第3話 五つの英霊墓標
俺はマリーに抱きかかえられたまま、王城の廊下を連行されていった。
通りすがるメイドや兵士たちが、マリーと俺を見て困惑していたが当然だと思う。
「ウフフフ。ベルティアちゃんの可愛いが過ぎるせいで、みんな見ちゃってますねー。よしよしー」
マリーが俺の頭を撫でて来るが、可愛さ関係なくて目立ってるだけだろう。
ドレス姿の王妃様が息子を抱いて廊下を歩いてたら、嫌でも注目されるに決まってる。
「王子は可愛いですからね! 可愛いは正義です!」
「そう! あなた分かってるわね! ベルティアちゃんは正義なのよ!」
そして意気投合し続けるマリーとメイド。
実は君たち、身体が二つあるだけの同一人物だったりしない?
そんなことを考えていると廊下を出て、木や花の生い茂る中庭へとやってきた。
そして庭に鎮座されている五つの墓碑の前へ移動した。
その墓碑は高さ5メートルを超える立派な造りで、キレイな花も添えられている。
しかしなんで王城の中庭に墓標が?
あ、そうか分かったぞ。これは歴代の王を祀った墓なのだろう。間違いない。
「ベルティアちゃん。これは『五つの英霊墓標』と言って、このレールアイン王国に多大な貢献をして名を残した英雄を祀った場所よ」
間違ってた。王との関係はまったくなかったようだ。
まだ喋れない赤子でよかったな。もし話せたらドヤ顔で間違いを披露するところだ。
「ベルティアちゃんはこの英霊墓標に連なることになるはずよ! なにせ可愛いから!」
英霊に連なると言えば聞こえはいいが、それって俺はもう死んでますよね。
「この英霊たちはそれぞれ。『魔導の祖』、『黄金を練する者』、『魔剣の王』、『絶対零度』、『暴力の化身』と呼ばれて活躍した五人たちなのよー」
なんか最後だけ毛色が違わない?
暴力ってなんだよ。英霊というより悪霊の類でしょそれ。
健康に優しい食事のラインナップに、毒入りフグを混ぜられた異物感あるな。
「あー、うー」
問いただしたいところだが、やはり言葉が喋れなかった。
「きゃー! ベルティアちゃん可愛い! 貴方はこの英霊たちに『可愛いの化身』で並ぶことになるのよー」
マリーがギュッと抱きしめて来る。
そんなので連なったら他の英霊たちが激オコになりそうだ。
それはともかくとして五つの英霊墓標をジッと見てみる。
……正直少し羨ましいなと思った。俺は日本で死んだ時、誰一人として記憶に残らなかっただろう。
だがこの人たちは多くの人に悲しまれて、死んでからも英霊として残されて語り継がれている。
ここまでの偉人ともなれば、生前もみんなから愛されていたに決まっている。俺も大勢から愛されたい……だがそのためには望むだけではダメだ。
母の戯言は置いておくとして、俺もこの墓標に残されるような人間になりたい。
そのためにもこれからは怠けず、努力し続けてやる!
そう思った瞬間だった。
――墓碑から光る霧みたいなモノが滲み出ている。
なんだあれは? 墓碑にスチーム機能でも取り付けられてるのか?
英霊様の喉が渇かれないように、常に墓碑を濡らしておくみたいな?
いや違うな。あの霧は水っぽくないというか、純粋に光で構成されているような雰囲気が……。
「見なさい! ベルティアちゃんが決意を帯びた目で墓碑を見ているわ! 自分が祀られた六つ目の墓碑がすでに見えているのよ!」
「流石は王子! 可愛い!」
親バカ×2がうるさくて集中できない……。
そもそも冷静に考えてくれ。自分の墓碑を幻視するって軽くホラーだろ!?
というかこの二人には、あの光の霧が見えていない気がする。
「ほらベルティアちゃん! 墓碑をもっと近くで見ましょうねー」
なにせ俺を墓碑が当たる寸前まで運んで、光の霧の中に入れているからな。
赤ちゃんはすごく弱くてナイーブで繊細なのだ。普通の人間なら大丈夫なことでも、赤ちゃんの間はダメだったりする。ハチミツとか。
この二人はそういうことはしないだろう。親バカだし。
さて光の霧だがやはり実体がなさそうだ。触れても水にぬれた感触もないし、軽く手で払ってもその場に留まったままだ。
「よし! これで英霊たちもベルティアちゃんの可愛いを分かったはずよ!」
「顔合わせは完璧ですね!」
あ、これ顔合わせだったの?
そうして俺は中庭から出されて私室へと運ばれた。
するとそこでは国王である父が、ものすごいしかめっ面で待っていた。
彼は俺を鬼のような形相で睨んでくる。相変わらず怖い、ヤクザ顔負けである。
「おいマリー。兵士たちが困惑していたぞ。ベルティアを抱きかかえたままで外に出るな」
「私は母です! 母が子を抱いて部屋の外に出すのに、なんの問題があるというのです! 王城の外ならともかく城内ですよ! この城は結界が張られていますし、危険なことはないはずです!」
へー、王城の周りには結界が張ってあるんだ。流石は魔法世界。
さてこの件について、俺には二人のどちらが正しいのか分からない。
勝手に俺を連れだすなという言い分も、王妃なのだから城内ならいいだろうと言うのもなんとなくわかる。
さてこの世界の常識的にはどう判断されるのか。この口論で知ることになるだろう。
「……まあなんでもいいがな。それよりお前に客人だ」
なんでもいいらしい。本当にいいのか? それで?
そんな国王陛下ことロンディウスは、また俺を軽く睨んでくる。
いや子供に向ける目線じゃないよ。鷹が捕食対象に対して向けるやつじゃん。
普通の赤子なら一発号泣不可避だろ。
純粋に怖い眼光だもの。ナマハゲとかそういうジャンルの。
「客人? それを早くいいなさい! 巌鷹王と言われて恐れられてばかりで、そういうところ本当に気が利かないわね!」
「…………」
あ、いまナマハゲが少し不服そうな顔した。
やはり俺の父は周囲から恐れられているようだ。そりゃそうだろう。
あの鬼の形相、夜に廊下でエンカウントしたら泣きそうだもの。
そうしてロンディウスもマリーも出て行って、
「王子も大変ですねー。ねんねしましょうねー。あー、可愛い……」
俺はメイドにお世話をされるのだった。
そしてふと気づいた。よく見るとメイドにもわずかに光る霧を纏っているのを。
……んん? おかしいな? 今まであんな霧、なかったような……。
この時の俺は知らなかった。このモヤが見えた日がいずれ、ベールアイン王国の歴史に残ることを。