24話 幕間1
アリスたちが王都を離れて半年が経過した。
王都の市場や王都民たちはまだそこまでの不便を感じることはなかったが、生活を全面的に魔石に頼っていた王城と神殿は、すでに困り果てていた。
魔石の浄化が追い付かないからだ。
「どうにかできないの?」
リシェルの声は淡々としている。だが内心のイライラをぶつけるようにリシェルは書類を国王付きの侍従官に叩きつけた。
その書類はさっき陛下より届けられたものだ。リシェルが依頼した「浄化師たちの王都招集を認めない」旨が書かれている。
「こう暑くては……おかしくなりそうだよ」
そう言う彼のこめかみからはすでに汗がとめどなく流れている。
怒りのためだけではなく、単純に空調が滞っているからだ。
なんとか陛下の執務室や謁見室だけは魔石による冷房が効いているが、それ以外は窓を開け放つ以外に涼をとるすべはない。
「浄化師は、そうそう動かすことはできません」
書類をぶつけられるという恥辱を受けながらも、国王付き侍従官はあくまで冷静に告げた。
「そもそも国内にいる12人の浄化師は必要があってその地区に配置されているのです。国難でもない限り動かすなどもってのほか」
「これが国難でなくてなんなの? この国の王太子が暑さで死にそうになっているけど。 それだけではないよ。照明は消え、火おこしは人力になり、洗濯も滞る始末だと聞くけど?」
「以前の生活に戻っただけではありませんか」
「以前の生活って?」
「アリス様がいらっしゃる前の生活です」
侍従官が告げる。
リシェルはあらためて侍従官の顔を見た。
そうだ。
この男は国王付きであり、スタンレー家に連なるものではなかったか。
アリスに不必要に甘かった一族だ。
「アリス様の稀有なお力のおかげで、この王城は魔石を動力とし、様々な恩恵を受けていたのです」
「なるほど。で?」
「王太子殿下はその代わりにスー・ミラ嬢を王太子妃にお選びになりました。スー・ミラ嬢にお願いされてはどうでしょうか」
侍従官はそれだけ告げると、床に散った書類を一瞥してリシェルの執務室を去っていった。一礼もせず。
「………!」
リシェルはこぶしを執務机に叩きつけた。流れる汗が机の表面に散る。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
あんなに自分に惚れていたアリスがあっさり離れていくとは思わなかったのだ。
それが正直な感想だった。
『アリス嬢は近年まれにみる浄化師です! そのため王太子妃として選ばれ、厳しい王太子妃教育にも耐えておられるのですよ⁉ それもこれも国に尽くすために!』
スー・ミラを新たな王太子妃として迎えるために、アリスとの婚約を破棄したいと言った時、宰相も軍務大臣も外務大臣も。近衛隊隊長さえ大反対をした。
『スー・ミラも優秀だよ、心配しなくていい。それにいざとなれば母上も浄化を手伝ってくださると言っている。アリスがいくら優秀だと言っても、ふたりの浄化師にはかなうまい? それに、いざとなればアリスも手伝ってくれるよ、きっと』
『本気でおっしゃっているのですか⁉ アリス様が王太子の求めに応じて尽力してくださると⁉』
『別にぼくはアリスが憎くて婚約破棄したわけじゃないもの。アリスはぼくの運命の女性ではなかったけど、ぼくたちにはぼくたちなりの関係性がある。ぼくの頼みは快く引き受けてくれるさ』
宰相は深くため息をつき、軍務大臣はこぶしを握り締め、外務大臣は隣国の言葉でののしり、近衛隊長は次の日に辞表を出したが、陛下によって押しとどめられた。
リシェルは不思議だった。
なにがそんなに不安なのだ、と。
アリスは自分に惚れている。
それは確かだ。
だから頼めばいつでも助けてくれる。
そう思っていた。
(だってぼくはスー・ミラの言うことならなんでもかなえてあげるのだから)
愛しい人の頼みを断るはずがない。
そう信じていた。
それにスー・ミラと母の浄化師としての能力を信じていた。
結果的にそれは過信だった。
なにしろふたりがどう頑張ったとしても、王都防衛の魔石と神殿の治療用魔石。それからいくばくかの魔石しか浄化できないのだから。
「カレアムめ……!」
あの憎たらしい異母弟。あいつがまさかアリスをかっさらっていくとは想像もしていなかった。
しかもアリスが唯々諾々とカレアムについていくとは!
「王太子殿下」
こつこつこつとノックの音がする。
「入って来ないで」
そう命じたのに、意にも介さずに扉が開いて顔を見せたのはスー・ミラだ。




