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2話 ざまぁに向けての密談

 カレアムが長い足を組む。かちゃり、と。今度は硬質な音がした。なんの音だろうと目を凝らす。彼の佩刀が座面に当たったためらしい。


(ああ、軍人さんなんだ)


 王太子リシェルとは都合4年間、婚約者として過ごした。


 だが彼が剣を佩くことはほとんどない。つけるとしても儀礼用のものだった。

 それに軍服を着ることも稀だ。


 王宮の中で文官たちと過ごす王太子。

 それに対し、辺境で国境を守り、軍服を着て剣を佩き、馬で駆ける第二王子。


 ふたりは対照的であり、また、仲が良いとはいえなかった。

 アリスも婚約期間中にカレアムと何度か顔を合わせて会話をした記憶があるが、王太子リシェルが近づいてきたら、彼はさっさとどこかに行ってしまった。


 逆もしかりだ。

 カレアムとアリスが会話をしていると視線を感じ、振り向くと遠くからリシェルがにらみつけるように見ているときがあった。


「君、魔石を浄化する力があるのだろう?」

「ええ、はい」


 問われてアリスは意識を引き戻す。同時に、きょとんとしたままうなずいた。

 そもそも、魔石を浄化する力があることが王太子妃の条件なのだ。


 陛下の細君である王妃陛下にも浄化の力があり、王太子妃のころはその力を使って国に貢献した。


「その君が王都からいなくなる。これ以上の混乱があるか?」

「え? いやあの……。浄化の力ならスー・ミラ嬢もありますよ?」


 戸惑いながらアリスは言う。


 この国には魔石と呼ばれるものが多数ある。


 それを原動力として、明かりをつけたり火をつけたり。夏に涼しい風を吹かせることもできれば、寒い冬に温かい風をふかせたりすることもできる。もちろん軍事転用もされており、そのおかげでこの国は創国以来、他国から侵略されたこともないし、攻撃されたとしても完膚なきまでに叩き潰してきた。


 もちろんその所持については厳重に管理されている。魔石は国外持ち出し禁止であるし、もしその禁を破れば一族郎党、女子ども関係なく獄にいれられ、主犯は死刑だ。


 それでもなお、時折魔石が国外に持ち出されることがある。

 他国での使用は、一時的には可能だろうが、永続性はない。


 なぜなら魔石というのは、定期的に浄化師による浄化が必要だからだ。


 力ある浄化師は国家によって管理されており、陛下からの命令がない限り居住区の移動はできない。そうやって必要な場所に浄化師は配置され、国家運営に必要な魔石を浄化するのだ。


 浄化師によってやり方はさまざまだ。


 アリスは自分で作った蒸留水に魔石を浸し、そのあと顕微鏡を用いてくすみを探し、絹の布で徹底的にふき取る方法をとっている。


 他の浄化師は、満月の夜に清水で洗ったり、毎月決められた日に潔斎をしてのち、明け方の光にかざして踊ったり。夜に降り続ける雨で魔石を洗ったり。


 スー・ミラは確か新月の夜に祭壇を組んで燃やし、その火に掲げながら祈りの舞いを踊るのではなかったか。


「確かに浄化師はこの国に12人いる。君を含めてな」

「そう……ですね」


「だが君ほど有能な浄化師はいない」

「そんなことありませんよ」


 あははは、とアリスは笑ってワインを飲んだ。


「私より有能な浄化師はたっくさんいます! 公爵都にいらっしゃる方も高齢ではありますが、有能な方ですよ?」


 確か老紳士だ。数度お会いしたことがある。


「ジェロのことか? 確かに。なら言い換えよう。君は都合がいい浄化師なんだ」

「都合がいい?」


 グラスに唇をつけたまま、アリスはまばたきをした。カレアムがうなずく。


「君は水と道具さえあればいつでも魔石を浄化できる」

「まあ……そうですが」


 ごくりと飲み干し、小首をかしげて見せた。


「それは他の浄化師のみなさまも同じですよ? スー・ミラ嬢だって道具があれば……」

「いいや。ほかの浄化師と君との違いは明白だ。君は気象条件や月齢に左右されない」


「あ」

 ぽかんと口を開いたまま次の言葉が出ない。


 確かにそうだ。

 王太子の婚約者となって以降、アリスは王太子妃教育を受けながら毎日のように王宮内どころか王都の魔石を磨きまくっていた。


 それは。

 ほかの浄化師のように、満月を待ったり、夜に降った雨が溜まるのを待ったりと、気象条件に左右されないからだ。


「王都の連中は君の有能さに気づいていない。当たり前としてこの王都の繁栄を享受しているが、地方では魔石の浄化に天気や月齢、果ては浄化師の体調にも左右されるからな。浄化師は王侯貴族のような扱いをうけている」


「へぇ。そうなんですね」

「へぇ、そうなんですね、じゃない。君は搾取されているんだ」


「さくしゅ」


 繰り返してみてもなんかあまりピンとこない。仕方ないのでもう二、三回繰り返してみた。


「さくちゅ……じゃない、さくく……。じゃない。さくしゅう。あはははは! 発音難しい!」


 カレアムは忌々し気に舌打ちした。


「君までそんな感じか。やはり陛下の言う通り、一度王都のやつらは痛い目をみればいい」

「陛下?」


 アリスは笑いをおさめてカレアムを見た。カレアムはアリスを一瞥する。


「陛下は君の能力の高さに目をつけて王太子妃として迎えたんだ」

「そう……だったんですか? てっきり家柄とかだと思ってました」


「だから怒り狂っている。王太子が勝手に君との婚約を破棄したから」

「え? 婚約破棄については陛下の了承は得ているとお聞きしましたが」


「王妃陛下の了承は得た、だ」

「あー……。甘かったですからねぇ、王妃陛下」


「兄上に、だろう?」

「ええ。男の子ってそんなに可愛いのかって思うぐらいですよ。ってか王太子、もう25ですよ? それなのにもうベタベタくっつくのなんの」


「目に浮かぶようだ」

「王妃陛下に会うたびにハグとキス。ソファに座るときは絶対隣だし、お菓子は『あーん』って」


「うわ。ないわ。それに甘んじてる兄上もないわ」

「公爵もそうだったのでは?」


「あるか、そんなもの」

「私には兄がいますが、物心ついたころには母がいなかったので。他所の家ではこれが普通なのかなと」


「変なことを学習するな」

「違いますか」


「俺は違う」

「へー」


「いや、違う」

「あ、やっぱり『あーん』って」


「違う。話がずれていると言っている」

「なんの話してたんでしたっけ。あ、ワインもう少し欲しい」


「待て、話が先だ。つまり、君が俺と結婚して公爵都にいけば、魔石の浄化スピードが極端に落ち、王都も王宮も大混乱に陥る、と言う話だ」

「それがどうざまぁにつながるんです?」


「ニールド公爵領なんて田舎だとバカにしている王都のやつらが、頭を下げてわざわざ出向いてくるんだ、君の所へ」


 にやりとカレアムは笑った。


「遠路はるばる馬車を連ね、あいつらは魔石を持って『田舎だ』『野蛮だ』とバカにする公爵都に来るわけだ。そして、『婚約破棄された可哀そうな娘』に深々と頭を下げて『お願いします、浄化してください』と頭を下げるんだ。なんなら土産にうまい酒も持参するかもしれんな」


 アリスは目をぱちぱちさせる。カレアムはつづけた。


「王太子だってそうだ。いままで君が魔石を適切にスピーディーに浄化していたから快適に過ごせていたが、君がいなくなればそうはいかない。王城内にある魔石の浄化スピードが落ちたら、空調がまず落ちる。夏は暑く、冬は凍えて過ごさなくてはならなくなるぞ」


「おお……!」


 ちょっと興味がわいてきた。

 えらそうな人たちに『アリスさま、浄化をお願いします』とお願いされてもあまりなんとも思わないが。


 王太子が夏の暑さにへばるのはみてみたい!


「もちろん新たな王太子妃が一生懸命浄化をするだろうが、月一だろう? 浄化ができるのは。そうなると『部屋を快適に過ごすための魔石』など優先順位が低くなる。まずは王都全体を覆う防護壁用の魔石浄化が最優先だ。その次に王城と王都の夜間照明といったところか。暑さ寒さなど堪えろと言う話だ」


「ですね!」

 くくく、とアリスは笑い、人差し指を立ててカレアムに言う。


「照明用の魔石だけでいくつあると思います? 王都の夜間照明の魔石は? それだけじゃありません。神殿で使用している治癒魔法の魔石。あれは絶対浄化しないとですよね! そしてなにより王都全体を覆う魔術用の防護壁! この魔石の浄化がどれだけしんどいか……!」


「君はそれを毎日こなしてたわけだろう?」


「毎日こなして、空調設備用の魔石や調理場の竃温度調整の魔石もやってました!」

「スー・ミラという女は月一回の浄化なわけだ」


「あー大変! 神殿と王都の防壁で手いっぱいかなぁ」

「いまから夏本番だな」


「すでに寝苦しい夜はそこまで来ていますよ。私、そろそろ空調設備の魔石を磨こうかなと思っていましたから」

「果たして、熱帯夜が幾夜も続いても、真実の愛とやらは耐えられるのか」


 ふたたびカレアムは笑う。その笑みは非常に邪悪な笑みだ。だがきっと自分も同じような顔をしているかもしれない。


「庶民ならまだしも王太子が熱帯夜を一晩でも堪えられるものか。怒り狂って嘆き悲しむぞ」


 カレアムはアリスを見つめた。


「君を手放したことをな」

「面白そう!」


 アリスはワインを一気に飲み干して立ち上がった。


「乗った、公爵! 私、あなたの妻になります!」

「よし。話はまとまった」


 カレアムは立ち上がり、アリスにむかって恭しく手を差し伸べた。


「では名乗りをあげに行こうではないか。君が公爵の妻になった、と」


 こうして酔っぱらいの元王太子妃は、邪悪なたくらみを抱く公爵と共に婚約パーティーの会場へと向かった。


 千鳥足で。


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