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いつもとは違う一日

【連載版】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですがの番外編です。ミリア視点のお話となっています。

ミリアの朝は、いつも通りに始まった。


 まだ陽の気配すらない空の下、侍女部屋の片隅でそっと起き上がる。眠気を手早く振り払いながら制服に着替え、髪を三つ編みに結うのもお決まりの動作だ。


「……さて、今日も一日がんばろうっと」


 そうつぶやいて、音を立てないよう廊下を抜ける。


 まずは紅茶の用意。少し涼しい朝だから、今日はミントを少しだけ。香りが立つよう丁寧に蒸らし、盆にのせて執務室へ向かう。


 扉の前で一拍息を整えてから、ノックをして、いつものように中へ入った。


「おはようございます、レティシア様。本日の朝のお茶は――」


「ミリア」


 主の声が、すっと遮った。


「……え?」


 驚いた拍子に、銀盆の上で茶器がかちゃりと微かに揺れた。


 レティシアは、すでに机に着いていた。背筋を伸ばし、澄ました顔で、はっきりと言った。



「今日は、完全に休んでください。政務の補佐も、お茶の準備も、全部なし。これは命令です」


「…………えっ?」


 紅茶の温度も、言葉も、頭の中から吹き飛んだ。


「えっと、私、何か……失敗しましたか?」


「してません。むしろ完璧。でも、その“完璧”が続きすぎてます。だから今日は、しっかり休んで」


 レティシアは、少し困ったように微笑んだ。


「街でも歩いて、お菓子でも食べてきて。夕食まで自由行動。それでいいわ」


「じ、自由行動……?」


 ミリアは目をぱちくりとさせながら、手元の盆を見下ろした。


「……あの、お茶は……?」


「ありがとう。でも、今日は遠慮しとくわ」


「…………」


 これは、相当本気だ。


 仕方なくミリアはうなずいた。けれど、その表情はどこか納得しきれず、そわそわと足元が落ち着かない。


「じゃあ……いったん、部屋に戻って……掃除くらいなら――」


「ミリア?」


「……やめます。はい。すみません」


 深々と頭を下げて、執務室を後にする。


 廊下に出てからも、どこか落ち着かなかった。誰かが資料を運んでいれば手を出しそうになり、侍女が荷物を落としかけていれば駆け寄りそうになる。けれど今日は、何もしてはいけない。そう命じられたのだ。


 そのことが、妙にくすぐったかった。




 ◇





 ――どうやら、最近は従者を交代で休ませているらしい。


 昨日、廊下ですれ違った同僚がそんなことをぼやいていたのを思い出す。最初に聞いたときは、また誰か体調でも崩したのかと思っていたが、実際はそうではない。


 レティシア様曰く、あのオルソーラー商会の騒動以来、屋敷の空気がずっと張りつめていたから、とのことだった。


  言われてみれば、確かにそうだった。政務の文面が何度も書き換えられ、城都との連絡が増え、各部署はどこも慌ただしかった。あの期間、休んだ記憶などまったくなかった。きっと他の皆も同じだったに違いない。


  それが今ようやく落ち着いて――だからこそ、今のうちに少しずつ息を抜かせようというわけだ。


 そこまで気を配ってくれていたことに、少しだけ胸があたたかくなる。


「……なら、ちゃんと応えないと」


 口に出すつもりはなかったのに、つい小さく声が漏れた。


 働かないように、じゃなくて。休むことが、今日は“仕事”なのだと、そう自分に言い聞かせる。


 制服姿のままでは、気持ちも切り替わらない気がして、ミリアは早足で私室へ向かった。


  制服を脱いで箪笥に掛け、三つ編みをほどいた。肩にふわりと落ちる髪が、いつもより少し重たく感じる。普段なら結い上げて気にも留めないのに、今日はそれすら“休み仕様”だ。


 鏡の前で少しだけ悩んだ末に、藍色のワンピースを選んだ。袖口に小さな花の刺繍が入っていて、生地も柔らかい。昔、城下の仕立て屋で見つけて「いつかのお出かけ用に」と大事にしまっていたものだ。


 その“いつか”が、まさかこんな形で訪れるとは。


「……なんだか、変な感じ」


 ぽつりとこぼした声に、自分で苦笑する。


 そうして玄関まで降りると、ちょうど他の従者たちが朝の持ち場へと向かっていくところだった。


 普段ならその中に自分も混ざっているはずなのに、今日は通り過ぎるだけ。


「おはよう、お休みなんだって?」


「うん、そうなの。強制的に、ね」


 肩をすくめて笑うと、相手も「ああ、わかるわ」と同情めいた笑みを返してくる。


「でも、ミリアさんが休むなんて珍しいわよね。いつも一番に動いてるって評判よ?」


「それはね、落ち着きがないだけって噂もあるのよ」


 軽く言い返してから、少しだけ照れたように口元を指で押さえる。たしかに、言われてみればいつも走り回っていた気がする。けれど、それを“働いていた”なんて大げさに言われると、なんだかくすぐったい。


「……でもまぁ、レティシア様がそこまで言うなら、ちゃんと“休み”も務めないとね」


「真面目だねぇ、ほんと」


「こっちはこっちで、今日一日がんばって。戻ったら、なにか美味しいお菓子でも見つけてくるから」


「期待してるわ。いってらっしゃい」


「うん、行ってきます」


 そう言って、靴音をひとつだけ鳴らしながら門へと向かう。


 見送る従者たちの背中が、なんとなく少しだけ遠く感じた。


時系列はオルソーラー商会騒動後となっています。

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