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5話 酔いがさめたら、隣で男が寝ていた

□□□□


 次の日の朝。

 見知らぬベッドの中で、カレアム公爵の端整な横顔を見ながら、アリスは思った。


 まずい、と。

 この状況はあれだ。


 やってしまった、と。


(え……ちょっと待って、ちょっと冷静になろう、私)


 バクバクと荒ぶる心臓をなだめながら、アリスは額にじっとりと汗をかく。

 いま、ここはどこで、自分はなにをしているのか。


 眠っていた。

 そうだ、それは確かだ。


 寝て、起きた。

 なんだか非常にすっきりした気分ではある。


 起きた理由もわかっている。

 紗のカーテンから漏れいる日の光がまぶしくて目を覚ましたのだ。


 で、寝転がったまま大きく伸びをし、なにげなく隣を見たら。


 男が寝ていて度肝を抜かれた。


 両腕を伸ばして「うーん」とした姿勢のまま、アリスは硬直した。そのあと血の気が引く。


 寝転がったまま、改めて室内を見回す。


 知らない部屋だ。

 隣を見る。

 知らない男だ。


 いや。

 見覚えがある。


(カレアム公爵……)


 そこから一気に昨夜の記憶がよみがえってきた。


 元婚約者の婚約式に招かれたこと。

 いたたまれず、東の庭に逃げ出して酒を吞んでいたこと。


 そこにカレアム公爵が現れ、「一発逆転ざまぁ」のために結婚をしないか、と言い出したこと。


 ふたりで婚約式に乗り込み、「カレアム公爵の妻」になったと報告したこと。

 王太子がすっとぼけたことを言い出したこと。


 そこから記憶がないこと。


(……まずい……)


 婚約をしていた王太子とは、結婚するまでは清い関係でいることが義務付けられていた。そのため、軽いキスや挨拶程度のハグはしたことがあるが、同衾したことなどない。


 それなのに。

 婚約式をすっ飛ばして結婚したよく知らない公爵と共寝している。


 なんと破廉恥な!

 こんなことではお嫁にいけない!

 いや、嫁にいったのか⁉


(ならば大丈夫⁉)


 セーフ。これはギリギリセーフなのだろうか⁉


(違う違う! そうじゃないって!)


 ばっと勢いよく起き上がる。

 これで自分が真っ裸だったらもう一度気を失うように眠ろうと思っていたが。


 ちゃんと昨日のドレス姿のままだった。

 ひとまずほっとして、隣を見る。


 寝ている。

 カレアムが。


 アリスの元婚約者の弟で、公爵位を持つ青年。

 リシェルとの婚約期間中にも何度か顔を合わせて会話をした。


 その男と結婚した。

 たぶん。

 昨日のことが夢でなければ。


(ん? 夢?)


 まさか夢じゃないよな、と思ったら急に喉の渇きを覚えた。


 夢。

 そうだ。夢ではないのか? 


 だって、王太子妃になるための教育を受け、猫をかぶり、誰に対しても愛らしくふるまっていた自分が。


 カレアムの前で王太子に暴言を吐き、「ぶちかますために結婚」を宣言しに行ったのだ。


 そんなの夢に決まっているじゃないか!


「おはよう」

「ひっ!」


 いきなり声をかけられてアリスは肩を跳ね上げた。

 いや、若干お尻もベッドから浮いたかもしれない。


「二日酔いはないか?」

「二日酔い?」


 むくり、と上半身を起こすカレアムを凝視してアリスはおうむ返しに尋ねる。


「頭が痛いとか、吐き気がする、とか」

「特に。喉は乾きましたが」


「君、ばけものか」


 カレアムがドン引きした表情で言うが、アリスはそれどころではない。


「あの、ここはどこですか? 国王陛下の前でご挨拶をしたのは覚えているのですが。……というか、若干夢じゃないかと思っていますが」


 ベッドに座ったままアリスは尋ねる。カレアムもあぐらをかいたままだ。


「そこで君は倒れたというか、いきなり寝たんだ」

「あ……そう……ですか」


「で、王城内の俺の居室に連れて来た。今回は手勢数名しか連れてきてなかったので、君の着替えをさせる人間がいなくてな。そのままだが」

「いや、それはもう。すみません、お手数かけて」


「かまわん。じゃあ、このあとの説明をするが」

「このあと」


 きょとんとカレアムを見上げる。

 カレアムは仏頂面でその目を見返してきた。


「目が覚めても二日酔いだろうから無理だと思っていたが、全く問題なさそうだ。だから昼には公爵都にむかって発つつもりだ」

「そうですか」


 言いながら、はて、と思った。


「お見送りを……しましょうか?」

「なんの」


「公爵の」

「なぜ」


「公爵都に戻られるのでしょう?」

「君もな」


「私も⁉」

「妻になったのだから当然だろう」


「あの話、やっぱり夢ではないのですよね⁉」

「……やっぱり君、酔ってたんだな……」


「いやまあ! 酔ってはいましたが……!」


 酔ってはいたが、覚えてはいる。

 自分は元婚約者に喧嘩を売りに行ったのだ。


 アリスの言葉に反応し、大混乱していた王太子。

 それを見て「ざまぁみろ」とわずかながら溜飲を下げたのは確かだ。


 それなのにリシェルは「側にいて」といった。


 ぶるりとアリスは身を震わせた。

 そうだ。あの男はそう言ったのだ。「アリスも僕のことが好きでしょう?」と。


 やばい、と本能が告げた。離れた方がいい、と。

 だからこの王都から出て行くと決意した。


 それは忘れていない。


「そうですね。公爵都に行きます」

 アリスが力強く頷いたあと、慌てて付け足した。


「いやでも、いくらなんでもお昼は早いです! 行くとしても荷造りが!」

「相当かかるのか? 服や装飾具はあとから送ってもらったらどうだ」


「なんでそんなタッチアンドゴー的に王都から出るんですか」

「そりゃ当然だろう。王太子がお前を狙っているからだ」


「あ……」


 そうだ、王太子のことがある。アリスは黙り込む。


 ぎしり、と軋み音がなり、ベッドが揺れた。

 なにごとかと目を瞠るが、カレアムがベッドから降りたようだ。


 そのまま慣れた感じでテーブルまで行き、水差しを手に取る。コップに注ぐと、それをアリスに渡してくれた。


「ですが……いまさら王太子がなんで?」


 ありがたく受け取り、ひとくち含む。

 レモンの味がした。水差しの中にはいっているのだろうか。驚くほどに身体にしみわたる。夢中で飲み干したあと、ふと我に返って尋ねる。


「そりゃまあ、婚約者同士のときは仲良かったですが……。スー・ミラ嬢に出会ってからはすごかったですよ、彼女への愛情表現が。所かまわず抱き着いたり、キスしたり、べったり隣に座ったり。遅れてきた思春期みたいな感じで」


 その様子を思い出しながらアリスは語ったのに、公爵は失笑した。


「君が離れていかないと思っていたからこそ、王太子にしては大胆な行動に出たんだろうが……。ふたを開けてみたらこれで驚いたんだろう」


「そんなの知りませんよ。私だってプライドずたずたですし、お父様の立場もありますからね。よい縁談があればそっちに鞍替えします」


「結構ドライなんだな」

「は?」


 アリスはふたたびベッドに座るカレアムを見た。


「いや、王太子のことを憎からず思っているように見えたのでな。てっきりもっとこう、落ち込んだり引きずったりしているのかと思ったが」


「落ち込んだり、泣いたり、さんざんした結果が、カレアム公爵の前にいる私です」


 応じると、ぷ、と小さく笑われた。


「そうか。ではあの兄は、君が落ち込んだり泣いたりしているのを見て、『やっぱりこの娘は自分から離れない』と考えを強化したのかもな」

「あのあと、王太子はなにか言ってました?」


「あのあと?」

「私が酔いつぶれて寝ちゃったあとです」


「ああ。さんざん言っていた」

 カレアムはなんでもないことのように告げる。


「酔わせてものにしようとしている、とか。事実を捏造してアリスをものにしようとしている、とか」

「……え、どゆことですか」


 アリスがまばたきすると、カレアムが肩をすくめた。


「君が酔いつぶれたから、抱き上げて居室に戻ろうとしたら、そう言われたんだ。『アリスは自ら酒を呑むような娘ではない。お前が飲ませたのだろう』って。で、そのあと不同意性行為に持ち込み……」

「持ち込んだんですか⁉」


「持ち込んだように見えるか?」

「……みえない……のですが」


「酔って反応のない女にどうこうする趣味はない」

「……さようで」


「昨日、酔っぱらった女と一緒のベッドに寝ただけだ。だが、これをもって社交界では君が俺の妻になったことは知れ渡っただろう」


 がーんと。

 いまさらながら、二日酔いのような頭痛がした。



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