表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、ざまぁのために公爵と結婚しようと思います!  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/33

4話 元婚約者の態度に吐き気がする ※飲酒のせいではない

 そこは。

 混乱の極みだった。


「カレアム公爵の妻?」

「アリス嬢……ですよね」

「どういうことだ?」


 誰もがさっきの訪いの声に戸惑っている。

 アリスは婚約破棄されたハーベイ伯爵の娘。


 それが。

 いまはカレアム公爵の妻?


 そのただなかを、ふたりは歩く。

 まるで勝利の将軍が登場したように、人々は道を開けた。


 参加者の視線を一身に浴び、アリスはカレアムとともに威風堂々と歩く。


 こつり、と。

 カレアムが踵を鳴らして足を止めるから、アリスも顎をひいてつつましくその隣に控えた。


「準備に手間取り、遅くなりました」


 カレアムは淡々と階にいる四人に詫びた。


 会場の最奥。

 階の上には四つの椅子が用意されている。

 そこに座るのは、王と王妃。それから王太子と、新しく認定された王太子妃だ。


「王太子、このたびは《《二度目》》の婚約、おめでとうございます」


 二度目、というところをはっきりと発声するから、会場中が息を呑む。

 だがカレアムはなんの感情も見せない。


 反対に、怒気を放っているのは、新王太子妃と並んで座る王太子リシェルだ。


 カレアムと同じ黒い髪に黒い瞳。

 だが雰囲気がまるで違う。

 堂々たる体躯をしているカレアムに対し、リシェルは貴公子然としていた。


 どちらかというと中性的な顔立ちと体型。そのかわり、彼には人目を惹きつける花があった。


「ニールド公爵たるカレアム。兄君の新たなる門出の祝いのため、ただいま参上いたしました」


 そう言ってアリスに目くばせをする。

 アリスは小さく頷き、彼から腕をほどいた。


 カレアムが握った右こぶしを左胸に当てて王と王太子に敬意を示す。


 アリスもさっとドレスのすそをさばくと、背筋をすっと伸ばした。

 スカート部分をわずかにつまみ、左足を引いて腰をすっと落とす。


 それはこのうえないほど優美なカーテシーだった。


「カレアム公爵の妻、アリスでございます」


 その一言が。 

 会場の時を動かした。


 それまで。

 誰もが辺境の守護者と、王太子の元婚約者に目を奪われて身動きさえできなかった。


 美しい。

 それはか弱さでもはかなさでもない。

 心と体に芯があり、決して折れない気迫。


 その強さが美しさでもあると、会場のみなに知らしめた瞬間だった。


「いま、公爵の妻とアリスは言ったようだが」

 リシェルはじっと弟を見下ろす。カレアムは真顔のままうなずいた。


「ええ。俺の妻であるアリスです」

「アリス、どういうことだ。どうして君はぼくの元を去ろうとしているんだ?」


 困惑気味にリシェルが立ち上がるから、アリスは可笑しくなって噴き出した。


「私は王太子殿下に婚約破棄されました。もはやこの王城に私の居場所はございません。王太子殿下はそのお隣にいらっしゃる運命のお相手とともにどうぞお幸せに」


 ちらりとアリスは視線を移動させた。

 王太子の隣。

 つい一か月前まではアリスが座っていた椅子。


 そこにはいま。

 スー・ミラという名の娘がいる。

 貴族ではない。地方で活躍していた浄化師だ。

 配置換えにより王都にやってきて、そして王太子の目に留まった。


 年はアリスよりひとつ上。王太子よりよっつ下だ。

 金色の豊かな髪を結わずにおろしているところがこの娘らしいし、大きな胸を強調するドレスを着ているところもあざとい。おっとりとした物言いとやわらかな雰囲気にだまされがちだが、非常に野心的な娘だとアリスは知っている。


「どうやら私と王太子の間には運命とやらが介在しなかったようですので、私は私で運命の相手を探しましたの」


 アリスは隣に立つカレアムを見上げ、にっこりと微笑んだ。

 意図に気づいたのか、カレアムもわずかに口元と目元を緩める。そうするといとおしむような顔になるのだから役者だ。


「陛下に申し上げたところ、アリス嬢との結婚を認めてくださった。本当に幸せだ」

「こんな素敵な殿方に見初められ、私もうれしく思っています。リシェル王太子殿下もどうぞスー・ミラ嬢と末永くお幸せに」


 アリスはすい、と視線を階に向けた。

 視線の先にいるのはリシェル王太子。


 さっきまで困惑していたのに。

 いまは白皙の頬を紅潮させ、カレアムをにらんでいる。


 その表情が。

 非常に愉快だ。


「まあ、アリス嬢」


 いきなりの素っ頓狂な声に、アリスは若干のいらだちを覚えながら視線を王太子の隣に移動させた。


 そこにいるスー・ミラは、ぷっくらと肉感的な唇をわずかに開いて声を漏らした。


「浮気ですか?」

「浮気?」


 アリスはわずかに斜に構えて尋ねる。

 スー・ミラはぱちぱちとわざとらしくまばたきをしてみせた。


「だって……。婚約破棄から一か月も経っていないのでしょう? それなのにもう別の方と結婚だなんて。きっと王太子殿下と婚約中に浮気をなさっていたのでしょう」


 スー・ミラはキュルキュルと目を潤ませて隣席の王太子リシェルを見た。


「可哀そうな王太子殿下。だまされていらっしゃったのですね」


 待て待てぇい!とアリスは内心でツッコんだ。

 ならば、アリスと言う婚約者がいながらスー・ミラに運命を感じ、婚約破棄をした王太子こそ浮気だろう。


「ずっと彼女を狙っていたのは俺だ」


 なんて言い返してやろうかと歯ぎしりをしていたら、カレアムが堂々と言い放つからアリスはぽかんと彼を見上げる。


「いままで王太子妃だったから手が出せなかった。兄上が婚約破棄をしてくれたおかげで俺に好機が回ってきたというわけだ。別に彼女が不義を働いたわけではない。というか」


 カレアムが鼻を鳴らす。


「発言には気を付けろ。特大ブーメランになっておのれに返って来るぞ」


 そうだそうだ!とアリスは心の中でヤジを飛ばした。


「アリスとは婚約破棄をしたが、彼女と縁を切ったわけではない!」

「は?」


 今度は、怒鳴るリシェルをアリスはぽかんと見つめた。

 そのアリスを見つめ、リシェルはにっこりと微笑む。


 婚約中であればよく見た、とろけるような笑みだ。

 王国の淑女たちが自分だけに見せてほしいと黄色い声を上げる笑み。 


 心がひどく痛む。

 それは。

 アリスが愛したリシェルの笑みだったから。


「アリスにはぜひ、いままで通りぼくを支えてほしい。スー・ミラはぼくの運命の女性だが、ぼくにはアリスも必要なんだ」

「………は?」


 狼狽えたアリスの口から出たのは、言葉にもならない問い返しの音。

 リシェルは笑みを浮かべたままそんなアリスを見つめている。


「スー・ミラだって君が支えてくれたら心強い」

「あたしも業務を分担してくださったらうれしいですわぁ」


 にっこり笑うスー・ミラ。

 おもわずアリスは数歩下がった。

 狼狽は困惑に代わり、混乱につながった。酔っているせいだけではない。本気で意味が分からない。


(な、なにを言っているの……)


 自分は婚約破棄された。

 運命の相手に出会ったから、結婚できないと言われた。

 それなのにリシェルは「側にて」という。


「アリスだって僕の側にいたいでしょう?」

 リシェルはわずかに小首をかしげた。


「だって僕のこと、大好きだもんね?」


 その言葉に身体が震える。

 急にあの笑みが怖くなった。

 ぞわりと鳥肌が立つ。


『搾取している』


 カレアムはさっきそう言ったが。

 婚約破棄され、アリスはもうリシェルとなんの関係もなくなるのに。


(まだ……私を自由にしないつもり?)


 その気づきに身体が揺れる。

 その背を支えてくれたのはカレアムの腕だった。


「……こ、公爵」

「言いたいことはわかる」


「あの人……何言って」

「その反応は正しい」


「なんか急に吐き気が……」

「それは飲みすぎでは⁉」


 う、と口元を手で覆った時、がたり、と椅子の脚がこすれる音がした。

 誰もが一斉に階を見上げる。

 そこに立つのは王だった。


「我が子カレアムとハーベイ伯爵の子女アリスとの婚姻は予が認めた。公爵都の浄化師が老齢であることも加味した決裁である。早々に公爵都に戻り、国のために尽くすように」


「その命、承りました」


 アリスを支えたままカレアムが頭を下げる。アリスも彼に身体を預けながらも、精一杯お辞儀をする。


「どういうことです、父上! アリスはぼくのことが大好きなんですよ⁉ そんな彼女を公爵都に追放するなど……! 非道です! アリスが可哀そうだ!」


 リシェルが悲鳴のような声を上げる。

 ちらり、と。

 国王と視線が合ったような気がする。


 その目はいたわしげで、どこか詫びているようにも見えてアリスは動きを止めた。


「アリス」

「は……い」

「つらい思いをさせたな。許せ」


 国王はすぐに歩き出した。


「陛下! お待ちを」

「父上!」


 制止する王妃と王太子を無視するように侍従を連れ、国王は階を降りる。参加者は慌てて国王のために道を開け、そして頭を垂れた。


 その国王の姿を見たのが、アリスの最後の記憶だ。


 あとは「アリス⁉」と何度も呼びかけるカレアムの声を聞いたような。

 聞いてないような。


 アリスは。

 ただただ、ぐでんぐでんになって気を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ