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黒と交わる恋模様  作者: もりといぶき
【菜月の章 混じりて藍となる】
7/15

中学2年・6月(下)







昼休みの時間は残すところあと10分ほど。

担任が去っていつもの騒がしさを取り戻した教室を、菜月は綾音と共にあとにした。


目的はいなくなった結衣を連れ戻すことだ。

なぜ自分があの問題児の世話をしないといけないのか、度々思うことはある。



「……ねぇ、あれ……一緒じゃないんだ……」


「………うん……ホントに……」



廊下を歩いていると、すれ違う女子生徒たちの視線をひしひしと感じる。

馬鹿にしたような忍び笑いは、菜月の幻聴や被害妄想ではない。

名前も知らない同級生たちは菜月に聞かせているつもりはないのだろう。しかし話し声とは近くにいる者に案外よく聞こえるものだ。


注目を浴びる理由は菜月と綾音も十分すぎるほどにわかっていた。

自分たちが問題児ばかりが集められた2年4組の生徒だからというのもある。そしてそれ以上に、彼女たちといつも一緒にいる成見や春樹が学校の女子たちに人気なのが最たる原因だろう。


いつもにこにこと笑顔を絶やさず、まるでレディファーストの精神を擬人化したように優しい成見。

——ただしあの男が優しいのは菜月限定である。しかも執着心が強くて束縛が激しいストーカー気質なうえ、異様に腹黒い。


そしてリーダー気質で顔も良く、おまけに家が金持ちな春樹。

——菜月からすればただの俺様なだけ。こいつもなかなかに綾音に対する独占欲が強烈だ。


彼らと共にいるだけで、学校中の女子から嫉妬されるのはもはや仕方がないことだと菜月は半ば諦めている。


なんせ奴らは顔と外見の印象だけはそれなりに良い。

周囲が嫉妬の感情を向けてくるということは、成見たちの本性にまだ気づけていない証拠なのだ。


根も葉もない噂や陰口に、菜月はもう慣れっこだった。

直接危害を加えてこないなら、こちらも相手にしないのが一番だ。


綾音という、自分と同じ立場の友人が隣にいてくれることも大きい。

味方がそばにいるだけで、他人の悪口も気にならなくなる。


——っていうか、あんたたちを相手にしている暇はないのよ。


昼休みの時間は限られている。

さっさと結衣を発見して、5時間目のサボりを阻止しなければならない。


非常階段。屋上へと続く扉の手前。美術準備室——。


思いつくところを覗きながら1階に下り、ついには体育館に繋がる渡り廊下から外に出た。

渡り廊下は途中の左側に体育館があり、突き当たりには技術室が2部屋、体育館とL字の形に接して校舎から離れた位置に建っている。


技術室の向かい、体育館の裏口側には運動部の部室がずらりと並んでいて、技術室と部室練に挟まれた通路は昼間でも日影になって適度に風が通る。

地面はコンクリートで冷たく、技術室側は部室練より2段ほど高い位置にあり段差が設けられているので、座ってくつろぐには快適な場所である。菜月も土日にバレー部の練習がある時は、いつもここで昼休憩をとっていた。


探し人の結衣はプラスアルファのオマケ付きでそこにいた。


放課後になると運動部の生徒たちでごった返す部室練前の通路も、昼休みとなるとほとんど人が来ない。

閑散とした通路の体育館に近い位置で結衣は技術室前の段差に腰掛け、抱えた膝に顔を埋めてぴくりとも動かない。


そんな結衣のそばには、新書のブックカバーをかけてカモフラージュしたコミックを読むクラスメイトの男子がふたり。


蔵元 有希と岩井 洋人。

端的に紹介するなら、優等生代表とヤンキー代表で片付く二人組である。


菜月と綾音が彼らに近づくと、気づいた有希が軽く手を挙げた。挨拶はするも、彼の視線はコミックに釘付けになったままだ。

制服を校則どおりに着こなし、髪も染めず、常時眼鏡を着用。頭も良く、成績は優秀で、教師に対して常に敬意ある態度で接する。


自他共に認める優等生。それが蔵元 有希であるが、そんな人間にも当然のように裏の顔がある。

有希は学校にコミック本を持ち込むことだって普通にするし、なんなら冷徹な本性と優等生の表の顔を使い分けて楽しんでいる面もある。中二病かと、菜月は心の中で毒づいた。



「よう」



次いで洋人が顔を上げる。

こちらは有希とは反対に、見た目も態度も不良の部類に入る生徒である。

色素の薄い髪の色を地毛だと信じてもらえず、何度も教師と衝突しては目をつけられてきた苦労人だ。


目つきの悪さと口調の荒さで、他の生徒たちから怖がられることも多いが、裏表のない優しい奴だと菜月や綾音たちは知っている。



「またこんなとこで、先生に見つかったらどうするつもりなのよ」


「大丈夫だって。なんかあったら有希がどうにかすんだろ」



無責任に言い放ち、洋人はコミック本へと視線を戻した。有希のほうははなから菜月たちに視線すら寄越そうとしない。


まったく、と。ため息ひとつ。

菜月が呆れていると、綾音が洋人の後ろに回り込み、コミック本を覗き見た。



「何を読んでいるの?」


「知らねえのか。今度映画化するやつだぞ」



偽装のための新書カバーを外して洋人が背表紙を綾音に見せる。



「すごく綺麗な絵。この雰囲気で少年誌なの?」


「おうよ。気になるなら部活の時にでも貸してやるよ」


「本当? 楽しみにしてるわ!」



そういや綾音と洋人は同じ美術部に所属していたか。

部活動の一環として堂々とコミックが読めるんだったら、昼休みにこんな場所で危ない読書会などしなければいいのに。

いろいろと思うところはあるが、こいつらは言ったところで聞きやしない。

ひとまずあっちの男どもは置いておくとして、菜月は結衣の肩に手をかけて軽く揺すった。



「結衣、起きなさい」



しばらく揺すって声をかけていると、しょぼしょぼした目をなんとか半開きにして結衣が顔を上げた。



「……なっちゃん?」



洋人たちの声で起きたのを無視して狸寝入りしているかとも思ったが、結衣はどうやら本当に寝入っていたようだ。

4時間目も授業中に爆睡していたが、この娘はいったいどれだけ眠れば万全の状態に覚醒してくれるのか。



「そうよ。あんたお弁当まだ食べてないでしょ。もうすぐ休み時間が終わるけど、いつ食べるつもりなの?」



ぼんやりと菜月を見上げていた結衣は、口を噤んでしばし考え込む。



「……5時間目、かな?」


「当然のようにサボろうとしてんじゃないわよ。今から教室帰って食べなさい。そのための昼休みでしょうに」



ええー、と渋い顔をする結衣の腕を掴み強引に立たせる。

菜月が結衣の手を掴んで先導し、綾音が結衣の反対側の腕に抱きつき3人で教室へと戻る。もはや定番となった光景だ。



「あんたたちも、予鈴が鳴ったら戻りなさいよ」


「おー」



洋人が気の無い返事で。有希はひらりと手を挙げて菜月に応えた。

彼らに至っては外ヅラ優等生の有希がいるのでさぼりの心配はないはずだ。


教室に戻り、結衣の昼食を食べているそばで綾音と話していると予鈴が鳴った。


菜月たちが自分の席へと戻るなか、結衣は食べかけの弁当を片付けて机に突っ伏し寝る体勢をとる。

食い気より眠気が勝るらしい。それでも授業に出る気はあるようだ。


あと1分で5時間目が始まるというところで、有希と洋人も教室に現れ、菜月はほっと胸をなでおろす。



「それで、結衣には生徒会のこと、教えたのかい?」



隣の席の成見が訊いてきた。



「そんなの……」



菜月は後ろを振り返り、机に突っ伏して眠る結衣を見た。

こっちはいつも数学教師に嫌味を言われ、担任からは釘を刺されてと、親友のことで気を揉んでいるというのに。

呑気に寝こける彼女の様子に、だんだん苛立ちが込み上げてくる。



「言うわけないでしょ」



わたしだって自分が可愛い時もある。菜月は投げやりに吐き捨てた。

それに成見はニッコリと笑い、楽しそうにしながら深くうなずいた。



「うん。それがいいよ」



数学担当の教師が教室に入ってくる。


5時間目の授業が始まった。







【中学2年6月】end.

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