22話 お兄ちゃまだよ!!!!!
二人そろって屋敷の応接室に顔を出すと、長身の軍服男が振り返った。
「アリス! お兄ちゃまだよ!!!!!!」
破顔し、両腕を広げるからアリスは苦笑した。
離れて数か月だが、相変わらずの兄のようだ。
「お兄様、いらっしゃるのなら手紙で知らせてくだされば準備もできましたのに」
「さぷらーいず」
そう言ってフィリップはアリスを抱きしめた。彼からは懐かしい実家の匂いがする。
「フィリップ卿におかれてはお健やかでなにより」
すぐそばでカレアムの低い声が聞こえた。
フィリップに抱擁されたまま視線を移動させると、きちんとカレアムは頭を下げていた。
「公爵殿もご健勝でなにより。妹もかように元気で過ごしていること、家族の一員として礼を言う」
それに対してフィリップも殊勝な返事をするから驚いた。こんな言葉がつかえる兄だと思っていなかった。
「ところで今日はどうしたの?」
「なぁに、有給がたまっていてな。それを消化しろと上官に命じられたから。ついでにお前の顔を見に行こうと」
「……本当に?」
「どういうことだ?」
「なにか上官ともめたとかじゃないの⁉ あ! そういえば私に聞こえるように毎日砲弾打つとか言ってたけど、あれをやったんじゃないでしょうね!」
「バカ者! お兄ちゃまとて音がどこまで届くかぐらい見当がつく! だから王都からの速度と距離を計算し、ぎりぎりまで……」
「やめてよ! やったんじゃない!」
「せめてそれぐらいさせてくれ!」
「砲弾も税金よ⁉」
「大丈夫! 訓練で使用したから!」
「そういう問題じゃないでしょう!」
ぎゃあぎゃあと兄妹で言い合いをしていたら、カレアムが咳ばらいをした。
「まずは……座ってお茶でもどうだろうか」
いつの間にか執事とメイドがテーブルにお茶と茶菓子を用意してくれていて、アリスは恥ずかしさで頬を熱くしながらフィリップの腕から逃れ出た。
「いやあ、妹と会えたことが嬉しくてつい」
「ついじゃないわよ!」
ぷんすか怒りながらソファに移動し、カレアムの隣に座ろうとしたら、フィリップが「え!」と声を上げる。
「お兄ちゃまの隣じゃないのか!」
「なんでそうだと思うのよ!」
「いつもそうじゃないか!」
「もう結婚したの!」
「そういう事実を告げるのはやめろ!」
頭を抱えるフィリップに、アリスのほうが頭を抱えたくなる。
「……すみません、こんな兄で」
「いや。意外な一面を見た気がする」
「兄のですか?」
「君の、だ」
「え?」
小首をかしげて隣を見ると、カレアムはくすりと笑った。
「威勢がいい娘は好きだ」
「はぅ! 違うんです! いつもはこうじゃないんです!」
「お兄ちゃまの前でいちゃつくのはやめろ! カレアム公爵! それはこの俺に対する宣戦布告とみなし……」
「お兄様はもう黙って!」
向かいの席に座るフィリップにぴしゃりと言い放つと、「お座り」を命じられた犬のようにフィリップはうなだれた。
「ハーベイ伯爵はお元気だろうか。王太子が屋敷を包囲した件では、なんのおとがめもなく、むしろ陛下からは見舞金が届けられたと聞くが」
さりげなくカレアムが助け舟を出す。
「ああ、そうなのだ。その節は妹を連れ出してくださり、なんと礼を言っていいか」
フィリップは再び頭を下げた。
「それにさすが陛下だ。すべては王太子の愚行と言ってくださり、当家はいつもと変わらず過ごしている」
「それはよかった」
「あ。そうだ。それと……こんなことをアリスに頼むのは気が引けるのだが」
フィリップはようやく本題を思い出したとばかりにアリスに視線を向けた。
「いま、王都では魔石の浄化が滞っていてな。ありがたいことに当家にはアリスがおいていってくれた魔石がやまのようにあるのでなんの不都合もないのだが、例年にない暑さのために体調を崩す高齢者が出ている。浄化が滞って屋敷の空調が利かないためらしい」
フィリップは軍服のポケットから、革袋を取り出した。
開いて見せると、そこにはいくつかの魔石がいれられている。
「陛下のご采配により、魔石の浄化は『王都民と神殿が優先』とされており、貴族たちは配給札が配られ、その順番でしか魔石が浄化してもらえない。もちろんコネをつかった上流階級が幅を利かせているのだが……。高齢者を抱える貴族のなかには困り果てている者も多くいる」
アリスは隣に座るカレアムに視線を向ける。カレアムは無言だ。フィリップはつづけた。
「この魔石は、スタンレー家とマンドレイ家から預かってきたものだ」
「あ……。確か両家とも高齢の方が……」
「そうなのだ。カネは支払うので、できれば浄化をしてやってもらえないだろうか」
「その家とハーベイ伯爵家はどういう関係なのです?」
カレアムが尋ねる。フィリップが答えた。
「姻戚関係があるわけではないが、アリスが王太子妃として仕えていた時、影になりひなたになり支えてくれた」
「私にとっては会えば心安らぐ人たちなのです。いつもお菓子をこっそり持ってきてくれて……」
王城内ではみながアリスに好意的ではなかった。
スー・ミラのように虎視眈々と王太子妃の座を狙う者もいれば、ハーベイ伯爵とは政敵関係にある一族などはあからさまにいじわるや嫌がらせをされた。
そんななか、スタンレー家とマンドレイ家のみなはアリスを守ってくれた数少ない貴族だったのだ。
「いま、アリスが公爵都でセレディナ家とともに浄化の仕事を請け負っているのは知っている。それもすでにかなりの予約数で半年待ちになっているとか」
「そうなのですか⁉」
初耳だったがカレアムが無言のところを見るとそうなのだろう。
「実妹という関係性を使うことに罪悪感があるのだが……。辛いときに支えてくれた両家が困っているのを黙ってみていることはできず、こうやって馳せ参じたのだ。公爵殿、妹にこの石の浄化を頼んでもいいだろうか」
普通に順番を守っていては夏が過ぎて冬が来るのだろう。
この夏が無事に乗り切れれば問題ないのだろうが、フィリップがここまで来て頼むということは切迫した状態にあるに違いない。
アリスはカレアムに視線を送る。
カレアムはその視線を受け、すんなりとうなずいた。
「君が判断すればいい」
「……いいんですか?」
「ただし、何度も言うようだがそうやってなんでもかんでも引き受け、結果的に疲れていくようなら」
「そんな心配は無用です」
「もとより妹に無理などさせん」
アリスとフィリップが同時に発し、カレアムはびっくりしたような顔をしたが、すぐに小さく笑った。
「やはり兄妹だな。よく似ている」
フィリップは満足そうだが、アリスは不満だ。いったいこの兄とどこが似ているというのか。




