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7話 やってきた元婚約者と爆破を誓う兄

□□□□

 

 次の日の約束の時間前。

 アリスは短い上着とブーツ姿で自室を出た。


 浄化の道具や当座必要な物品は一時間前に一足先に馬車で公爵都に向かっている。


 アリスは簡単な手回り品をバッグに詰めて、このあとカレアムと一緒に馬車で公爵都に向かう予定だった。


 廊下や階段には執事やメイドだけではなく、庭師や厩務員もいて、みな涙をこらえながらアリスとの別れを惜しんでくれた。


 アリスはひとりひとりに声をかけながら、玄関ホールに行く。

 そこには父と兄、家令と執事長、メイド長が待っていた。


「お父様。このたびは本当に急なことで……」


 旅装束で、ハーベイ伯爵に抱き着く。

 40代半ばの父は、同年代の貴族たちとは違い、細身で闊達としている。背をわずかに丸めてアリスを抱きしめてくれた。


「なにを言う。ふがいない父を許してくれ。本来なら、婚約破棄を告げた王太子になにか呪いでもかけてやりたいところではあるが」

「物騒なことをおっしゃらないで、お父様」


 アリスは笑って腕を解く。ハーベイ伯爵もわずかに距離を取った。

 そうやって見つめた父は、なんだか泣きそうな顔をしているので焦る。本当に申し訳ないと思っているようだ。


「お父様、公爵との結婚を認めてくださり、ありがとうございます。おかげで不愉快な王都からしばらく離れることができますから」


「なにもお前が出て行くことはないのだ!」


 大声に肩を跳ね上げて視線を移動させる。

 兄のフィリップだ。


 社交界では「まるで似ていない兄妹だ」と言われる。

 とにかくなにもかもが大きく、武骨でおおざっぱな兄で、父は自分と同じ外交官の道に進ませたがったが、気づけば士官学校に入り、砲兵隊にいた。


 王太子とおなじ年齢だというのにまだ未婚のうえに、婚約者もいないのは、とにかく雑で荒っぽい性格のためだ。


 いまもケンカ腰と言うか臨戦態勢のような顔で、ちょっと気弱な令嬢なら泣き出しそうな雰囲気を漂わせている。


「王太子を爆破すべきだ! 砲弾の餌食としてくれるわ! うちの妹をなんだと思っているのか!」

「爆破はやめて」


「では灰燼と化してやる!」

「それもだめです」


「ならばどうすればいいのだ、俺は!!!!!」

 地団太を踏むフィリップに、アリスは苦笑いをした。


「仕方ないですよ、お兄様。運命の相手とやらに出会ってしまったのですから」

「そんなもの気の迷いだ! バ―――カ!!!」


「お兄様、私も昨晩王宮の庭でそれを叫びました」


 ぷ、と小さく吹き出すと、フィリップはしばらくぽかんとしたものの、すぐに笑い出した。


「やはり兄妹だな。きっとどこにいても同じことを思い、同じことを叫んでいることだろう! お兄ちゃまはそんな妹を思い、辺境にまで届くよう、毎日砲弾の轟音を鳴らそう!」

「そういう迷惑なことはやめて」


 フィリップが両腕を広げるので、アリスも素直に兄の胸に飛びこんだ。


「お兄様、私のことは心配なさらないで。公爵もいらっしゃるのだし」

「………………それはそれでなんかちょっとなあ」


 すぐにハグは終わるのかと思いきや、フィリップはアリスを抱きしめたまま深いため息を吐く。


「あら、なにか思うところが?」

「いろいろある! 出会ってすぐに床を共にするなど……! 非常に不埒な男ではないか⁉」


「ですが、結局なにもなかったのですよ?」

「それはそれで腹が立つのだ! こんなに美しい妹を側にはべらせて手も出さぬとは……! 公爵、よもや普通の性行為に興味がないとか不能なのではあるまいな⁉」


「さあ……。そのあたりはちょっとわかりかねますが」

「そんなところに妹を嫁にやって幸せになりますか⁉ 父上! この婚姻も俺は反対です!」


「お前はなんでも反対だろう。王太子との婚約も反対しておったではないか」

「結果的にあたっていたでしょう⁉ 俺の勘と鼻を信じてください!」


「勘と鼻って……。お兄様、公爵はお兄様のことを計算力の高いすぐれた砲兵隊だとおっしゃっていましたが。やはり勘で大砲をぶっ放しておられるのですか」

「ばかもん! それとこれとは別! だが最後は技師としての勘!」


 やっぱり勘なのか、とアリスはがっかりした。

 フィリップはアリスから腕を解き、その顔を覗き込むようにして断言する。


「きっとあの公爵は変態だ! 変態に妹はやれん! この結婚は中止だ!」

「またお前は……。王太子との婚約の時も反対しただろう。『王太子は色情狂の顔をしている!』と大騒ぎして」


「結果的にあたっていたではありませんか、父上! 王太子は結婚までアリスに手が出せないがために、色に狂い、ほかの女に目移りしてしまった! 俺の勘はあたるのです!」

「その勘は弾着にのみ使ってください、お兄様」


「いやだ! アリスはこの家にいるんだ! お兄ちゃまの側にいなさい!」

「結局お前のわがままではないか、フィリップ」


「良くないことが起こりそうな気がするのです、父上! 荷物を載せた馬車を戻してください!」


 ひとり地団太を踏んでいる兄を見て、アリスと伯爵は互いに顔を見合わせて深く吐息を漏らす。この状態で公爵に会わせるのは大変危険だ。


「……お父様、もうお兄様との挨拶は終わりましたし」

「そうだな。フィリップ。部屋に待機」

「なんで犬にハウスを命じるみたいな顔をするんですか、父上!」


 三人で激しい言いあいが始まろうとした矢先。

 二階から複数の執事が駆け下りて来た。


「旦那様! 大変でございます!」

「なんだ」


 伯爵だけではなく、アリスとフィリップも口を閉じて駆け寄る執事たちを見た。


「二階の窓を見たら……! この屋敷が軍人に……王太子の近衛隊に取り囲まれております!」

「…………は?」


 ハーベイ伯爵一家は声をそろえて尋ね返したのだが。

 その声は玄関扉が荒々しく開く音に消えた。


「大変です、旦那様! 王太子殿下と近衛兵が……! お嬢様を出せと詰め掛けております!」

「いま、手の空いている者全員で押しとどめております!」


 庭師と執事が駆け込んでくる。


 互いの腕には籠が抱えられていて、そこにはたくさんの花弁が詰められていた。

 たぶん、アリスの門出を飾ってくれるはずの色とりどりの花弁。

 それがざっと玄関マットの上に散る。


「アリス、とりあえず二階へ! メイド長」

「かしこまりました。さ、お嬢様」


 伯爵に命じられ、素早くメイド長がアリスの手を取って階段へと誘う。


「で、ですが」

「アリス、ここはこのお兄ちゃまに任せておけ!」

「不安!」

「なにが⁉」

「とにかくアリスは上へ!」


 伯爵が再び命じる。

 メイド長だけではなく、廊下で見送りをしたメイドや執事たちも総出でアリスは二階に移動させられたが、それでも部屋にいれられるのは拒否した。


 二階廊下の手すりそばでうずくまり、小さくなって玄関ホールを見下ろした直後のことだ。


 開け放たれたままの玄関扉から、近衛兵二名を連れた王太子リシェルが颯爽と現れた。


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