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9話 パジャマパーティーではなく、ここからは大人の時間

□□□□


 その後、アリスとカレアム一行が宿泊所についたのは、夜も深まったころだった。


 カレアムたちが選んだのは、とある宿場町だ。

 本来であればカレアムが所有する別荘を使用する予定だったのだが、王宮に提出した行動予定表に掲載されている場所は王太子が先回りしている可能性がある。


 そこで急遽、一般の宿を利用することにした。


 といっても場末ではなく、高位貴族や豪商が利用する隠れ家的な雰囲気をもつ宿泊所だ。宿の周囲は木々でさりげなく目隠しされ、出入りする人数も限定的だった。


 侍女を連れてきていないアリスに配慮してくれて、宿泊スタッフが着替えや入浴を手伝ってくれるのだが、『こんなことはよくあることですよ』とばかりの雰囲気に、上位貴族たちが不倫のために使っているのではと勘ぐってしまう。


「改めてご挨拶申し上げます、アリス様。ローゼリアン騎士団のセイオスです」


 椅子に座るアリスの前でぺこりと頭を下げたのは、セイオスだ。


 相変わらず革鎧をつけている。移動中に気づいたが、カレアム配下のこの騎士団の革鎧には、全員同じバラのマークがついていた。


 しかも若い。

 みな、年はセイオスと同じく10代後半の少年から20代前半の青年に分類されそうな若手ばかりだ。


(旗印なのかしら。そういえばニールド公爵領の特産品はバラ)


 ふとそんなことを考えたのだが、視線に気づいたのか、セイオスは人懐っこい笑みを浮かべた。


「我が君が統治されておられますニールド公爵領はバラで有名なんです。ご存じですか?」

「ええ。精製したバラの香油は非常に高値で取引されておられますよね」


「ほかにも生食用のバラや、ポプリ用。それからワインに混ぜてバラワイン、砂糖で煮詰めてバラジャムなども国内外を問わず人気でございます。アリス様はこれから当領地の奥方になられる方。存分に当地のバラを味わってください」


 しまった、とアリスは内心で顔をしかめた。

 ほかにも特産品があることを知らなかった。


 アリスは恐縮したが、セイオスは特に気を悪くしたようでもない。

 カレアムはどうだろうとちらりと横目でうかがう。


 これから妻になるというのにその領地のことを知らぬとは、とお叱りを受けるだろうかと思ったが、別の椅子に座っているカレアムは特に興味がなさそうだ。


「俺が陛下からたまわったニールド公爵領には、もともと聖ゲオルグが開墾した地だということは知っているか?」


 目が合うとそんなことを言われ、アリスは頷いた。


「当時、隣国との国境があいまいだったので、土地を開墾して国民を入植させ、国土として安定させたいと……いまから4代前のジョアン国王が命じられたのですよね」

「そうだ」

「さすが王太子妃教育を受けておられただけはありますね!」


 うんうん、とセイオスは上機嫌だからほっとする。


「聖ゲオルグの指揮下、開墾や水路の確保などが行われたのだが、都度隣国からの妨害や、山賊どもが村を攻撃することがあった。そこで自然発生的に結成されたのがローゼリアン騎士団だ」


「もともとジョアン国王に命じられて最初に入植したのは貴族たちでしたから。それなりに武芸はできたみたいです。で、領地が確定し、国王陛下よりニールド公爵領という名を賜った折より、ローゼリアン騎士団は代々公爵に忠誠を誓っております。あ、ここ重要ですよ。僕たちが忠誠を誓っているのは、公爵。国王一族ではありません。いざとなったら、王侯貴族はぶっとばーす」


「やめろセイオス」


 えいえいおー、とばかりこぶしを突き上げるセイオスに、カレアムが冷たい一言を放った。


「えー。だってあいつらバカにしてるっしょ、うちの領を」

「仕方なかろう」


「でもうちが辺境を守っているから王都でのうのうと暮らせているんですからね?」

「国王陛下はわかっておられる」


「それ以外はわかってないってことっしょ?」

「もうやめろ。アリス嬢が驚いている」


 あっけにとられていたアリスは、カレアムに言われてようやく我に返った。


「あ……いや、あの」


 お気になさらずというのも変か、とあわあわしていたら、カレアムがセイオスに面倒くさそうに手を振っているのが見えた。


「もういい。下がれ」

「えー。もう少しアリス様と親交を深めたい」


「これからいくらでも深められるだろう」

「こういうのは最初が肝心なんですよ?」


「だったらお前は大失敗の部類に入るぞ」

「それはどういう意味です」


「そのままの意味だ」

「えー。じゃあ挽回する目的で、もっとアリス様と話すー」


「もういい」

「我が君とも夜通しおしゃべりしたいー」


「俺は嫌だ」

「あ! パジャマパーティーする⁉」


「するか」


 カレアムに臆することなくぽんぽんと言葉を投げるセイオス。いったいこのふたりの関係性はどうなっているのだろう。そんなことを想像していたら、セイオスと目が合った。


「あ。いまのところ御父上である伯爵も兄君も無事みたいっすよ。近衛兵はうちの騎士団を追いかけるふりをして方々に散ったみたいで」

「そう……ですか」


 ひとまずほっとした。

 あのまま包囲されて焼き討ちにでもあったらなどと悪いことばかり考えていた。


(公爵との婚姻は陛下のおすみつき。浄化師である私の移動についても了承済み。であるなら、この婚姻を継続させれば、お父様もお兄様も安泰のはず)


 だいたい、リシェルに婚約破棄を申し渡されたからこういうことになったというのに。


 なぜあの男はしつこくアリスに「側にいろ」というのだろう。


「でもアリス様が我が領に来てくださって、本当にうれしいです!」

「それは……ありがとうございます。あの、もし皆さんがお持ちの魔石で不都合なことがあればいつでもおっしゃってください。すぐに浄化しますので」


 アリスは前のめりになって言う。

 自分にできるのはこれだけしかない。


「え! マジであれですか⁉ 月齢とか天候に左右されないんですか! うわ、ちょっと感動! よく王太子妃をあきらめてうちにきてくれたなあ!」


「……あきらめた……わけでは。あの、断られたんです、私」

「あ、そうだ! 婚約破棄でしたっけ!」


 勢いよく言われて、ざくりと胸に刺さる。


「セイオス。…………声が大きい」

「だ、大丈夫です、公爵。これしきのこと……」

「そうですよ! だって王都に行ったらもちきりだったじゃないですか! ハーベイ伯爵の娘は婚約破棄されて、ほかの女に乗り換えられたって! 市場じゃ笑いものでしたね! 胸の大きな女に浮気されたって! そんな中、一か月近くも王都にいたんだから平気っしょ!」


「ぐっ!……」

「やめろセイオス! 下がれ!」

「えー。仲良くなろうとおもったのにぃ」


「真逆の状態が起こっている! だ、大丈夫か、アリス嬢」

「な……なんてことないですよ。ははは。そうですか。王都のみんなは私をそんな風に……。む、胸が……胸がなんですって?」


「なんでもない! 聞き流せ!」


「あ! わかった!」

 セイオスがぴょこんと挙手をした。


「いまから我が君がアリス様と親交を深められるのですね⁉ 仕方ないなぁ、残念だけど僕、引き下がります」

「お、おう……、そうだな」


「ここからは大人の時間だ! そうですね⁉」

「お、おう⁉ そ、そうだ……な?」


「なんだもう! それならそうと早く言ってくれたらいいのに! 僕が空気読めないってことは我が君もご存じでしょうに!」

「気づいてたのか、お前……」


「ぷくくくく。アリス様、我が君はたぶん絶倫ですから! 明日からはずっと馬車で寝てていいですからね!」

「は⁉」

「お前はもう黙れ!」


「はいはーい! お邪魔虫は退出しまするぅ」

 セイオスはそう言ってぴょこぴょこ跳ねるように部屋を出て行ってしまった。


「すまん……有能ではあるんだ」

「で、でしょうね。あの若さで団長なんですから」


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