13話 アリスの行くところ、ちゃりんちゃりんとカネの音がする
「しかし公爵も大胆な行動に出られましたな。まさか元王太子妃をかっさらうとは」
「人聞きが悪いな。陛下とハーベイ伯爵からは許可を得ている」
「そのハーベイ伯爵の屋敷を王太子殿下と近衛兵が取り囲んだと聞きましたが」
「相変わらず耳が早い。どういう経路で情報が入るのだ」
「はは、それは極秘ということで」
「その情報を信じて尋ねたいのだが」
「なんなりと」
「王太子はアリスの価値に気づいてこのような行動に出ているのか?」
カレアムの言葉に、アリスはどきりと心臓が拍動する。
だから執着しているのだろうか。
だとしたらこれからずっとこの行動は続くのではないか。
「いや、そうではないでしょう」
セディナは執事からグラスを受け取る。
足の長いグラスだ。シャンパンだろうか。執事はカレアムとアリスにも盆を差し出すので、そっと受け取る。
「あの王太子は変化を嫌いますからな。いつもいる方が側にいないことが気にくわないだけでしょう。しかも、公爵の手元にいるとなると、さらにいらだちも増すというもの」
「昔からそういうところはあったな」
カレアムは興味なさげに言い、グラスを傾ける。
アリスもグラスを口元に近づけた。ぱちぱちと小さく泡がはじけ、アルコールの香りと、かすかだがバラの香りもする。
「長男からの情報ですが、王都の教会は静観を決め込んでいますが、現場は大混乱のようですよ」
神官として勤めていると言っていたが、父に情報を送る役割も務めているのかもしれない。セディナは笑った。
「そりゃあ、いままで言えばすぐに浄化してもらえる楽な立場にいたんですからね。アリス様は昼夜を問わず呼び出されていたとか」
ちらりと視線を向けられ、味わいながらシャンパンを飲んでいたアリスは慌てた。
「仕方のないことです。教会が使用する魔石は病人の治療にあてられるものですから。優先順位は非常に高く……」
「そこまで優先順位が高いのであれば、日々、魔石のメンテナンスに目を光らせるべきなんですよ。現場が横着をして、『なにかあれば王太子妃が来てくれる』と怠けているんです」
セディナは笑いながらもきついことを言った。カレアムも無言で鼻を鳴らしたところを見ると、同意見というところか。
「なので、今後アリス様のお力を拝借したいと王都民がどっとこの公爵都に来ることが予想されます」
「お言葉ですが、スー・ミラ嬢はすぐれた浄化師です。確かに月1回しか浄化は行えませんが、そのぶんきっと大量に魔石の浄化ができる……と思います」
アリスの言葉をうんうん、と優しく頷いて聞いていたセディナは、その顔をカレアムに向けた。
「心優しいアリス様はこうおっしゃいますが、公爵のご意見は?」
「来るだろう、王都民がここに」
「でしょう? ですが、すべてを受け入れることはできません」
「当然だ。まず公爵都にかかわる魔石浄化が優先され、かつ、アリス嬢の負担がないように活動をしてもらわねばならん」
「ええ、ええ。なのでですね。このセディナが選別をしたいと思うのですよ」
「選別?」
アリスが小首をかしげる。セディナはにっこりと笑った。
「ええ。アリス様にお願いするほどの火急的案件なのか、ほかの浄化師でも可能ではないのか。そのあたりの目利きをこのセディナが行いたいと思います」
「それで袖の下でももらうつもりか」
カレアムが平坦な声で尋ねるから、アリスもようやく気づいた。
ようするに王都で浄化に困った人がいれば、『アリス様に融通してやってもいい』と声をかけるのだろう。
そしてその見返りにセディナがカネを取る。
恩も売れるしカネも儲けられるというところだろうか。
「もちろん別途アリス様には浄化代をお支払いさせますが」
「当然だろう」
「いやあの……私は……」
言いながら、あっけにとられる。
というのも、生まれてこのかた浄化をしてカネをもらったことがないからだ。
(……なんというか、抜け目がないというか……)
アリスにもカネを支払わせ、セディナも儲ける。そういう仕組みを提案しているのだ。
「また、ゆくゆくは王都から公爵都へのツアーも考えておりましてですね」
「ツアー⁉」
「ええ、アリス様。アリス様に直接お会いできるツアーです」
「いや、そ、それは……!」
「アリス嬢は珍獣ではない」
「もちろんでございますよ。ですが、握手をしていただくだけでも喜ぶ民は多うございます。それに、そのツアーで公爵都の名所を巡れば特産品も売れるかと」
「ふむ。……アリス嬢の件は別にして、ツアーについては別途提案書を提出するように」
「かしこまりました」
ちゃりんちゃりん、とセディナのそばで硬貨が落ちる音がしたような気がした。
「シシリー」
顔を上げたセディナが、いまだ仲良くケンカをしている娘に声をかけた。
「ちょっとこちらへ」
「はい、お父様」
シシリーは蝶のように父親の方へと近づき、セイオスは怒りにぷんすかしながらカレアムの側に駆け寄ってきた。
「アリス様、さきほど申し上げましたようにうちの娘は浄化の力というか……魔石の曇りを見る力がございます」
「魔道具を使わずに裸眼で、ということですか?」
「はい!」
シシリーが誇らしそうに少しだけ胸を張った。
アリスも裸眼で確認することもあるが、やはり顕微鏡でしっかり確認したいところだ。
「なのでアリス様のお役に立てることもあるかもしれません。公爵都のお屋敷で側仕えとしておいていただくことは可能でしょうか?」
「いいんですか⁉」
「はあ⁉ ダメダメ! 我が君、断ってください!」
ガウガウと番犬並みにセイオスが吠えたが、カレアムは無視してアリスに視線を送った。
「王都から侍女も連れずに来たのだから、話し相手ぐらいはいるだろう? シシリーならば素性もしっかりしているが。どうだろう」
「もちろん、公爵の思し召しのままに」
アリスがうなずくと、シシリーは「やったあ!」と笑う。
「これからよろしくね、シシリーさん」
「もちろんです!」
セイオスが「反対だぁ!」と怒鳴っているが、もはや一顧だにされていない。
その様子が面白くてついアリスは笑ってしまった。そのアリスにセイオスが「笑ってないで反対して!」と迫り、カレアムとシシリーから「邪魔」と押しのけられる。
騒がしくもあり、愉快でもある。
そんな一日が久しぶりで。
アリスは心から公爵都での生活に心が躍った。




