28話 元王太子妃VS現王太子妃 第二ラウンド
「よろしければお菓子もどうぞ。海外からの珍しいものもありますの」
ソファに座るのを待ってアリスは声をかけた。スー・ミラは憮然とした表情でティースタンドに並ぶ菓子を見ている。
たぶん、だが。
部屋の外でも粗が探せなかったのだろう。
どうせ田舎の貴族屋敷とバカにしていたスー・ミラが間違いだ。
公爵領は他国との最前線であり、輸入品や輸出品が集まる場でもある。
商売の町なのだ。
それが栄えないはずがない。
(いったいどんなところを想像していたのか知らないけど。こんな状態で王太子妃としてやっていけるのかしら)
最低限の知識がなければ訪問者に対して失礼にもあたるだろう。
王太子妃教育はどうなっているのだろうといらぬ心配までしてしまう。
「今日は公爵はいらっしゃらないの?」
スー・ミラはソファの背もたれに上半身を預けた。足を組む。深いスリットの入ったドレスだ。アリスは眉を寄せる。公爵都は王都よりも気温が低いから薄手の羽織を着ているが、その下はまるでキャミソールのような衣装。王太子妃だとは思えない。
「公爵は現地調査に。先ぶれがございましたら、ご到着にあわせてご挨拶ができたかと」
暗に『いきなり来たお前が悪い』と笑顔で伝える。スー・ミラもこたえるようにふふと笑った。
「あら、そう。わたしはてっきりあなたがまた愛想をつかされてほったらかされているのかと」
「確かに殿方の心移りというのは早いものですから。スー・ミラ様が王都をあけていらっしゃる間に王太子殿下の隣には別の女性がはべっているかもしれませんね」
スー・ミラがすごい剣幕でにらみつけてきた。
アリスはカップを手に取り、優雅にローズティーを口に運ぶ。喧嘩を吹っかけてきたから買ったまでだ。
売りつけて来たお前が悪い。茶でも飲んでおかないとやってられない。なんなら酒を持って来いと言いたい。
「それでスー・ミラ様。遠路はるばる公爵都まで何用です?」
「……その王太子殿下じきじきの用向きで来たのです」
「王太子殿下の?」
アリスはいぶかしむ。
てっきりスー・ミラが独断でアリスに嫌がらせをしに来たのかと思った。
「王太子殿下は至急アリス様に王都にお戻りになるように、と」
「は?」
問い直したのはアリスだが、シシリーを含めた室内にいるみんなが「は?」と言いたいのをこらえた。
「このように書状もございますわ」
スー・ミラが目くばせをしたら侍女がバッグから一通の封筒を取り出し、アリスに差し出した。
封蝋は確かに王太子のものだ。
封を切り、中を開ける。
文書に視線を走らせて唖然とした。
そこには確かに「王都に戻り、浄化師としての務めを果たすように」と書いてある。
「浄化師の仕事……。それは新たに王太子妃となったスー・ミラ様の仕事ではありませんか」
「わたしもやっていますが、間に合いませんの」
「間に合いませんって……。だからといってなぜ私が手伝わなければならないのです」
「だって王太子殿下が困ってらっしゃるのですよ? 毎日暑くて暑くて。ここは涼しくていいわね。あ、でも冬は豪雪地帯なのかしら」
スー・ミラはアリスを見て嫣然と笑った。
「王太子殿下の御心がやすらかになるように魔石を浄化していただきたいの。でないと王城内の魔石システムが滞っちゃうから」
「それを滞りなく行うのが王太子妃の最低限の資質でしょう」
アリスは困惑を通り越して怒りを覚え始めた。
服装が派手なのも最低限の国内の知識がないのもこの際構わない。
だが、浄化師としての素質がないなら論外だ。
王族は国を支え、大臣たちとともに政治のかじ取りを行い、その配偶者である浄化師は国のシステムを成り立たせる魔石を浄化することによって経済や国防を維持する。
そもそも浄化師は国内のバランスをとるために勝手に移動できない。
でないと浄化に滞りができてしまうからだ。
ひいては国内不安につながり、他国につけ入れられることになる。
そう。
いまの王都のように。
「よくその程度の覚悟で王太子妃になりたいなんて言えたものね」
「黙りなさい!」
「努力もしないの? 力が足りないならそれを補うなにかで工夫しなさいよ」
「わたしはあんたより優秀よ!」
スー・ミラが怒鳴るが、アリスはひるまない。
「だったら私に頼らずに自分で浄化すればいいじゃない」
「あんたが手を広げすぎたからこんなことになってるんでしょう!」
スー・ミラは裾を蹴散らすようにして立ち上がる。
「王都の防衛システムや神殿の治療石ぐらいならどうにだってなるわよ! だけど王城内を自動化させる魔石だの空調だの……! そんなのあんたが勝手にはじめたんじゃない!」
「私じゃない。王城のみんなよ」
「あんたに責任があるわ!」
「どうして」
アリスは頭を抱えたくなる。
「できないことはできないと言えばいいじゃない。もともと私が来る前は空調もそこまでしっかり効いてなかった。それがもとに戻るだけなんだから」
「それじゃあまるでわたしが能無しみたいじゃない!」
あきれてものも言えないとはこのことだ。呆然とアリスはスー・ミラを見上げた。
視線の先で、彼女はアリスを指さして命じた。
「王都に来て浄化しなさい!」
アリスはしばらく無言でスー・ミラを見つめていたが、ゆっくりと首を横に振った。
「いやよ。私はもう王太子妃じゃない」
「男爵夫人! 近衛兵を呼びなさい!」
命じられて侍女は首から下げた呼び笛を鳴らす。
戸惑うアリスたちは、すぐに部屋の外が騒がしくなったことに気づいた。それだけじゃない。悲鳴や荒々しい足音が近づいてくる。
そして一方的にドアが開けられ、近衛隊の制服を着た男たちがなだれ込んできた。
「これはどういうことです!」
おびえる使用人達を下がらせ、アリスがスー・ミラと対峙した。
「公爵都で勝手にかようなこと……! 公爵がお許しになりませんよ!」
「許されないのはあんたよ」
スー・ミラは半眼でアリスをにらむ。
「王太子の命に背くのなら国家反逆罪だわ。このまま近衛兵につかまって王都まで連行してもらう」
「そんなめちゃくちゃな! アリス様!」
シシリーがアリスに駆け寄り、スー・ミラをにらみつける。
アリスはシシリーをなだめながらも近衛兵を一瞥した。
(隊員が変ってる)
アリスの知り合いが誰もいない。上官らしい近衛兵でさえ知らぬ顔だ。
これではアリスの分が悪いのは確かだ。
「あんた、セディナ家の娘なんですって?」
スー・ミラが睥睨するようにシシリーに言葉をぶつけた。
「大富豪なんでしょう? 一緒に連れて行けば役に立つかもね。ねえ、その娘も一緒に……」
「シシリーさんは関係ないでしょ。私が行けばいいのよね?」
「アリス様!」
「奥様!」
メイド長や執事長が真っ青な顔で立ち尽くす。
アリスは安心させるように笑うと、まだ腕にしがみつくシシリーをぎゅっと彼らのほうに押しやった。
「王太子殿下に説明してくるわ。それはお門違いだって。とにかく王都に一度行ってくる」
「だけど……!」
とうとう泣き出したシシリーの背中を、アリスは笑ってなでた。
「大丈夫。すぐ戻って来るわ。そうね。公爵がご帰還されるまでに」
そういってアリスは屋敷をあとにしたが。
実際にはカレアムの帰還までに彼女が王都から戻ることはなかった。




