中学1年・4月(上)
中学校内において、咲田菜月と市宇成見が相思相愛なのは有名だった。
1年、2年と同じクラスに所属。さらには授業中も休み時間も一緒に行動していることが多い。実際のところは四六時中べったりというわけではないはずだが、高身長で見た目もインパクトのある彼女たちはセットで目撃された時のほうが周りの印象に残りやすいのだ。
相思相愛。互いが互いの好意を認識していて、なおかつ好意を受け入れた関係。
それにも関わらず、菜月は成見とは付き合っていないと主張する。
これについては「期間限定」の条件付きで成見も了承していた。
校内でも頻繁にふたりセットでいるというのに、今さら関係性を仲の良い友達に戻す必要があるのか。
小学校から菜月たちを知る同級生には不思議がる者もいる。菜月自身も苦し紛れの詭弁だと思わなくもないが、これにはとある事情があった。
*
中学校になったら運動部に入ろうと、菜月は小学校6年生の時から漠然と希望していた。
身体を動かすのは好きだし、なによりスポーツは得意だ。
中学入学直後の部活見学でいろいろな部活を見て回り、最終的にバレーボール部への入部を決めた。
持ち前の高身長を活かせると顧問や先輩たちから熱烈に勧誘されたのもある。しかしそれ以上に、部全体の真剣に練習に打ち込む空気に強い憧れを覚えたのだ。
さらには菜月と同じ入部希望の1年生に、菜月を敵視する者はいないようだ。むしろこれから一緒に活動していくことを歓迎されているのが伝わってくる。
保育園、小学校と、仲間はずれに始まりイジメや嫉妬からくる衝突と、ひととおりのトラブルを経験してきた菜月には彼女たちの態度が嬉しかった。
入学から一週間で部活見学が終わり、次週には仮入部の期間も終了して、菜月はバレーボール部に入部届けを提出する。
問題が起きたのはその直後だった。
大型連休が間近に迫る4月の終盤。
放課後の練習前、顧問を交えてのミーティングで女子バレー部員は改めて自己紹介をした。3年生が6人、2年生が5人、そこに新たに新一年生が7人加わり、部員数は合計18人になる。
これからみんなでがんばっていこう。やるからには勝ちを目指す——と、顧問を務める教師の熱い言葉で空き教室を借りてのミーティングは終了した。
引き締まった空気から解放され、2、3年生は和気藹々と校舎から部室練へと移動する。菜月たち1年生もそれに続いた。
女子バレー部が体育館を使える時間になるまで、まだ少し余裕があった。
室内練習の準備をして、使用中の部活が撤収したらすぐに入れるようにするのか。それとも外で準備運動を済ませるのだろうか。
入部したばかりで勝手がわからず、1年生は部室の前で立ち尽くし、そわそわ顔を見合わせた。
「はーい、みんないっかい集合してー」
キャプテンの号令で部員たちが円形に集まる。
自らも円の一部に加わっているキャプテンは、緊張した様子の1年生が固まっているあたりに顔を向けて話しはじめた。
「言っておかなきゃいけないことがあるから今のうちに伝えておくけど——」
前置きに2、3年生が心得たようにうなずく。キャプテンが何を言おうとしているのか、彼女たちはとっくに把握しているみたいだった。
「女子バレー部は部則で恋愛禁止になってます。県ベスト3目指してみんな真剣に練習に取り組んでるの。いい加減なことされてチームの輪を乱されたらほんと困るから、これだけは守ってください」
なんだそんなことかと、菜月の両隣に立つ同級生が胸を撫で下ろすのがわかった。
菜月にとっては「そんなこと」では済まされない通達だ。
「あたしらが1年の時に、上の先輩たちがいろいろあったんだよね」
3年の先輩がゆるく口を挟んでキャプテンの圧のある言い方をフォローする。
「恋愛絡みのトラブルから結構大きい問題になっちゃって。その先輩がバレー部員だったから部活もゴタゴタに巻き込まれて、結果夏の最後の大会が散々な結果になってしまったことがあったんだ。あんな悔しい思い、あたしらは絶対したくないから」
そういうことだと、当時を思い返してキャプテンはげんなりとした顔をするもすぐに気持ちを切り替える。
「なにもこの先一生恋愛するなって言ってるんじゃないの。ただバレーはチームでするスポーツだし、部活ってのは集団だから、部員ひとりひとりの行動が良くも悪くもバレー部としての評価に繋がってくるの。学校生活でも自分がバレー部員であることを忘れずに過ごすようにしてください。以上」
はーい……と、一年部員から小さな声が上がるが、菜月の口は固く閉じたままだった。
顔から血の気が引いてよろめきそうになるのを、足に力を入れてどうにかこらえた。
「まぁ、人が本気で取り組んでることに横槍入れて『そんなことより俺と遊ぼうぜ』とかて言ってくる男、実際いたとしてもオススメしないけどね〜」
「確かに。彼女のしたいことより自分の機嫌を優先しろってことですよね? うわー、付き合ったら絶対モラハラしてきそう」
「でもそんな男にあの先輩は引っ掛かっちゃったんだよねぇ……」
解散後も先輩たちがその場に留まり口々に喋りだしたものだから、菜月たち1年もなんとなっく円形を乱すことができなかった。
実際に恋愛するのはダメでも、恋愛に関する話まで禁止しているのではないようで、今週のドラマに出ていた俳優がカッコよかったなど、彼女たちの話題は尽きない。
先輩たちが集合しているところで声を上げる勇気を、あいにく菜月は持ち合わせていない。体育館が空いて慌てて練習の準備に取り掛かるまでの時間、彼女は生きた心地がしなかった。
恋愛禁止って……わたし、成見と付き合ってるんだけど……。
中学校は2つの小学校区が統合された学校になっている。女子バレー部のメンバーは大半が菜月とは別の小学校の出身で、かつて結衣と春樹が巻き起こした学校規模の大騒動を噂程度に把握している者はいても、その陰に隠れるようにして結ばれた菜月と成見の関係を知っている者はいなかった。
部活よりも自分を優先しろ——って、そんなこと言う奴は男女問わずは確かにヤバいかもしれないけど……。
……違う。
今の成見はそんな奴じゃない。
アイツはわたしが運動部に入るって言った時も反対しなかった。
会えない時間が増えるのは寂しいねって残念そうに言ってたけど、それでも、成見はわたしのやりたいことを応援してくれてる。
本当は授業中も休み時間も放課後も、休日だってずっと菜月といたいくせに。束縛しすぎて嫌われたくないからと譲歩してくれた成見に「入った部活が恋愛禁止だったから別れて」なんて絶対言えない。
というか、そんなこと言ったらあの男は何をやらかすかわからない。
どうしよう。せっかく頑張ろうと意気込んで入った部活で、こんなことになるなんて……。
「……大丈夫? ってか、どうするの……?」
練習道具を抱えて体育館へ。浮かない顔で歩く菜月を心配して、同じ1年の女子が小声で話しかけてきた。彼女は出身校が同じでなおかつ5、6年の時にクラスが一緒だったから、菜月と成見の関係を知っているのだ。
彼女が先輩たちが揃っているところで菜月を告発しなかったこと。そして今もこうして先輩や同級生たちに聞こえないように話しかけてくれる気遣いが嬉しくて、菜月はわずかに落ち着きを取り戻す。
「あとで真子《まこ》先輩に相談するわ。隠し続けるのはたぶん無理だし……」
「ん、わかった」
練習の準備は1年生が率先して動かなければいけない。のんびりしている暇はなく、彼女もすぐに話を切り上げた。