27話 元王太子妃VS現王太子妃 第一ラウンド
アリスの予想通り、夕方近くになって王太子妃スー・ミラは屋敷にやってきた。
焦る執事やメイドたちをなだめながら、「いつも通りでいいのよ」と励まし、なんなら休憩時間を設けてみんなでお茶を飲んでお菓子を食べ、ようやくほっと一息つけたころにスー・ミラご一行が到着した。
「ふぅん? これが公爵のお屋敷ねぇ」
応接室に入ったスー・ミラは室内を見回し、独り言ちた。だがあきらかにアリスに聞かせているのは確かだ。
玄関ホールに入った時から、つんと澄まし顔だが、内心なんとか粗を探してやろうと必死なのがアリスにはありありとわかる。
メイドたちも執事たちも素晴らしい。
非の打ち所がない動きでスー・ミラ一行を招き入れ、アリスの指示に従いながらつつましく動いている。
(どうせ片田舎だと侮っていたんでしょうが)
そもそもカレアムは王族なのだ。
その王族の世話をするために集められたスタッフたちだ。素養も資質も、もちろん礼儀作法も一流だ。
ただ、カレアムがあんな感じなのでいままでその技が披露されなかっただけ。
アリスが認め、ほめ、緊張が解ければ、この仕事ぶりもなんら驚くことはない。
「どうぞおかけください」
うろうろと室内を見て回るスー・ミラに、アリスは仕方なく声をかけた。
部屋の隅にほこりでも溜まってないかとか、装飾品にケチをつけてやろうかと思っているのだろうが、そんなことありえない。掃除は完璧だし、装飾品に文句をつけたらそれは己の教養の無さを示すことになるものばかりだ。
スー・ミラは侍女を背後に立たせ、ソファに座った。
静かに執事がお茶をサーブする。その手つきも見事でアリスもほれぼれとするほどだ。
同じようにアリスもシシリーを背後に立たせて座る。すぐにメイドが同じようにお茶をサーブしてくれた。茶がカップに満たされると甘やかな香りが立ち上った。
「ハーブティー? 辺境で茶葉もないの?」
スー・ミラが勧められてもいないのにカップを手に取ってくすりと笑った。カチンときたシシリーが口を出す。
「失礼ですが、そのローズティーは極上品です」
「まあ! やっぱり田舎ねぇ。使用人が許しも得ずに口を出すなんて」
スー・ミラがわざとらしく目を丸くする。さらにシシリーがなにか言い返す前に、アリスは静かに割って入った。
「良質な水が沸くからでしょうね。公爵領のバラ関連商品は隣国でも高値で取引されるんです。ああ、そうかシシリーさん。このローズティー、あまりに希少だし高額なので王都では買い手がつかないんでしたっけ」
「ええ、そうです。あまりにも高くてお貴族様さえ尻込みなさいます」
「なので外国の王族向けに販売されているんだったかしら」
「ええ、さようでございます、アリス奥様。お得意先様は、隣国のナラン王、それから海を渡ったミワ皇国の皇帝様。王都にはいわゆる二流品しかおろしていないと父が申しておりました」
「さすがセレディナ殿のご令嬢。お仕事のことについてもお父様からいろいろ教わっておいでなのねぇ。そんな方に侍女をしていただけるなんて本当に光栄」
さりげなくシシリーの素性を説明し、にこにこ笑いながらアリスはスー・ミラを見つめた。
「他国の王族が重宝なさっているハーブティーですが、スー・ミラ様のお口にあわないようなので。執事長」
「はい」
「スー・ミラさまのお口にあうような普通のお茶を」
「かしこまりました、奥様」
「結構よ!」
カップを差し替えようと近づいた執事と執事長をスー・ミラは怒鳴りつけた。
「公爵の関所からここまで随分とお時間がかかったようですが、公爵都はご堪能いただけまして?」
アリスは小首をかしげて見せた。ちらりと見ただけだが、侍女たちが乗る馬車の方には商品が山積みになっており、それを隠すように布がかけられていた。
「やはり王都にはないようなものが多くて。つい珍しく。ねぇ? 男爵夫人」
スー・ミラが鼻で笑い、侍女に話しかけた。侍女も追従するように「さようで」と笑う。どうやらあちらの侍女は男爵夫人のようだ。
「そうですか。私は王都でも見慣れたものばかりですが」
不思議な顔をしてアリスは目をぱちぱちさせてみせた。
「ああ、スー・ミラさまはまだ王都に来て日が浅いからでしょうねぇ。それともお好みの商品が私と違うのでしょうか」
「そうではないですか、アリス奥様。公爵都は品がよく趣味の良いものばかりがそろっておりますから」
「ここは海も近いですから。貿易が盛んなのです。王都に運んで売れば輸送代金や手間賃がかさみますから。なかなか手に入らない金額になるのでは? どうぞお買い物もお楽しみになって。あ、そうだシシリーさん、なんならセレディナ殿に言って何点か見積もっていただく?」
「すぐにお父様に……」
「必要ないわ!」
スー・ミラは言うと、すくっと立ち上がった。
「化粧直しに行きたいのだけど!」
「ではご案内いたします」
メイドが案内をし、スー・ミラは侍女を連れて部屋を出た。
パタンと扉が閉まる音がし、足音が遠ざかる。
それを確認してから、アリスは深々とため息をついてソファに沈んだ。
「なんとか第一ラウンド終了ってとこね」
「応戦いたしましたな」
執事長が重々しく頷く。
「なにあの女―――――――! 何しに来たの――――――!」
シシリーが地団太踏んで怒っているが、隣のメイド長は床にくずおれていた。
「シシリーさんが言い返した時、肝が冷えましたよ」
「だけど腹立つじゃないですか!」
「あそこでシシリーさんが言い返してくれたから私の反撃ターンが来ましたからね。ナイスタイミングでした」
「ほらあ!」
「だけど胃が痛いことでございますな……」
執事長がおなかを片手で押さえながら言う。アリスは苦笑した。
「急に化粧直しとか言い出したのは、この部屋の外で粗を探そうとしてるんでしょうね」
「なんの! 遅れてきたのが幸いしましたね! 掃除はばっちりでございます!」
メイド長が息を吹き返す。
なにしろ彼女は掃除の鬼。その仕事に妥協という文字はない。
「さあ、もうそろそろ戻って来るでしょう。次はここに来た理由を探るわよ」
執事長とメイド長、それからシシリーがうなずいたとき、それを見計らったかのようにスー・ミラたちが室内に入ってきた。




