドを抜け出しました。やっぱり瑞希は死んでいなかったんだって思いました。

 無茶苦茶ですよね。生きていたら、夢でそんなことを言うなんておかしいのに。でも無理やり思いこみました。そうでもしないと二度と学校に行けなくなるってどこかでわかっていたんです。

 久しぶりの外はまぶしかったです。食事もろくにしていなくて寝てばかりだったので、歩くのが辛くて。いつもの2倍以上の時間をかけてどうにか学校にたどり着きました。

 すぐに仲良しグループの皆に取り囲まれました。久しぶりの登校を喜んでくれて、口々に大丈夫?って心配してくれました。私は大丈夫と答えながら、彼女たちの向こうにある空っぽの瑞希の席ばかりを見ていました。

 瑞希はまだ来ていないんだ、と私は考えました。でも待ってるって言ったんだから、瑞希は約束を破ったりしない、だから来るはず、と自分をごまかしました。

 でも当然ながら瑞希の席は埋まりません。一時間目の数学の授業が始まっても空っぽのままです。

 私は数学が苦手で瑞希は得意でした。よく宿題を手伝ってもらったり、試験前にポイントを教えてもらったりしました。

 瑞希の説明は分かりやすくて、意味不明な問題がするするとほどけていく様子は鮮やかで美しくさえありました。

 私一人では二度とあの美しさに触れることはできない、そう思った瞬間、瑞希がこの世界にいないことを深く実感してしまったんです。

 そうしたら勝手に涙があふれだして止まらなくなって。声も抑えられず私は机にうつぶせて泣きじゃくりました。

 気づいたら皆もつられて泣きだしていました。いつもは鬼のように厳しい先生がそっと背中を撫でてくれました。教室の中は瑞希を想う皆の悲しさでいっぱいに満たされました。

 私にとっては、あれが瑞希のお葬式でした。

 この話、誰かに聞けば本当だってすぐにわかりますよ。瑞希がいじめられていなかった、皆に好かれていたことがわかるエピソードでしょう?

 ほんと、瑞希を嫌いな人なんて、一人もいなかったと思います。

(アップルティーを一口飲み、ふぅっとため息をつき彼女は窓の外を眺める。少しの間の後)

 でもじゃぁ、なぜ瑞希が自殺をしたのか?ですよね。

 成績もよくて、友達に好かれてて、いつも笑顔の女の子が死ななきゃいけない理由なんて、本当に全然わかりません。

 すごく仲のいい彼氏だっていたのに。

 三国のことは既にご存知でしたか。

 私の学校では二人は有名なカップルでした。

 三国の通う男子校はうちの学校と電車の路線がかぶっていて、三国はちょっと目立つ外見をしていますから。ひそかに想いを寄せてる女子も結構いたみたいです。

 初めのうちは色々やっかみがあったみたいですけど。私の紹介だってわかったら誰も失礼なことは言わなくなりました。

 えぇ、岸田 三国は私の従兄です。私が瑞希に三国を紹介しました。もし三国と瑞希が結婚したら瑞希と親戚になれる、なんて考えてました。

 二人はすごく仲がよくてお似合いだったから、瑞希が生きていたら本当にそうなっていたかもしれません。

 生きていたら。

 堂々巡りですね。

 ……

 これはお話しするべきか迷っていたのですが。

 1つだけ、瑞希にも悩みがあったんです。

 瑞希の家、少し複雑だったみたいで。

 あの頃、瑞希はよくうちに遊びに来ていました。

 夕飯を食べていったり、月に何度か泊まっていくこともありました。一緒にいると楽しかったし、瑞希も迷惑そうじゃなかったから気軽に誘っていました。

 私の両親も瑞希が家に来ることを歓迎していました。

 父は会社を経営しているんですが「瑞希に就職してほしい」なんて言うくらい。

 母はお嬢様気質で好き嫌いが激しいんですが、瑞希のことはすごく気に入っていました。おやつを持ってきた後、居座っておしゃべりしたがるのには困りましたけど。

 そうやって一緒の時間が増えるほど瑞希が本当の家族みたいに思えました。同い年の姉妹、いいですよね。姉妹なら大人になっても一緒にいられますし。

 瑞希が泊まりに来た夜、何かの話のきっかけでそのことを伝えました。そしたら瑞希は困った顔をしました。

 だからすぐに『冗談だよ、瑞希にはちゃんと家族がいるもんね』って言ったんです。

 そしたら瑞希は泣きそうな顔で『ありがとう、すごく嬉しい』ってつぶやきました。それから『私、養女なんだ』ってうつむいたんです。

 びっくりしました。

 どういうこと?って聞き返したら、瑞希はためらいがちに話してくれました。

 瑞希の本当の母親は、父親の知人で、ある財閥系の家柄の女性なんだそうです。ただ若すぎる妊娠で世間体もあったのでこっそりと天野家に養子にだされたそうです。天野家にはかなりの金額が援助されたみたいです。

 話を聞いて、私、何だかすごく納得しました。

 瑞希のお母さんとお姉さんにあったことあります?瑞希と全然似ていないって思いませんでしたか?

 いえ、お父さんにはあったことがありません。でもあのお母さんとお姉さんはちょっと……特にお姉さんは感じが悪くて……失礼かもしれないけど、瑞希の家族にはふさわしくないというか。

 でも瑞希はご両親のことは好きだったみたいです。

『お父さんもお母さんも私に気を使っていてお客さん扱いなの。でも優しくしてもらって感謝している』

 そう言っていました。

 え、お姉さんのことですか?やっぱり記者の方は鋭いですね。聞かれなければ言わないつもりでしたけど、瑞希はお姉さんのことを聞くと、いつも曖昧に話をそらしていました。

 でも一度だけ、

『お姉ちゃんは私のこと好きじゃないから』って寂しそうに言ってました。

 私が知ってる瑞希の悩みはこれだけです。

 ……どう思われます?

 一年が経って改めて色々なことを冷静に振り返っても自殺の原因なんて全くわかりません。

 時々、恐ろしい考えが浮かんでしまうんです。

 想像してしまうんです。

 怖くてたまらないのに想像が止められないんです。

 瑞希は本当に自殺だったんでしょうか?

 誰かに殺された、そんな可能性はないのでしょうか?

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