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黒と交わる恋模様  作者: もりといぶき
【菜月の章 混じりて藍となる】
5/14

中学2年・6月(上)






咲田菜月と市宇成見は学校の教室だと席が隣同士だった。


これは小学校でふたりが同じクラスに在籍した時からずっと続いている。

中学に進学し、学年が変わってもふたりは同じクラスのまま。

学年度の始まりの、名簿のとおりに並べられた席順を除けばなぜか菜月の隣には成見がいる。ということになるのだが……。


常識的に考えてもあり得てはならないこの事態を、生徒や教職員達が黙認するにはそれなりの理由がある。


すべては市宇成見という問題児が、自らを制御できるのは咲田菜月だけだと周囲に知らしめ続けた成果なのだ。

第三者の視点で一番の被害者であるはずの菜月が成見を嫌がってないなら——と、大人たちは彼らをセットで扱うことが当たり前になっていた。


当然、一部の生徒からは「差別だ」「特別扱いだ」と非難の声が上がることもある。しかし学校側がその声を拾って大々的に問題視したことはこれまで一度もなかった。


陰口は気にし出したらキリがないので、菜月はスルースキルを早いうちに身につけた。否応にも目立つ立場に立たされるなら、必須のスキルだ。


菜月の傍にいるためなら成見は非情な悪魔になるのをためらわない。

ヤンデレ悪魔が度々起こす問題にいちいち嘆いていては菜月の心がもたない。こういう時は開き直りが大事だ。


さらに言えば菜月と成見がつるむ友人たちも、皆でいると成見の影が薄くなってしてしまうくらいにはいろいろと濃い集まりだった。


菜月と成見の仲を引き裂こう者がいるなら敵とみなして容赦なく叩きのめすのが通常運転の友人たちは、菜月にとって頼もしい存在である反面、毎度頭痛の種になっていた。

言わずもがな、高瀬結衣もその親しい友人の一員である。





      *






中学2年への進級時。

誰もが予想した通り、菜月と成見は同じクラスになった。


最初の席順以降、席替え時はくじ引きで決めるのがこのクラスのやり方になった。それにもかかわらず2年になって最初の席替え時に菜月の隣を成見は当然のように引き当ててきた。


不正が行われているのは誰が見ても明らかである。

しかしながら、クラスメイトたちはひとりもそのことについて言及しようとしない。


さらに2回目の席替えでは、菜月の隣を引き当てたクラスメイトはこっそり成見とくじを交換していた。


担任の教師もさすがに偶然でないと気付いているはずだ。しかし今のところ、成見の行為は見逃されている。


菜月たちの担任の柳は問題児を恐れて腫れ物扱いするタイプではない。どちらかというと面白がって自ら問題事に首を突っ込んできそうなきらいがあるので、柳の静観は菜月としてはいささか不安の種でもあった。


そんな担任教師と、成見も含めたクラスメイトたち。

菜月のいる2年4組のクラスには、どういうわけか存在感のある生徒が勢揃いしていた。

早い話、ここは問題児たちの巣窟なのだ。

それは今年度が教師1年目という新任の担任・柳をとっても例外でない。


4組の教室内はいつも騒がしく、授業をまともに受ける生徒の割合が極端に少ない。教科担当の教師陣には毛嫌いされたクラスでもあるが、菜月はこの教室が嫌いじゃなかった。





      *






昼休み。


教室で弁当を食べる菜月の隣には、当然のごとく成見がいた。現在机を囲んで昼食を共にしているのは成見と菜月と、もうひとり——。


菜月と机を挟んで向かい合うのは、小柄な女子生徒だ。

栗毛色の髪を背中までのばした色白の彼女は、上品な所作で弁当のおかずを口に運ぶ。


風体からお嬢様を彷彿させる彼女の名は鈴宮 綾音。見た目だけでなく、中身も正真正銘のお嬢様であり、菜月にとって数少ない女友達のひとりだった。


菜月の視線が綾音の後ろへと移動する。

3つ前の席、本来そこにいるはずの結衣は、いつの間にか姿をくらましていた。



「気になる?」



目ざとく聞いて来た成見には素直にうなずく。



「そりゃあね。もう昼休みだし」



ふたりの会話に綾音も上体を後ろにひねり、主のいないその席に目をやった。


3時間目が終了した時までそこには確かに結衣が座っていた。

そこからいなくなるところを菜月は見ていない。ただ、4時間目の授業が始まる時にはもう、結衣は忽然と姿を消していた。


消えたといっても事件性はない。

心配するまでもなくいつものサボりだとはわかっている。だが、昼休みになっても帰ってこないとなると、あとで探しに行くべきだろう。



「どこかで寝ちゃったまま起きないのかしら」


「どうでしょうね」



なんにせよ、褒められた行為ではない。

このまま放置すれば5時間目に「昼食を食べるから」と言ってあのサボり魔は授業を欠席しかねない。


自分達は中学生なので成績云々関係なく進級はできる。しかしこのままだと、別の弊害を周囲が被るはめになってしまう。


昼食後は結衣を確保するために校内探索を決行しようと心に決めて、菜月は綾音の隣の空席を見た。



「帰ってこないっていったら、あんたの旦那もでしょう」



本来昼時は埋まっているはずのその席に、今は誰もいない。綾音の隣にいるべきクラスメイトは4時間目終了と同時に学年主任から呼び出しを受け、職員室に行ってしまった。


呼び出しの理由に、思い当たる節は……ありすぎて困る。



「変なことになってなきゃいいけど」



中学2年に進級して早2か月と半月。


人の迷惑を考えずに動く連中とつるんでいる自覚は以前からあったが、最近の自分たちは以前と比べものにならないぐらい羽目を外しすぎていると菜月は思う。


すべてはあの、常識が一切通用しない傍迷惑な新担任が何かにつけて煽ってくるせいだ。

結衣といい、他のクラスメイトといい、些細なことにも本気になりすぎている。


これではいつ自分たちを束ねる、クラスのボスともいえる男子に注意が入っても不思議じゃない。

不機嫌になって帰ってきたらめんどくさいなあと半ば限なりする菜月に、綾音は自らの恋人を心配するそぶりもなく微笑んだ。



「大丈夫よ。悪事がばれたのなら、真っ先に呼び出しを受けるのは実行した人でしょうし。きっと今回の要件は説諭や事情聴取みたいな事ではないはずよ」



言われてみれば確かにそうだ。

あいつは悪事を思いつく主犯者であることは多い。しかし直接手を下す事例は思いのほか少ない。

彼は決して大人たちに対しいい子面しているわけではないが、彼が自ら動く前に、競ったように周りにいるクラスメイトが事をなしてしまうのがほとんどだ。



「逆に、このクラスの連中はどうにかならないのかって、教師たちから切実に相談されているかもね」



成見の推理に、綾音が苦笑。



「そればかりは、どうしようもないわね」



悪ガキの親玉のくせに、教職員から絶大な信頼を獲得し、頼り者にされている。

それが綾音の彼氏であり、自分たちのリーダーだ。



「あら」



綾音が何かに気付き、菜月たちの頭上に視線を向ける。



「凍牙君、結衣が教室からいなくなっちゃったのだけど、見てないかしら?」



声につられて後ろを見ると、クラスメイトの水口 凍牙がそこにいた。廊下から教室に戻ってきたところか。


凍牙も結衣と同じく授業をよくさぼる生徒だ。

菜月が授業放棄した結衣を連れ戻しに行けば、ふたりで人目につかない校舎の日陰でくつろいでいる現場に出くわしたことも、一度や二度ではない。


かといって、気まぐれなうえ人見知りの結衣と水口凍牙というクラスメイトは、そこまで親密な仲というわけではなさそうだ。

結衣と凍牙の関係は、縄張り争いを起こさず、適度な距離感を保つ野良猫たちを連想させた。


綾音に声をかけられた凍牙は立ち止まってこちらを一瞥。そして。



「……いや」



愛想のない表情をそのままに、抑揚のない声で言い放つ。



「そう、ありがとう」



にっこり笑って綾音が言うと、話は終わったとばかりに凍牙は自らの机にかかったカバンを手に取り教室から出ていった。


凍牙は誰に対してもそっけない態度なので、冷たいあしらいを気にしていても仕方がない。今のが彼の通常運転だ。


謀ったように問題児が密集するこのクラスにおいて、馴れ合いを好まずあえて孤立を選ぶ水口凍牙もまた、教師からすれば扱いに困る生徒と認定されているのかもしれないと菜月は考えていた。


凍牙は誰かと違って最低限の受け答えはクラスの誰とでも交わせる人間だ。

こちらを見ようともせず、話しかけても無視を決め込む敵意の塊みたいな者たちよりも、よっぽどできた人間だろう。


しかし先ほどの凍牙と綾音のやり取りで、菜月に気になるところがあるとすれば……。



「今の『いや』は、知っていて教えなかったのか、本当に知らなかったのか、どっちなんだろうね」



引っかかりを覚えたのと同じことを、成見が指摘した。


水口凍牙は誰に対してだっていつでもドライな態度を見せる男だが、なんとなく、自分たちよりもさぼり仲間の結衣に味方する傾向がある。

菜月は常日頃からそのように感じていた。根拠もなければ、明確な前例もない、ただの勘でしかないのは彼女も承知しているので、あえて言及はしないが。



「どっちだっていいわ」



凍牙が意図して教えようとしなかったとしても、昼食を終えれば結衣を探しに行く予定に変更はない。

なんとしても、5時間目の数学はさぼらせてなるものか。


3人で和気藹々と弁当を食べていると、教室内の喧騒が一瞬途絶えた。

箸で一口大に切った卵焼きを口へ運ぼうとした菜月の手も止まる。


空気が変わったのは、ひとりの男子生徒が教室に足を踏み入れたからだ。

静寂は一瞬で終わり、菜月が問題の生徒に対してやっと帰って来たのかと思うころにはもう、クラスの雰囲気は元に戻っていた。


周囲の生徒たちは皆、思い思いの時を刻んでいる。


そいつが注目されたのは一秒にも満たない時間だった。

だが、生徒が自由に活動できる休み時間において、ただ教室に足を踏み入れただけでその場にいる者たちが意識を向けてくるというのは、異常なことだ。


その異常を、我が物顔で受け止める男——。


中学2年でありながら、高校生でも通用するほどの長身と、がたいの良さ。日本人離れした彫りの深い顔立ち。鋭い目つきは、獰猛な肉食獣を連想させる。

絶対的な存在感に、慣れない人間はこいつの前では姿勢を正さずにはいられない。


そんな気が引き締まる空気を纏った、顔が良くて、頭が良くて、家柄も良い——。天がありとあらゆる才能を与えつくしたような存在。


生まれつきの支配者。


クラスの中心的人物。


綾音の彼氏で、菜月たちの仲間。



——武藤 春樹が、教室に戻ってきた。







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