中学1年・5月(5)
ここの歩行者信号はなかなか青にならない。地元でも有名な交差点だが、二人にタイミングを逃したことを残念がる様子はない。
成見は何事もなかったかのように中途半端なところで止めていた話を再開した。
「それに、どうしてもバレー部がいいんだっていうなら、俺も自分なりの譲歩を考えてる」
「……恋愛反対派閥の先輩全員辞めさせて、イチからバレー部を作り直すとか言うんじゃないでしょうね」
「言わない言わない。信用ないなぁ」
どの口が言うか。今までそういったことを普通にやってきたのだから、信用しろってほうが難しい。
「まぁ……ぶっちゃけ選択肢のひとつには入ってるけどね。女子バレー部が恋愛禁止なのは昔からの伝統とかじゃなくて、2年前にできた比較的新しいルールみたいだから。先輩との今後の関係を考えなくていいなら、問題を学校規模にまで膨らませるだけで菜月は部内でも有利な立場になると思うよ?」
「絶対やらないわよそんなこと」
たしかに現状は見方を変えれば、女子バレー部が勝手に作ったマイルールを新入部員に強制していると捉えることができる状況だ。
問題の規模を大きくして学校まで巻き込めば「正義」の審判は菜月に軍配が上がるかもしれない。
しかしそれをしてしまったが最後。菜月はバレー部内で「めんどくさい奴」と認定されて、腫れ物扱いを受けることは避けられない。
問題を大事にしてまでしてバレー部に留まりたいかと訊かれたら、そういうわけでもないと改めて思う。
部活動に真剣に取り組む意気込みはあっても、菜月はバレーボールに人生を賭ける気はさらさらない。
協調性を無視して正しさを振りかざすのが、真の意味で正しいことだと彼女は胸を張れなかった。
恋愛禁止の部則が成見に知られたからには、菜月は部活の人間関係からくる問題ばかりに目を向けていられなくなった。
成見という不穏分子が出現したことでそれまで部活に一点集中していた視野が広がる。すると「成見との交際を先輩に認めてもらおうと必死になっている自分」が一歩引いた視点で見えてきて、なんだかひどく馬鹿らしくなってくる。
相手の親に結婚の申し込みをしているわけでもあるまいし。いったいわたしは誰に何を懇願しているというのか。
「先輩を追い出してまでバレーがしたいってわけじゃないの。そんなことするくらいならわたしのほうが出て行くわ。……ここまで引っ掻き回してしまった責任もあるし」
……本音を言えば、あのチームで自分も一緒に頑張りたい。
未練がないと言えば嘘になる。でも、彼女たちの築いてきたものをパッと出の新人が壊していいはずがない。
「もう答えが出てるってなら、ひょっとして俺の譲歩っていらなかった? まあ菜月が帰ってくるなら俺的には結果オーライだけど」
「勘違いしないで。バレー部が無理ならもう一度、今からでも入れる運動部を探すに決まってるでしょ。言っておくけど、妨害したら容赦しないからね」
「あはは、だよねー……」
心なしか残念そうにから笑いする成見。
信号が青に変わり、六車線の道路をスピーカーから発せられる鳥の鳴き声に急かされて渡る。反対側に着いてすぐ、歩行者用信号が点滅して再び赤になった。
一歩一歩、前に進むほど「バイバイ」が近づいてくる。横断歩道で早足になった分の埋め合わせをするかのように、細道に入ったふたりはゆっくり歩いた。
「菜月はさ、女子バレー部が恋愛禁止になった理由を先輩から聞いてたりするのかな?」
「恋愛関係のトラブルが部活に影響して、いろいろ問題になったんでしょ?」
まるで今の自分みたいだとちょっと落ち込む。
「そうそう、その問題って2年前のことで、そんなに昔の出来事じゃないんだよね。ひとりの問題がほったんとなって最後の大会がボロボロに終わってしまったんだから、そりゃあ禍根が残るのも無理はないというか」
さらりと告げられた途端、菜月はうろんげな眼差しを成見に向けた。
「それって誰に聞いたの? わたし、トラブルの詳細まで先輩から教えてもらってないのだけど」
「ん? 結衣にお願いされた有希がいろいろ調べてたのを、俺にも教えてもらっただけだよ」
奴もグルか。いや、この場合は結衣が情報通の友人を巻き込んだというのが正解か。
……なんにしても、どいつもこいつも人の知らないところでコソコソと……。
有希はいつもテンション低めで、何事にも興味がないといった澄ました態度をしているくせに、その実態は凝り性なうえなんだかんだで仲間——特に結衣に甘い。今回も密かにやる気をみなぎらせて淡々と情報収集に励む有希の姿が菜月にはありありと想像できた。
「そこに至るまでの理由が体育会系のノリとかクッソくだらない理由だったら、俺も結衣ももっと早くに『そんな部活は辞めてしまえ』って菜月に言うつもりだったんだよ」
つまり……そうはならずにしばらく様子見しようってなる程度には、バレー部に同情の余地があったということか。
「もったいぶってないで、そこまで言うなら先輩たちに何があったのか、教えてくれてもいいんじゃないの?」
他人の事情をコソコソ嗅ぎ回るのは菜月の性分ではないが、今回ばかりは好奇心が抑えきれなかった。この先どうなるかはわからないけど、わたしだって今はバレー部の一員だ、知る権利はあると開き直る。
話の続きを菜月がせがむと、相手は少々考え込むそぶりを見せた。
「そうだね……まあいっか」
成見としては菜月が部活を続けると言うなら、バレー部にいてくれたほうが何かと都合がいい。恋愛禁止のルールも、見方を変えれば自分が知らないところで菜月が他の男にちょっかいをかけられる心配がなくなるわけだし。
女子バレー部の先輩は決して敵ではない。それどころか、うまくいけば強力な味方になる——。
——なんてこと、考えてるんでしょうね。
成見の思惑なんて、とっくにお見通しだ。この男は本当にブレないと菜月は内心呆れながらも成見が口火を切るのを待った。
*
現在のバレー部3年生は菜月たち新入生に、部則に恋愛禁止が追加された理由の詳細を語らなかった。
それもそのはず。この部則ができた2年前、彼女たちはまだ新入部員で、発端となったトラブルには直接関わっていなかったのだ。
上級生の間で起きた人間関係のゴタゴタに下級生を巻き込んではいけないとした先輩たちの配慮も合わさり、キャプテンたちは当時の出来事の半分は噂レベルでしか知らない。
菜月と成見の共通の友人である有希が調べた2年前のトラブルは、現在のバレー部員たちが把握しているよりも幾分か悲惨なものだった。
「今から2年前——その頃からうちの学校の女子バレー部は県大会の上位を目指して真剣に活動していて、周囲からも練習が厳しいってことで有名だったらしいよ。だけど恋愛禁止みたいな部内独自のルールはなかったって」
有希の調べた情報を思い出すように、成見は心なしか遠くを見つめていた。
「2年前の5月の終わり——ちょうど今くらいの時期に、当時3年生だった部員のひとりに恋人ができた。それがそもそもの始まり。有希の言葉を借りて要約すると、それまで部活に全集中していたピュア系女子が素行不良の高校生男子と知り合ったせいで世の中の余計な刺激を知ってしまい、そこから戻れなくなったってのが全容らしいよ」
何かがわかりそうで、その実、具体的なことが何もわからない要約だ。菜月は黙って先を促した。
「バレー部ってさ、週末になると他校まで練習試合に行くことがあるよね? 菜月も2週間ほど前に行ってた」
「ええ、それがどうしたの?」
他校で練習試合がある日は早朝に日奈守駅に集合して、副顧問の引率で会場となる学校へ行く。顧問はボールなどの練習器具を車で運ぶため、試合の会場となる学校で落ち合うことになっていた。
帰りも日奈守駅に着いたところで解散となり、部員は副顧問に見送られて保護者の車やバスを使ってそれぞれ帰路に着く。
「今でこそ移動に副顧問がつくようになったけど、2年前までは練習試合の際に他校に行くのって部員たちだけでやってたらしくてさ。副顧問が監督しなければいけなくなった原因になった事件が、その時にあったんだ」




