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黒と交わる恋模様  作者: もりといぶき
【菜月の章 混じりて藍となる】
4/14

中学2年・5月(下)



      *





太陽が西に傾く。

そろそろ夕刻に差し掛かろうかという時間帯、縁側に結衣の姿はなかった。そのためさっきから明らかに成見の機嫌がいい。


邪魔者がいなくなったからといって、成見は過剰に密着してこない。菜月の隣にいるといっても、互いの肩の間にはこぶし3つ分の隙間があった。

菜月の家にいる時の成見は、終始清き付き合いを演出するのを忘れない。



「まったく、誰かがいないと平和なものだよ」


「……毎回言ってる気がするけど、あんたが調子に乗って煽らなければ、結衣もあそこまで反撃してこないのよ」



後ろを振り向けば、居間のソファで昼寝をする結衣がいた。

結衣の様子がわかるようにと菜月の母が大窓のカーテンを全開にしてくれたので、縁側からは屋内の様子が丸見えだ。猫の引っ掻き傷にまみれた黒い合皮のソファで丸くなって眠る結衣の周りには、咲田家の飼い猫が集結している。


家の奥から姿を現した菜月の母が、手にするタオルケットを結衣にかけた。

母がこちらに気づき、微笑みながら軽く頭を下げた。

それに合わせて、隣で成見が座ったまま丁寧にお辞儀を返す。


結衣といい成見といい、なぜこうもうちの母親の受けがいいのか。


親友が自分の家でくつろぐことに関しては、小学校入学以前からのことなので菜月は特に気にしていない。むしろもっとここでゆっくりしていればいいとすら思ってしまう。


うちを避難所として使っていいと勧めるぐらいに、高瀬家の姉妹仲は険悪なのだ。



「妬けるね」



ふふっと鼻で笑って、成見が口を開く。



「隣にいるのは俺なのに、菜月は別のことを考えてる。誰について思っているのかがわかってしまうから、なおさら俺は悔しいよ」


「あ、あんたねえ!」



不意打ちで見透かされて、頬に血が集中する。

妬ける、悔しいと言いながらも成見は余裕の表情を崩さない。



「ま、別にいいんだけどね。菜月がいつどこで誰を思っていても、俺は誰にも菜月の一番を譲る気はないから」



——菜月の一番。


それは成見が固執して、結衣が関心を示さないもの。似た者同士のようなふたりの、明確な違いだ。



「……もうやめて。恥ずかしいから、それ以上は言わないでよ」



側に結衣や仲間がいれば強気になって聞き流せるのに、成見とふたりきりだとそうはいかない。

羞恥に耐えかねて、足元に視線を向けたまま顔が上げられない。耳が熱かった。


頭上からはくすくすと笑う成見の声。

腹を立てて横目に睨めば、「その顔、すごくかわいい」と言われてさらに脱力してしまう。


この男がどこを気に入って自分にここまでのめり込むのか、何度過去を振り返っても不思議で仕方がない。


出会った当初の成見は、今よりもっとわがままで、しかも凶悪で、菜月に近づく者はすべて排除しようとする少年だった。

教師や同級生——、菜月へ話しかけてくる人間すべてを攻撃対象にされたのだから始末に負えない。


そんな男が紆余曲折はあったものの、現在では菜月の恋しい人となっているのだから、人生はどこでどう転ぶかわからないものだ。






小学3年。

クラス替えで別々のクラスになった結衣に、菜月の知らないところで友人ができた。


あの時はただただ衝撃だった。

これまでずっと一緒だった親友を見ず知らずの誰かに取られたのだ。焦りは計り知れない。


さらには結衣の新しい友人が自分をいじめてきた元凶たちと同類——金持ちの子息——だったのも、菜月の焦燥を増幅させる原因となる。


結衣にとって、自分は特別ではなかった。その事実に菜月は一時期ひどく荒んだ。


菜月が市宇成見に魅入られたのは、そんな時だった。



「ほーら、また」



成見の声にハッとした。飛んでいた意識が現実に戻る。



「ごめんなさい」


「最近多いね。そうやってぼんやりしてること」


「そうかしら」


「うん。悩みでもあるの?」



そんなもの……数えきれないほどあるに決まっている。



「あんたと結衣が少しでも仲好くなってくれたら、わたしの悩みはひとつ解消するわ」


「それは無理なお願いだね。むしろ菜月が間にいてくれるから、俺たちはあの程度の応酬で済んでいるのだろうし」


「……逆じゃないの?」



自分がいるから、ふたりは事あるごとに言い合いをしてしまうのでは?

浮かんだ疑問は即刻否定された。



「それはないよ。仮に菜月がいない場面で俺と結衣が衝突する事案があったなら——、俺たちは本気で潰し合っていただろうね。お互いに容赦なく、どちらかが完全に壊れるまで、徹底的に」


「……、中二病みたいなこと言うわね」



しゃれにならないと思いながらも呆れた風に呟けば、成見に「中2だからね」と笑って返された。



「ついでに中二病臭く言ってしまえば、俺と結衣のソリが合わない根底には、同族嫌悪に近いものがあるんだろうなあ。あまり認めたくないけどね」



だから、と成見が付け足す。



「結衣が菜月に甘えたがる心境も、少しは理解してやらなくはないよ。すごく不本意だけど。本当は俺だけが菜月をひとり占めしたいってのが俺の本音」



菜月はきっと、そんなこと望まないし……。ぶつぶつと呟く成見に、つい感慨深くなる。


あの独占欲をむき出しにして、狂気に満ち溢れた少年がよくここまで丸くなったものだ。


今の成見を見ていると、小学生の時に彼を突き放さなくてよかったと心の底から思う。徹底的に拒絶して、彼の全部を否定していたら、これほど愛しい未来は訪れなかった。

あの時の自分はよく頑張ったと、これだけは自信を持って胸を張れる。


そして、自身や結衣、春樹たちと知り合って、人の気持ちを慮ることを覚えた成見も——。



「きっとね」



眉をハの字にして彼は笑う。



「俺は一生、結衣に嫉妬し続けるんだろうなって、なんとなくそんな気はしてる。不本意でものすごく悔しいことだけど」



そう言いながらも、成見はどこか嬉しそうだ。



「……人って、どう変わるかわからないものね」



おや、と成見が首をかしげて下から菜月をのぞき込む。



「惚れ直した?」



とびっきりいい笑顔の成見に少しだけ反抗心が芽生える。照れてなんかやるものか。



「やあね。前から惚れてるわよ」


「えっ——?」



驚いて目を見開いたまま硬直する成見。してやったりと菜月は満足そうに笑う。


人は変わる。


時間をかけて、菜月だって変わった。


小学3年の時に自分から結衣を奪った、当時憎くて仕方がなかったあの男ですら今では頼りになる仲間で、良き相談相手だ。

そいつ——武藤春樹には感謝している。


春樹と結衣がいなければ、かつて自分を独占しようとして暴走した成見を止めることはできなかっただろうから。


信頼できる仲間と巡り会えて、自分はここにいる。


心境の変化がもたらした充実を強くかみしめた。



勉強、部活動、人間関係——。



確かに悩みは尽きないけれど、それでも今が楽しいことには変わりがない。




中学2年。




成見や結衣——、仲間たちと進む未来が明るいものだと信じて疑わなかった、初夏の一場面。








【中学2年5月】end.

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