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黒と交わる恋模様  作者: もりといぶき
【菜月の章 混じりて藍となる】
10/14

中学1年・4月(下)





眠そうに目をしょぼしょぼさせている結衣の前を、女子バレー部の3年生が通りすぎる。

この1年女子は授業中に何をやっているのかと彼女たちは怪訝そうに視線を送るが、さすがに声をかけたりはしなかった。


結衣のほうもはなから他人に興味を示さず、膝を抱えて眠る体勢に入ろうとしたが——、視界の隅で菜月を見つけてしまったらしく、うなだれかけた頭を上げて目を大きく見開いた。


真っ黒な瞳と視線が交わり、菜月は思わず足を止めた。


表情からして結衣は菜月がバレー部の部室にいたことを知らなかったようだ。

おおかたいつものサボりで人のいない場所を探してここにたどり着いたのだろう。


それにしても嫌なタイミングで出くわしてしまった。先輩たちに詰められた直後で気持ちの整理がついていない。こんなところを友人に見られたらどことなく気まずい。


いやそんなことよりも、優先すべきはこのサボり娘に真面目に授業を受けさせることだ。

菜月が一歩を踏み出したのと同時、結衣がバレー部の先輩を一瞥する。そしてまたすぐに菜月を見上げてきた。


感情もごっそりと抜け落ちた結衣に菜月の危機感が跳ね上がる。

ヤバい。何を考えてるのかわからないけど、状況的に絶対に何かやらかす顔だ。



「結衣、ちょっと……」



菜月が彼女に駆け寄るより早く、魔女に変わった友人の口が動いた。



「立場が上の人間が、立場の低い人間を威圧して一定の場所から出られなくすることを、世の中では『監禁』っていうみたいだけど、そこんとこどうなの?」



監禁。その部分をわざと強調して言い放った。

言葉は発言者の狙いどおり前を行く3年生の耳にも届いたようで、集団はギョッとして振り返った。

そんな彼女たちに見向きもせず結衣は菜月だけに語りかける。



「違う? もう5時間目始まってるよ?」



一瞬、部室棟と技術室に挟まれた通路に異様な空気が流れた。

そんななかで唯一菜月だけが動き出す。

脅威の敏捷性を発揮して目にも留まらぬ速さで結衣の前に立った。



「ぜんっぜん違う!」


「ぅげっ」



勢いに任せて頭を押し付けると、結衣からカエルの断末魔のような声を漏れた。構うもんか。



「先輩たちとの話し合いが長引いてしまっただけよ! 結衣が心配するようなことはなーんにも起こってないわ!」



実際はちょっと泣きそうになってたけど、そんなことここでは口が裂けても言えない。自分の心配事は後回しでいい。というかそれどころではなくなった。


結衣はたとえ相手が上級生だろうが容赦なく突っかかっていく。はやいうちに止めておかないと、誰も得をしない騒動を引き起こしかねない。



「わたしのことより、アンタまたこんなとこで授業サボって……ほら立ちなさい、教室帰るわよ」


「えぇ……」


「文句言わない見つかった時点で諦めなさい」



菜月が強めに腕を引っ張ると結衣はしぶしぶ立ち上がった。

先輩たちは若干の警戒を示しつつも、菜月と結衣のやり取りをポカンと口を開いて眺めていた。

そりゃそうだ。前を通りすぎただけの他人にいきなりありったけの敵意をぶつけられたら、誰だって反応に困るだろう。


先輩たちの元へ、結衣の手を掴んだまま近づく。

先手必勝。相手が困惑しているうちに深々と頭を下げた。



「友達が変なこと言ってごめんなさい。彼女、わたしの友達で、すごく仲間思いだから、……わたしのことを心配してくれただけなんです……」


「どうして菜月が謝るの?」


「わたしはこれからも先輩たちのバレー部で頑張りたいからよ!」



不服そうな結衣にピシャリと言い切る。言われたほうは怒られ慣れすぎていて顔色ひとつ変えなかったが、菜月の心の叫びを聞いた3年生の何人かは目が覚めたようにはっと息を呑んだ。



「たしかにさっきは誤解されるようなとこを見せてしまったわ。結衣からしたら、何も間違ったことは言ってないかもしれない。でもここでアンタに乗っかってしまうと、わたしの周りはあっという間に人が誰もいなくなってしまうのよ」



何度も経験してきたことだ。不要な敵を作らず、余計なトラブルを避けるためには、結衣を頼ってばかりではいけない。

それに菜月はまだ、バレー部での青春を諦めていない。


状況理解が追いついていない先輩たちを、結衣は大きな瞳でじっと見つめる。

次は何をやらかすのかと菜月は内心ヒヤヒヤしていたが、彼女はしゅんと肩を落とし、集団に向かってぺこりと頭を下げた。



「生意気言ってすみませんでした」



損得勘定が働いているとはいえ、結衣は謝れる子だ。



「あぁ……う、うん……」



ころっと態度を変えた1年生に、謝られたほうは反応に困った。



「わかったから……とりあえず、全員教室に戻るわよ」



キャプテンの言葉を合図に先輩たちは校舎へと体を向けた。先ほどよりも急ぎ足になったのは、授業に急ぐためか、もしくは底知れない黒い瞳から逃れるためか——。


上級生の集団を前にしても萎縮しないどころか緊張もせず、明らかに敵意のこもった目で後輩に見つめられるなんて、彼女たちには初めての経験だっただろう。


先輩たちの後ろに続いて教室へと急ごうとした菜月の手から、するりと結衣の手が抜けた。

自分は関係ないとばかりに反対方向へ行こうとしたサボり魔の首根っこを咄嗟に掴む。



「アンタも授業に出るの!」



勢いよく引き寄せ、体勢を崩した結衣の二の腕に自身の腕を絡めてずるずる引きずる。結衣が小柄だからできる荒技である。


部室棟の角を曲がる頃には観念して自分で歩き出したので、そこからは手首を掴んで引っ張っていく。油断したらすぐにいなくなるから最後まで気が抜けない。



「なっちゃんが授業の時間無視するなんて珍しいね」



菜月の気も知らず、呑気に結衣が話しかけてきた。



「ちょっと相談というか……先輩たちに話を聞いてもらってたら長引いたのよ」



昼休みにあったことを正直に打ち明けられず、ぼかした言い方になってしまった。

授業中の静かな廊下で前を歩く先輩たちが聞き耳を立てているのもわかっていた。



「ふーん、……あのえっぐい粘着ストーカーのことを相談してたの?」



————え?



先輩たちが思わずといった様子で振り返る。

今日一番、菜月が焦った。



「〜〜〜〜っ、そんなのはいないから!」



毎回毎回、結衣は隙あらば成見との仲を裂こうとしてくる。毒持ち娘に小声ながらも鋭く一喝して、辛くもその場を誤魔化した。






菜月と結衣はクラスが違う。

結衣の5時間目が移動教室だたら面倒だなあと思っていたが、運は菜月に味方した。


授業中の教室に結衣を押し込み、菜月も自分の教室へと駆けた。

結衣のクラスには春樹と綾音が在籍しているので、あとは彼らがいいようにしてくれるはずだ。


自分の教室に戻った菜月は、当然成見に授業に遅れた理由を訊かれた。



「サボり魔を連れ戻すのに手間取ったのよ」



後ろめたさはあった。しかし入部した女子バレー部が恋愛禁止だったとは、今の時点で成見に言えなかった。





      *







その日の放課後の部活は、菜月たち新入部員は顧問の先生の指示で先輩たちよりも先に練習を終えて下校した。


3年生は後輩たちの前で菜月を糾弾したりはしなかった。

練習中は若干のぎこちなさがあったものの、彼女たちは菜月を他の新入部員と同じように接してくれた。

しかし苛立ちを完全に抑えきれているとは言い難く、部内の空気は昨日よりも明らかにギスギスしていた。


どんよりとした気分で菜月は帰宅前に結衣の家に立ち寄った。昼休み終了後にあったことを、ちゃんと説明しておこうと思ったのだ。

そうしておかないと奴は知らないところで何をやらかすかわかったものじゃない。


結衣にその場しのぎの言い訳は通用しない。あの時は上級生とのいざこざを避けたい菜月の意思を汲くんで、とりあえず引いただけだ。


応対した結衣の母にインターフォン越しで名乗ると、すぐに結衣が家から出てきた。

自転車を押して、結衣と並んで家に帰る。話しをするならすぐそこの公園でもいいのだろうけど、あそこは不審者出没の噂があるから夕方以降は子供だけで近づくなと親から言われている。

周囲に聞かれたくない話をするには、自分の家の裏側がちょうどよかった。





入部した女子バレー部には恋愛禁止のルールがあった。

昼休みはそのことで先輩たちと少々揉めていた。

意見の衝突はあったけど、別に理不尽な要求を突きつけられたとか、イジメのターゲットにされたとか、そういうのじゃない。


誤解を解きつつ自分の直面している問題を親友に打ち明ける。

結衣は途中で口を挟むことなく、菜月がひととおり話し終えるのを待って、一言——。



「成見はなんて言ってるの?」



友人の置かれた状況への心配や同情をいっさい見せず、もっとも痛い部分を突いてきた。



「……まだ何も言ってないわ。昨日知ったばかりで、先輩たちにどうにか交際を認めてもらえないかって模索してるところよ。成見と付き合いだしたのだって、入部届を出す前どころか、中学に上がる前からなんだし……」


「へぇ……仮入部のときはそんな規則があるってこと言われなかったんだ。入部届を出すまでは秘密にして、簡単に辞められなくなってから後出しで自分たちのルールを押し付けてくるとか、卑怯なやり方してくるね」



棘のある言葉だけど、菜月はそれを否定できなかった。

仮入部、もしくは部活見学の時にバレー部の部則を聞いていたら、菜月は他の運動部の入部も検討していただろうから。



「ちょっと思うところはあるけれど、先輩たちは真面目な人ばかりよ」



必要な話し合いだったとはいえ、1年生ひとりに対して3年生全員が集まったのはフェアじゃなかった。入部早々怖い思いをさせて申し訳なかった——と、放課後の練習前に菜月はキャプテンから謝罪を受けた。

練習中も3年生と2人きりになったタイミングで「昼休みはごめんね」と他の先輩たちにも言われた。

彼女たちは菜月が部活に居づらくならないように気にかけつつも、「それでも恋愛は認めない」という主張を一貫して通している。



「感情に任せてのけ者にしないって、なかなかできることじゃないと思おうの。それに練習に打ち込む先輩たちはいつも真剣で、あの人たちのかっこいいプレーを見て、自分もあんな風になりたいって憧れてバレー部に入ったのよ。一度やるって決めたことを、こんな簡単に諦めたくない……」


「じゃあ仕方ないから、成見と別れるしかないか」



親友の声は心なしか弾んでいた。



「あのねぇ……」


「わたしは菜月のやりたいようにすればいいと思うよ。必要だったら手を貸すし、成見であっても菜月の邪魔はさせないよ?」



結衣はやると言ったら、やる。


菜月はおののきながらも「気持ちだけありがたく受け取っておくわ」と無難に返す。友人を暴走させずに制御しきれる自信が、彼女にはなかった。



「もう少しだけ、自分で頑張って先輩たちを説得してみる。……駄目だったら、バレー部を辞めるしかないわ……残念だけど」



結衣に話して気持ちがはっきりした。

やっぱり成見と別れる選択肢は、自分にはありえない。



「……うん、そっか」



決意をみなぎらせる菜月の隣で、結衣は残念そうに肩を落としていた。







【中学1年・4月】end.

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