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黒と交わる恋模様  作者: もりといぶき
【菜月の章 混じりて藍となる】
6/14

中学2年・6月(中)





春樹は自分の席に置いてある鞄をぞんざいに手に取ると、菜月たちのところに来て、空席だった綾音の隣に腰かけた。



「お帰りなさい。お疲れさま」


「ああ」



綾音に労われた途端、不機嫌そうに憮然としていた春樹の表情が柔らかくなる。


菜月は甘ったるい空気に「ごちそうさま」と心の中で呟いた。弁当も食べ終えたところだしちょうどいいだろう。


上体をひねって後ろを向いた春樹が呆れた様子でため息をついた。



「帰ってないのか」



誰がなど、訊かなくてもわかる。



「見てのとおりよ」


「5時間目は力ずくでも出させろよ。あいつがさぼったらあの先生は俺に相談持ちかけてきやがる」


「いいじゃない相談で済むのなら。わたしなんて、ねちねち嫌味言われるんだから」



数学の教科担当の教師は生徒の好き嫌いを露骨に態度で示してくる。

春樹があの女教師のお気に入りなのは、このクラスの誰もが知っていることだ。そしてこのクラスの生徒は春樹を除いて皆等しくあの教師に目の敵にされていることも——菜月たちはちゃんとわかっていた。



「春樹の用事はなんだったの?」



綾音に問いかけられて春樹が体勢を戻した。すぐに話すかと思いきや口を噤んで器用に眉を寄せ、言葉に迷う様子を見せる。

きょとんとする綾音。菜月と成見も不思議そうに互いの顔を見合わせた。


数秒後、考えるのが面倒になったとでも言うように春樹はあっけらかんと口を開いた。



「——次期生徒会長への立候補の打診だ」



一応、この中学校の生徒会長は、自主的に立候補した2年の生徒の中から選挙によって選ばれることになっている。

しかしそれはあくまでも建前で、目ぼしい生徒に教職員が前もって声をかけるなんてことは毎年のように行われていた。

統率力があって、なおかつ周囲からの信頼も厚いとなると春樹に白羽の矢がたってもおかしくない。


なるほど。もうそんな時期なのかと納得しつつ菜月は春樹の表情に引っかかる。



「受けるの?」



たしかにこの男は統率力がある。しかし自分が面倒だと思った事象に対しては意欲が長続きしないのを仲間たちはよく知っている。



「正直迷っている。綺麗事で学校の代表だなんだとおだてておきながら、結局は教師が許す権限のなかでしか動けないってなら受けてもつまらないだろ」



どうせやるなら楽しみたいと。

言っていることはまっとうだが、騙されてはいけない。


武藤春樹の楽しみはあくまで自分が基準であって、巻き込まれる人間への配慮は二の次なのだ。


まさに暴君。

こんな奴が教師生徒関係なく学校中の人気を集め、まっとうで真面目な生徒よりも評価されてているのだから、社会とは不公平なものだ。



「でも、春樹が断ったら今度は有希君に声がかかるのでしょう?」


「だろうな。何かあるのか?」



綾音が口にした「有希」とは、菜月たちと同じく春樹を中心としたグループに属するひとりで、当然のごとくこのクラスに在籍している。


成績優秀で控え目ながらも品行方正。

教師にとってまさに理想の生徒——の皮を被った、見方によっては成見と同等かそれ以上に腹黒い情報オタクだ。



「何かがあるってわけじゃないけど有希君は人をまとめるよりも、上の人をフォローする方が好きそうだから。生徒会長なんて先生に勧められたら、彼の場合は断りづらいでしょうし」


「確かにそうかもしれないが、綾音が他の野郎を気にかけるのは腹が立つな」



当然のごとく紡がれた言葉に、綾音の頬が赤くなる。

ごちそうさま。と再び心の中で呟いてから菜月は弁当を片付けた。

食後のお茶を飲んでひといきついた成見が口を開く。



「わざと有希に会長を押し付けるってのも面白いかもね」


「それはやめて」



面白い遊びを思いついて楽しそうにしているところ悪いが、これは即答で拒否しておく。

有希ことクラスの裏ボスはむやみに怒らせるべきではない。



「俺は協力しねえからな」



春樹にも釘を刺され、成見は残念そうに肩をすくめた。


その時——。



「話は聞かせてもらったぁ!」



突然教室に大声が響き、室内にいた生徒は皆ぴたりと動きを止める。沈黙の中に緊張の空気が立ち込める。

声の主は廊下にいた。窓枠に手をつく若い男性の姿に、生徒たちの目は釘づけになった。



「……出やがった」



どこからともなく聞こえてきた誰かの呟きは、教室にいる全ての生徒の心を代弁していた。

菜月や周囲のクラスメイトたちは警戒心をむき出しにして男の次なる行動を見守る。普段は尊大な春樹とて例外ではない。


その男はウェーブのかかった長い金髪を後頭部で結い上げ、縁の丸い眼鏡をかけた独特の風貌で、自身の登場に圧倒された教室内を見渡し不敵に笑った。


彼の名は柳 虎晴こはる

今年の春より教師の職についた、菜月たちのクラス担任である。




柳は窓枠から身を乗り出して春樹へと目を向ける。



「おい武藤。お前まさか、次の生徒会長を断る気でいるんじゃないだろうな」


「検討中と言ったところです。つーか、その話は学年主任に内密にするよう言われてるんですがね」


「あんたさっき堂々とわたしたちに話してたじゃない」



呆れる菜月に対し、春樹はなんてこともないと開き直る。



「お前らにしか言ってないだろ。俺の口から話したってことが学年主任の耳に入らない限り、秘密は守られてんだよ」



どんな理屈だ。



「ほほーう。そりゃあぜひともお前には前向きな方向で検討してほしいものだな」



柳が人の話を聞こうとしないのは今に始まったことではないので、春樹はさほど気にしたそぶりを見せない。

あくの強いこのクラスの生徒たちをまとめる担任が、普通の男であるわけがないのだ。



「今度は何の企てですか」



うんざりする春樹を柳が軽く手を振ってあしらう。



「いやいや、別に企てというほどのもんじゃねえよ。ただの思いつきだ」



にやりと、柳は笑みを浮かべた口の端をさらに吊り上げる。



「次の生徒会役員だが、うちのクラスで占領すれば面白いと思わないか?」


「……具体的な配置は?」



話しに食いついた春樹に対し、菜月は軽く諦めの境地に達した。

なんだかんだいっても、担任とうちのリーダーは本質的に馬が合ってしまうから困るのだ。


そんな菜月の心情などお構いなしにふたりの会話は続く。



「そりゃあ武藤が生徒会長で、蔵元が副だろ。生徒会選挙はそれでまず通るだろうし、ここが決まれば後の推薦で選出する書記と会計もこっちの好きにできる」


「なるほど。ガチガチに包囲網を固めていくと」


「——あいつを巻き込むにはそれぐらいしねえと、すぐに逃げちまうだろう」



何を逃がさないための包囲網なのか。彼らがいったい誰を巻き込もうとしているのか。具体的な名前は出ていないのに、全てがわかってしまうのが怖い。


遠い目をする菜月の脳裏には面倒事を嫌がる親友が、策に嵌められていじける未来がありありと浮かんでいた。



「それは、楽しくなりそうだ」



先程と打って変わって人の悪い笑みを浮かべる春樹に柳がうなずく。



「さすがは武藤、話が早くて助かる」



すっかり意気投合したふたりの様子に、教室の生徒たちは獲物となった人物に向けて「まあ頑張れ」とエールを送る。

同情や憐れみはない。なんと言ってもこれは、いつものことで片付けられる、彼らにとっては些細な日常の一コマだ。



「そういうことだ。他言無用で頼む」



教室をぐるりと見渡して春樹が告げる。



「はーい」


「うぃーす」


「おぉ」



クラスメイトが口々に了承の意を口にしたのを合図に、自由な昼休みが教室に戻る。

不思議なくらいあっさりと、柳を警戒する者はいなくなった。


柳はその様子に満足し、最後に顎で菜月を示した。



「おい、そこの変人ホイホイな常識人」


「……わたしのことかしら?」



なんて複雑な心境になる呼び方だ。



「咲田以外に誰がいるんだ。お前が一番のネックなんだ。いいか、同情をこじらせたとしても、変な気起こして今の話を高瀬に伝えるなんてつまらねえことするんじゃねえぞ」


「……しないわよ」


「ならいいけどな」



鼻につく言い方をされてむっとしたが、反骨精神はなんとか自制する。

この男に刃向かったところでプラスになることなどひとつも起こりはしないのだから。





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