25話 幕間2
「まあ、いやだ。ここも暑いのですねぇ」
「なんなんだよ、その格好は」
眉を顰めるスー・ミラ。
リシェルはその彼女の姿を見て眉をしかめた。
スー・ミラは随分と露出の激しい服装をしていた。
ノースリーブだ。しかも胸は大きく開き、ドレスにはざっくりとスリットが入っている。まるで踊り子だ。
「王太子妃としての気品を保ったら?」
「だって暑いんですもの」
「だったらもっと努力して魔石を浄化したらどう? いますぐにでも」
「わたしは月1回しか浄化できないって言ったじゃないですか」
「それでもアリスはもっと一回の量が多かった!」
つい怒鳴りつけてからさすがにしまったと思った。アリスを引き合いに出したのはまずかったか。すぐに謝ろうとした矢先、
「わたしより王妃様をお叱りになっては? いくらブランクがあるとはいえ……。あんな量しか浄化できないなんて」
わざとらしく肩をすくめて見せるスー・ミラを見て、リシェルは初めて彼女に怒りを覚えた。
「母上になんてことを……!」
「というかそんなことを言いに来たんじゃありませんの。あのね、王太子殿下」
「なんだ!」
「わたし、いまから公爵都に行ってアリス嬢に王都に戻って来るようお願いしに行こうと思って」
「……アリスに?」
スー・ミラの発言にリシェルはぽかんと彼女を見つめた。
「ええ、そう。だってこんなに暑いじゃありませんか。王太子殿下も困っておられるのでしょう? きっと心優しいアリス様はすぐに戻ってきてくださいますわ」
スー・ミラはにっこりと笑った。
「きっとアリス様はご存じないんですよ。王太子殿下が困っておられるのを。そう思いません? アリス様はただ知らないだけなんです。王太子殿下の窮地を」
「そう……か。そうだよね!」
リシェルは大きくうなずいた。きっとそうだ。王都から遠い田舎になんぞ連れていかれたから、いまのリシェルの様子がわからないのだ。
「だからわたし、いまからちょっと行ってきます」
「スー・ミラ、すまないが頼む」
「申し訳ないんですが、一筆いただけます? それを持って向かいますわ」
「すぐ用意する。それから道中危ないかもしれないからぼくの近衛隊を連れて行けばいい」
アリスが公爵都に行くと同時に大半の隊員が辞表を出してしまい、いまはリシェルもあまり知らない顔ぶれの近衛隊だ。
アリスと近衛隊は仲が良かった。常に一緒に行動していたからだ。
今回、スー・ミラと同行させればアリスとのように仲良くできるかもしれない。
「公爵都までの宿泊はそれなりのお宿をとってもかまいませんか?」
「当たり前だよ。スー・ミラは王太子妃なんだからね」
「ありがとうございます。じゃあ、わたしがいない間、王妃様に浄化を頼んでくださいませね」
そうしてスー・ミラは執務室を出た。
「さ、行きましょう。みんな」
スー・ミラは廊下に待機させていた侍女に声をかけた。侍女は深々と頭を下げる。
彼女を従え、スー・ミラは歩き出した。
(まったく想定外だわ)
王太子妃なんていい仕事だと思ったのに。
『あたしがもうちょい若けりゃねぇ』
地方の浄化師たちはみな、そう言ってひとを笑わせていたものだ。
『そしたら王太子殿下の奥様になれたかもしれないのに』
そう。
王族の配偶者は浄化師と決まっている。
もし女性の王太子ならば男性の浄化師が。
男性の王太子ならば女性の浄化師が。
年頃になれば国中にお触れが出て未婚の若い浄化師たちは集められ、適性判断ののち、配偶者が決められる。そうして魔石を浄化することで国に一生奉仕するのだ。
『アリスなんかよりわたしのほうが絶対うまくやれる』
地方の田舎でくすぶっていたスー・ミラの口癖はそれだった。
なぜ自分は田舎なんぞに生まれたのか。
もし王都で生まれていたら、アリスのように目に留められたはずなのに。
『わたしのほうが優れているのに』
そう豪語するたびに、年配の浄化師たちに笑われた。
『あんたが? アリスに? 足元にも及ばんね』
そのたびに食ってかかった。
スー・ミラの実力はこのあたりでは一番だ。遠方からわざわざ依頼に来るほどだというのに、年よりであればあるほどスー・ミラを諭そうとする。
『選ばれるべくしてアリスは選ばれたんだ。あんたは選ばれなかった。それだけだろう?』
違う、とスー・ミラは歯噛みした。
もし自分が都会にいたら。
こんな田舎でなければもっといい目をみたはずなのだ。
そして両親や先輩浄化師の忠告を無視し、配置願を出し続けて王都に出てきた。
浄化師という立場をうまく利用して王太子リシェルにも近づき、とうとうアリスを蹴落すことにも成功した。
いや。
自分は本来いるべき場所におさまっただけだ。
そう思っていたのに。
「スー・ミラ様! こんなところに……!」
後ろから呼び止められてスー・ミラは盛大に顔をしかめた。
振り返らずともわかる。
王太子妃教育の家庭教師たちだ。
「まだ本日の課業が終わっておりません!」
「第二外国語、それから王家の歴史の家庭教師がお待ちです!」
想定外と言えば、この王太子妃教育が想定外だった。
まさかこんなに過酷で知識量が必要だと思っていなかったのだ。
一夜漬けでどうにかなるレベルでもなければ、「字が書ける」「字が読める」レベルでこなせるものでもなかった。
はっきりいって、王太子妃教育についてはスー・ミラはアリスの足元にも及ばなかった。
「魔石の浄化についても神殿から問い合わせが入っておりますが!」
スー・ミラは声を振り切るように足を速めて、はっきりと舌打ちした。
しかも「アリスより上」と思っていた浄化の力さえもアリスの量に及ばない。
いったいどうやればあれほどの量をこなせるのだ。
当初持ち込まれた魔石の量を見て「冗談でしょ?」と尋ねたほどだ。
だが侍従たちはきょとんとして「アリス様はこれを毎日こなしておられましたが」と答えるではないか。
「どうやって!」と尋ねたら、侍従たちは「知らない」という。
王太子リシェルなら知っているのかと思っていたら、リシェルも小首をかしげて不思議そうに言う。
「さあ? アリスはいつもやっていたぞ。君もできるだろう?」
なにをどうやって!とスー・ミラは怒鳴りつけてやりたかった。
こんな量を処理するには昼夜なく働くしかないではないか!
「スー・ミラ様、よろしいのですか?」
侍女が不安そうに尋ねる。後ろから追ってくる王太子妃の教育係と神殿からの使いのことを言っているのだろう。
「かまわないわ。わたしにはわたしの仕事があるもの」
軽やかに笑って見せた。
(どうせアリスだって辺鄙な田舎ぐらしに懲りたでしょうから。わたしが甘い言葉をかけて『王都で仲良く暮らしましょう』といえば懐かしくなって戻りたがるはず)
公爵都がどんなところか知らないが、王国の端っこだと聞く。
きっと森や山ばかりで道さえ険しく、人よりも獣の数のほうが多いところだろう。
なにかを買おうと思っても王都から取り寄せるしかなく、それも何日もかかるに違いない。冬は寒さが厳しいとも聞くので、食生活も貧しいかも。
そんなところの使用人など、掃除をするぐらいしか能がないのではなかろうか。王都のような言葉遣いもできず、方言丸出しかも。
そんなところより王都の王城暮らしのほうがましだ。
(王都での暮らしを許す代わりに、浄化をさせよう)
ウィンウィンではないか。スー・ミラは笑った。
「暑い王都なんてごめんだわ。道中のホテルでのんびりしましょう」
そう侍女に声をかけて彼女は王城を出た。




