第4話 俺だけ見える光の霧
光る霧が見え始めてから二カ月が経った。
なんとなくモヤっぽいのだが、正体がわからないのでモヤモヤする。
この光る霧についてだがおそらく生命エネルギー的なモノだと思われる。
基本的に霧をまとっているのは生き物ばかりだからだ。人以外にも窓の外を飛んでいた鳥からも見えたし。
唯一の例外として英霊墓標も纏っていたのが気になるところだが。
後はサンプルが少なすぎるのもあるな。俺、中庭から帰ってからはこの私室から出ていないし。
もう少し外に出たいとは思いつつ、出ても抱っこされて運ばれるだけだからなあ。
自分の足でヨチヨチと歩けるようになったが、まだ外に出るのは許されてない。
まあ一歳にもなってない赤子だ。仕方ない。
だが今の俺はあの時よりも進化している。
俺はベッドの周りを掃除しているメイドに向き直る。
彼女はいつも俺の近くにいるお付きのメイドで、相変わらずメイド服にお手製の刺繍をつけている。
そんな彼女の名前はシャーレだそうだ。毎日髪型を変えていて、今日は髪を腰までおろしていた。
「シャーレ。お腹空いた」
「承知しました王子! すぐご用意します!」
ようやく舌が回って喋れるようになった。意思疎通が可能になったので、色々と捗るかもしれない。
しばらく待っているとメイドがスープの入った皿を持ってきて、テーブルの上に置く。
そして俺もテーブルに備え付けられた椅子に座らされた。
さて今日の食事はうすい小麦のかゆだ。ちなみに昨日も一昨日も同じである。
正直あまり美味しくない。もっと塩味とかスパイス効かせて欲しいところだが、赤ちゃん的には身体に悪そうなので我慢する。
もらったスプーンをワシ掴みにして、ベッドに座ったままかゆを食べる。
マナーが終わっているが、手が小さくて三本の指だと持てない。許して。
「シャーレ。聞きたいことがあるのだけれど」
「王子の可愛いところならいくらでも!」
このシャーレというメイドは有能なのだが、無類の可愛いモノ好きなのが玉にキズだ。
俺の母親が親バカになるのはまだ分かるが、メイドがバカになったらダメだろ。
でも愛されてるのは嬉しいと思ってしまうあたり、俺もけっこうダメな気がする。
「違うよ。生き物から出てる光の霧ってなに?」
喋れるようになったが、今まではこのことを聞いていなかった。
理由は聞く前に少し自分で考えてみようと思ったからだ。わからないことを聞くのも大切だが、自分で考えることもまた大切だろう。
するとシャーレは困惑したように目を細めると。
「……ええと。光の霧、ですか? どんな風に生き物から出てるのですか?」
「こう、モヤモヤ?」
俺は両手を軽く動かしてジェスチャーをする。俺は作家じゃないので表現力には自信がないのだ。
するとシャーレはわなわなと震え出した後に。
「……まさか魔眼!? 王妃様! 大変です王妃様! 王子が魔眼持ちかもしれません!?」
飛び出す様に部屋を出て行った。
しばらくするとドタドタと部屋の外が騒がしくなり、
「ベルティアちゃんが魔眼持ちと聞いて!」
参上したのはいつもの母上ことマリー。さっきの足音的にドレス姿で廊下を爆走しているのだが、王妃的にはいいのだろうか?
続いて父であるロンディウスとメイドのシャーレ、それに知らない貴族風の男が部屋に入って来た。
「宮廷医師! ベルティアちゃんが魔眼であることを確認しなさい!」
「は、はいっ……ですが少々お待ちを、ちょ、ちょっと一呼吸置かせてください……」
宮廷医師ってすごいな。流石は王城だ。
その宮廷医師の男だが少し小太りで温和そうな顔だ。
彼はハンカチで顔の汗を拭いた後、少し息を整えている。たぶん母に強いられて走ってきたのだろう。
ただ王妃より体力がないのは、宮廷医師としてどうなんだ? いや体力勝負の仕事ではないかもだけども。
彼も自覚があるのかボソッと「痩せようかな……」と呟いたのが哀愁を誘う。
「では診断しますね」
宮廷医師はまず俺の目をマジマジと見つめた後。
「王子。本当に光の霧とやらが見えるのですか?」
「はい」
「それはどんな風に見えるのですか?」
「なんかこう、モヤモヤと生き物の身体にまとわりついてる感じです」
「な、なんと……!」
素直に答える。すると宮廷医師は慌てたように俺の母を見て、さらに俺の目へと視線を移していく。
「宮廷医師! ベルティアちゃんはどんな魔眼持ちなのかしら! 光の霧とはなんなのかしら!」
母であるマリーが宮廷医師に詰め寄る。
俺も気になる。魔眼なんてカッコいいし、そんなモノを持っているなら特別な才能があるってことだ。
日本では平凡な男だったが、異世界転生したら天才の身体だったなんて最高じゃないか!
そうすればみんなが俺を褒めてくれる! 天才だと認めてもらえる!
さあ教えてくれ! この光の霧が見える魔眼はなんなのかを!
――だが宮廷医師の様子がおかしい。
マリーから目を逸らすように部屋のなにもないところを見て、顔には大量の汗をかいていた。
その姿に既視感がある。俺が会社員のころに見たことがあって、
「ええと。王子の目は魔眼ではありませんね……」
新人社員で仕事を失敗したが、上司に伝えづらくて困っている様子そのものだった。
その言葉にマリーは笑いながら首をかしげる。
「じゃあベルティアちゃんが光の霧が見えるというのは?」
「お、恐れながら……たぶん目の病気かと……」
「ほ、本当に魔眼じゃないのかしら?」
「それは間違いありません。この首をかけても構いません。……ただ光の霧が見えると言うのは、聞いたことのない症状ですが」
悲報。俺の目、魔眼じゃなくて病気だった?
「治療はできるのかしら?」
「わ、わかりません……」
「あ゛あっ?」
母上。王妃が出したらダメな声出ちゃってますよ。
「も、申し訳ありません! ですが私が見る限り、王子の目は正常そのものに見えるのです! 綺麗な目で病などもなさそうでして、なんで光の霧とやらが見えているのか見当もつかず……ぎゃ、逆に言えば失明などもしなさそうなので、成長と共に治る可能性も高いかと……」
「なんて可哀そうなベルティアちゃん! 可愛いだけじゃなくて可哀そうだなんて!」
マリーは俺を抱きかかえると慰めるように撫でて来た。
「そうか。結局、今までと変わらないということだな」
ロンディウスは俺の目を鋭く睨んだ後、頭の王冠のズレを直して部屋から出ていく。
俺が魔眼持ちであると期待したけど、違ったので不機嫌なのだろう。相変わらず迫力あるし怖い。
そうして俺はベッドに寝かされて、みんな部屋を出て行ってしまう。
すごい展開の早さだったがひとつだけ疑問がある。
「本当に目の病気なのか?」
実はこの光の霧だが俺の身体からも出ている。そして霧をなんとなく手に流そうとして見ると、思うように集まって来るのだ。
それもあって俺は魔眼だと言われた時にしっくりきたのだ。
この光の霧が魔力であり、魔眼で見えていると言うならば説得力があるというか。
まあ俺の目が魔眼じゃないのが確定だとしてもだ。目の病気ならばこんな風に見えたりはしないのではなかろうか。
……待てよ。この光の霧が魔力じゃないと否定されたわけじゃない。
宮廷医師がさっき「聞いたことのない症状」だと言っていたし、あの人も正体が分かっていない感じだった。
魔眼じゃないけど魔力が見えている、という可能性はないのだろうか?
諦めきれない。今度、魔力についてもう少し聞いてみるか。