12話 その恋、応援します!
数時間後。
アリスとカレアム、セイオスは別荘の大広間にいた。
「これはこれは。お初にお目にかかります、アリス様」
トマス・セディナと名乗った豪商は、鷹揚な態度でアリスに対して一礼をしてみせた。
商人だと聞いていたが、見た目だけでいえばまるで歴戦のつわもののようだ。
年は40代だろうか。筋肉質で大柄な身体に上質のジャケットをまとい、さりげなく身に着けている石もかなり高価なものだ。
セイオスの印象では『成金』という感じだったが、「非常に品がいい紳士」にアリスには見えた。
そしてその違和感は、『公爵の妻の座を狙っている』という彼の娘にも通じるものだ。
(この子が……そうなの、かしら)
年は17か18歳ほどにみえる。少なくともアリスより確実に年下に思えた。
カレアムは23歳だから少し年が離れすぎではないかと思うのだが、高位貴族では親子ほどの結婚もあるといえばある。まあ、アリスもリシェルとは5つ年が違うのだから、年齢がどうこうとは言えないのだが。
目がぱっちりと大きく、表情も豊かだ。なんとなく、小鹿をおもわせる愛らしさがある。やわらかな栗色の髪は結わずにおろされたまま。それがまた幼く見える要因かもしれない。
「初めまして、アリス様!」
シシリーと紹介されたセディナの娘は可愛らしくカーテシーをしてみせた。それがまた初々しい。
「素晴らしい浄化の力をお持ちとか! 一度お会いして勉強させていただきたいと思っていたんです!」
目をキラキラさせながら言われるから、「なんかちょっと話が違うぞ」とアリスはうろたえた。
アリス的には「うちのオットに近づかないで頂戴!」とぴしゃりと言い渡すつもりだったのだが、シシリーが見つめるのは自分であり、カレアムではない。
「それ以上近づくな、畏れ多い! お前のような、ぱっぱらびーの浄化師とは格が違うんだよ、アリス様は!」
「なんですって、セイオス!」
割って入ってきたセイオスが暴言を吐くが、シシリーも負けてはいない。
「あんたこそまたカレアム様の周囲をまとわりついて! 目障りで仕方ないわ!」
「お前みたいな虫が近づいてくるからだろ!」
「あんた、自分が足手まといになっているって自覚ないんでしょう! だったら私が教えてあげる! あんたなんてカレアム様の邪魔にしかなってないんだから!」
「ほんんっとお前って腹立つよな! 僕の価値がわからないのはお前ぐらいだぞ⁉」
「あんたこそあたしの価値がま――――ったくわかってない! わかってないのはセイオスだけ! このあたしがあんたにいつも話しかけてあげてやってんのよ⁉ 知らないでしょうから、教えてあげる! あたしはこれでも公爵都じゃ蝶よ花よと……」
「なあ」
「なによ」
「はっきり言っていいか?」
「え⁉ う、……うん」
「ドクダミと蛾だろ?」
「なんですって⁉」
いきなり始まった口げんかに唖然としていたら、誰かに軽く背を押された。
見上げるとカレアムだ。
そのまま背中を押されて場所を移動し、そっとふたりから遠ざかる。
「いつも通りだ」
苦虫をかみつぶした顔で言う。その語尾に笑い声が混じった。
「すみませんな、アリス様。うちの娘はセイオス殿と会えばあんな感じで……」
肩をすくめてみせてはいるが、特段驚いた様子をみせていないセディナの感じでは、予定調和的ななにかなのだろう。
というか。
喧嘩をしているが、「仲良くケンカ」している感じだ。
「……というか、あの」
アリスはとまどいながらカレアムとセディナの顔を見比べた。
意を汲んだのか、セディナが笑う。
「もちろん最初はカレアム公爵の目にとまればぐらいに思っておりましたが、ここ数年はもう娘の目にはセイオス殿しか入っておらず」
「ですよね⁉」
「年齢的にも合うし。俺としてもまあいいんじゃないか、と思うんだが」
カレアムがため息を漏らす。
「いかんせんセイオスが鈍い」
「ときどき、娘も素直に誘ってみたりするんですよ? だけどなんかこう、伝わらないんですなぁ、セイオス殿に」
会場にはほかにもセディナ家の執事やメイド、それからローゼリアン騎士団の騎士が数名いるが、みなほのぼのとシシリーとセイオスのやりとりを見つめていた。
どうやらシシリーがセイオスに好意をいだいているのは周知の事実で、知らないのはセイオスだけということらしい。
(まあ……! だったら私も応援したい!)
コイバナ! 王宮では侍女やメイドがはしゃいでいたが、それに加わるほど親しくはできなかった。
いまや王太子妃という立場もない。できたらシシリーの恋を応援したい!




