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31話 夫、到着する

 元近衛隊のふたりと目があう。ふたりは目を潤ませ、扉にむかって声をかけた。


「よかった! ご無事です!」

「早くこちらに!」


 サリルとテトに続いて入室してきたのは、カレアムとセイオス。


 ……たぶんセイオスな気がする。

 確認ができなかった。


 なにしろカレアムが一直線にアリスのもとにかけより、抱きしめたからだ。


「カレアム……公爵⁉ ちょ……苦しい!」


 腕を背中に回され、ぎゅうと力を込められると、肺から空気が漏れた。漏れたはいいが、なかなか入ってこない。カレアムがさらに腕に力を込めて抱きしめるからだ。


「い、息が……!」

 アリスはそう言ったきり、言葉を潰えさせる。


「我が君! アリス様が死んでしまいます!」

「大変だ、アリス様!」

「公爵! 腕! 腕をゆるめて!」


 サリル近衛兵とテト近衛兵、それからセイオスがカレアムにとりついてなんとかアリスを拘束する腕を緩めてくれたおかげでようやくアリスは呼吸ができるようになった。


 リシェルに殴られずにすんだが、今度は公爵の手によって死ぬところだった。


「よくもアリスをかような目に!」

「ひゃあ⁉」


 いきなり横抱きにされてアリスは悲鳴を上げた。

 すぐ間近には怒りに燃えた目をしたカレアムがリシェルをにらみつけている。


 窒息死しそうになったのはカレアムのせいのような気もするが、それ以前のことであれば確かにリシェルの責任ではある。


「なぜここに?」


 いぶかし気にリシェルが問う。

 その彼を守るように近衛兵が数人、佩刀に手をかけて囲んだ。


「兄君に進言して罷免された近衛隊が、アリスの身を案じて我が領に来てくれたのだ」

「え……」


 アリスはカレアムの胸にしがみついたまま、サリルとテトに顔を向ける。

 彼らは力強く頷いた。


「我々だけではありません。隊長も苦言を呈し、職を辞しました。悪だくみが行われているのを知りながらじっとしていることはできず、公爵にご進言に向かったのです」


「悪だくみというのならカレアム! お前ではないか!」

 リシェルが指弾する。


「勝手にアリスを王都から連れ出し、王城を混乱させようとしただろう!」

「その前に婚約破棄なさったのは兄君でしょうに」


 カレアムが冷淡に告げる。


「俺は手順を踏みました。婚約破棄された娘に求婚してもよいかどうか陛下に伺いを立て、認められた。アリスの父であるハーベイ伯爵の許可もとりつけ、そしてアリスを妻に迎え入れたのです」


「その結果王都や王城がどうなるかお前はわかったうえでやったのではないのか⁉」


「そもそも、アリスがいなくなってからその重要性に気づく兄君がおかしいのでは?」


 カレアムが突き放す。


「アリスのもつ御業が突出したものであることにも気づかず、彼女をないがしろにし、それだけではなく別の女に現を抜かして傷つけもした。もう見ていられなかった」


 カレアムの言葉にアリスはどきりと胸が拍動した。


(見ていられなかった、ってことは。それまでもずっと見ていてくれたということ?)


 リシェルとスー・ミラの婚約式でカレアムは「やり返してやろう」とアリスに提案した。


 あいつらに一発かますのだ、と。


 カレアムもリシェルに対していろいろ思うところがあり、それでそのような発言をしたのだといままで思っていたが……。


(私のことをずっと気遣ってもくれていた、ということ?)


「俺の妻を勝手に略取したこと、陛下にはすでに申し上げている」

「その前に王都を……王城を混乱させたお前の罪を問うてやる!」


 リシェルが噛みつくが、カレアムは肩をすくめた。


「混乱に陥ったのは兄君だけでは? よほど王都の夏の暑さがこたえたと見えるが」

「お前のように田舎暮らしがなじんだ身ではないのでな」


「ではこれからはつらいでしょうな。果たして今回の一件でいつまで特別対応が許されるか」


 カレアムは冷ややかにリシェルを見た。


「公爵の妻を略取しただけではない。アリスは浄化師だ。浄化師は陛下によって任地が決められ、移動の自由が制限されている。そのアリスを勝手に王都に移動させ、公爵都の守りを危うくしたこと、ただではすまんぞ」


 唇を噛んでにらみつけるリシェルにカレアムは更に言った。


「あと、兄上はやはりアリスのことをなにもご存じない」

「なんだと⁉」

「アリスの窮地に馳せ参じるのは俺だけじゃない」


 カレアムの語尾に轟音がとどろく。


 屋敷全体が揺れ、アリスは悲鳴を上げてカレアムの首に抱き着き、リシェルは頭を抱えて床に伏せた。


「おお。どうやら待ちきれずに攻撃が開始されてしまった」

「え⁉ ひょっとしてこれ……お兄様⁉」

「この朝露城はフィリップ卿の砲兵隊によって包囲されている」

「お兄様!!!!!!」


 もうやめて!と蒼白になっていたアリスをなだめるように、カレアムは抱えなおす。


「このまま砲弾の餌食になるか、それとも……」


「リシェル王太子殿下! 陛下からのお召しである!」


 数人の騎士が扉から入室してきた。

 紺色の制服を着た騎士。

 陛下の近衛兵たちだ。


「こたびの件で陛下直々に詮議なさるとのこと。これが書状である。リシェル王太子殿下、おとなしく我らとともに王城に戻られよ」


 陛下の近衛隊長が巻物を開いてリシェルに告げる。

 リシェルはなにか反論したようだが。

 フィリップの第二攻撃により、その声はかき消された。


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