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日常、ただし世界の分岐点

夜。月明かりと無数の星の下、静かに影が駆けた。

影の先には異形の何か。影を持たぬそれが夜の闇の中、蹂躙せんと街を駆ける。

ガサリと木々が音を立て、揺れる。

音を立てずに影が追う。

異形のもの。

仮に狡魔の名を持つもの。

人の生を脅かし、奪うもの。

それらを狩るもの。

それが―

「愁漣、今や!行ったで!」

「了解です、司さん。」

我々、祓魔師だ。

影の一人が空間を区切る。

もう一人の手からヒラと子式が飛ばされる。

区切られた空間に入り込んだ子式は鋭く形を変え、寸分違わず狡魔の頭部に突き刺さる。

途端に形を崩した狡魔を前に、影の一つ、司は大げさにため息をついてみせた。

「やっとこいつで終わりか。やぁなるで、ほんま。」

思わずこぼれた司の本音を、もう一つの影ー愁漣が嗜める。

「狡魔の数自体増えている以上、仕方ないでしょ。ましてや祓える人が減っているんだから。」

「そこんとこ、どうする気なんやろなあ…あのおっさんどもは。」

「司さん!」

月が眠りに向かう。

もうすぐ陽が目覚める。

2人は小言を交えながら残る闇の中を駆け、街の中心へ向かった。



夜が明ける。

朝が来る。

夜には生物の気配を感じさせない無機質な箱だった街に活気が戻る。

人々が行き交い、絶え間なく声が飛び交う。

そんな中、街の中心から少し外れた場所へと向かう集団の中に目当ての人物を見つけた男は、相手が気づかないうちに背後を取った。


「ーしたがって、この公式はせいr「おっはよ~さん」

ぽん、と軽く肩に置かれた手に

「うあぁぁぁわあぁああっっっ司さん!」

お手本のような驚き方をしながら振り返った眼鏡の少年に満足そうな笑みを浮かべる司。

どう見ても怒り心頭である相手に、臆することなく、ヘラリと笑いながら話しかける。

「いや、ほんまおもろいなぁ、いつヤっても新鮮な反応で。何回目や思ってんねん、いい加減慣れてもええ頃ちゃうん?」

「急に来られるのに慣れも馴れも無いでしょうが。そちらこそいい加減子供じみたマネは「ほーんまに真面目やな、お前くらいちゃうのこんなやっとんの。」

思わず抗議を始める愁漣が手にしたノートを取り、流し見ながら司はからかった。

「別にいいでしょう、今は学生として生きているんですから。どんなふうに楽しんでも僕の自由です。」

「いや…学生でそない勉強ばっかしとるやつお前以外知らんで。」

もう少し遊んでもいいと思わんの?、と余計なことばかり言ってくる先輩の手からノートを取り返しつつ、愁漣は隣に並んだ相手に声をかけた。


「それで?いったい何の用で来たんです?」

普段はこの道を通らないはずだと言外に問えば、珍しく真面目な顔で返された。

「例の噂なァ。あれどうもマジらしいわ。」

例の、噂。

息を呑み、引き締まった顔で問い返そうとした愁漣の目の端に、見慣れない髪色が映る。


…彼は?

聴こえてくる声を一瞬遮断し、とっさに追おうとしたときにはすでに視界から外れ、代わりに学校の門が迫った。

「…総連長から呼び出し受けてな、今日の昼辺りには戻らなあかん。」

しまった、無意識に焦った愁漣の耳に、司の声が届く。

現実に引き戻され、思わず見返した相手の顔は常日ごろの、柔らかい顔ではなかった。

「…では、今晩の任務は。」

「昨日言われた通りや。三級の子と頼むわ。」

昨晩本部から通達を受けたのは、このためだったのかと納得しながら、拭いきれない疑問を隠して頷く。

「わかりました。…それではまた、後日に。」

昇降口で分かれ、階の違うそれぞれの教室へ向かった。

----------

ざわめく教室に入り、挨拶を交わしながら席へと向かう。

荷物を下ろすなり、隣席の生徒から問われた。

「愁漣、なんか聞いてねえ?」

「何についてだよ、佳祐。」

「転入生だよ、てんにゅーせー!一昨日辺りから女子の間で持ちきりだったぜ?」

全く知らなかった、とは言えず、会話の中で拾った転入生という単語を頭の中で先ほど見かけた男子と結びつけながら問い返す。

「一昨日って…ソース何処だよ。そんな簡単に漏らさないだろ?」

「だから女子だって。何でも教師と一緒に見かけない顔の生徒がいたとか、そいつが好みの顔だったとか。」

…情報源は祐奈か。

校内の女子生徒の中でも輪をかけて恋愛に熱を上げるクラスメートを思い浮かべ、心内にため息をついたその時、「で、その男ってのが黒い髪だったらしくてさ、こりゃもう、転入生以外ねえって」

「黒い、髪?」聞き逃せない言葉が吐かれた。

「そーそー、夜の闇みたいな色してたって。ここいらじゃ全く見ない色だろ?これじゃグレンもお役目ご苦労になっちまうだろうな」


夜の闇みたいな黒い髪。では、先ほどの彼が…今朝方見かけた珍しい髪色の生徒を思い浮かべ、なおも転入生について喋る佳祐に、さらに聞き返そうとしたところでベルが鳴った。

「おーい、もう授業始めるぞ、早く席につけよ〜。」教室の扉を横に引きながら教師が入ってくる。

慌ててノートを広げながら、愁漣は転入生について考えていた。

黒い、髪。

ここ中央大陸にはおらず、北大陸のあたりでしか見られないはずの特徴。

該当するのは今朝見かけた彼だけ。

ーでも彼は。

授業を上の空で受け、昼休憩に入っても、愁蓮は思考を止められずにいた。

間違いなく、気付いていた―。


「な〜、愁漣、聞いてんのか?」

無心で弁当をつつき、思考に沈む愁蓮に、痺れを切らした佳祐が話題を振る。

「ぇ、あ、聞いてるよ、転入生についてだろ?」

慌てて答えるとまた別の生徒から声がかかる。

「そーだよ、つぎホームルームだろ、なんか転入生について知れんじゃねーのって。」

どう思うかを言外に問われ、

「同じ学年かはわからないし…同じならともかく、違ったら答えてなんてくれないだろ?」

当たり障りのない答えを出し、また思考に沈んだ傍らで、なおも口々に喋っていた

「そこはなんとか…ほら、タニセンは押しに弱いし。」

「そーそー、つーか俺らが聞かなくてもアイツ等が勝手に問い詰めそうではあるけどな」

「それはそう。」

「ま、いざとなりゃ異文化交流とかなんとか言えばいいって。」

「いや~でも見てみたくはあるよな、黒髪って。」

「だよなー。昔はけっこういたらしいのにな。」

「歴史の教科書なんて黒髪だらけだしな。」

「何かわかるといいな。」

「なー。」




「連絡事項は以上です。連絡のある委員会はありますか?」

いつも通り、ぼそぼそと喋るタニセンに、いつも通り落ち着きない空気。

一つ違うのは、話題の中心がいつもの彼ではなく、一昨日から騒がれている転入生についてということ、だけ。

「ありませんか。では、留学生の紹介を始めます。」

いつもの様に生徒の様子を気にかけず、教師は淡々と続ける。

いつもの様に行かなかったのは、生徒の方だった。

「留学生?」「転入生じゃないの?」「初めて聞いた…。」「あー、でも確かに…。」


··········

「えー、じゃあ卒業は一緒じゃないの?!」「留学生なら何でこの時期に…?」

口々に喋る生徒たちには背を向け、教師が口を開く。

「あー、えー、霞くん、どうぞ。」

興奮で満ちた教室の戸を、一人の生徒がガラリと静かに開ける。

コツコツと教室に入った生徒は一瞬迷ってから戸に向き直り、静かに閉め、今度は迷いなく教室へ、教師が立つ教壇へ静かに近づいた。

教室中の生徒の目が、彼に引きつけられる。

留学生という肩書以上に目を引く、その髪色。

夜より暗い漆黒。

教壇の前まで進み、生徒達の正面を向く。

クラス全員の目が彼に向けられる。

珍しい黒髪は両の目を隠すように無造作に伸び、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

先程までのざわめきにかわり沈黙が教室に広がる。

その空気が慣れないのか、脇へそれた教師に変わり、教室を見渡す生徒は、少し困ったように教師を見、一拍置いて口を開いた。

「北セイクリッド大陸から留学生としてきました、カスミリュウイチロウです。」

一礼し、黒板へ向かって文字を書く。

『霞 流一郎』

書き終わると再び前に向き直り、

「短い間ですが、よろしくお願いします。」

再度深く頭を下げた。

まるで全ての音が彼の黒に吸い込まれたかのように沈黙していた教室は、ようやく音を取り戻した。

パチパチパチ、と不揃いな拍手が鳴り終わると、脇へそれた教師が、ぼそぼそと生徒に声をかけた。

「留学生の紹介は以上です。このあとの授業から彼には参加してもらいますが、不馴れなことは君たちでフォローしましょう。それから、気になることは多くあるでしょうが授業はしっかり参加してください。霞くんも、必要以上の質問には取り合わないでください。」

ええーっという一部生徒の不満と、遠慮がちにはにかみながら頷く流一郎を中心に教室に音が戻る。


−−−−−

「ああ、そうだ、クラス委員の…香坂くん。」

「えっ、あ、はい。」

少し考え事に夢中になってしまっていたらしい。

名前を呼ばれて初めて、留学生を連れた教師が目の前に来ていたことに気づけなかった。

「今日の放課後校内の案内をしてあげて下さい。席も隣にするので、霞くんがクラスの一員として早く馴染めるように手伝ってあげて下さい。」

「…わかりました。」

あとはよろしく、と告げるなり教師は去ってしまい、少し困った様子の流一郎だけが残された。

「えーと…このクラスの委員の香坂愁蓮··です。よろしく。」

立ち上がり、軽く自己紹介をすると、微笑を浮かべ、よろしく、と返される。

隣の空き机を示す。

「たぶん、この席…だと思う。今日は移動は無いから放課後まで一緒だよ。移動するときはまた…あ、文系であってるよね?」

机の中に卸したてだろう教科書を詰める流一郎に、確認をする。

「ええ。文系であっています。どうも数字に弱くって。」

「そっか、なら移動のときはまた案内するから。」

「ありがとうございます。」

「そうだ、先生から放課後案内知るように言われたけど…時間は大丈夫?」

「大丈夫です。そちらこそ、大丈夫ですか?何か予定があったり…」

「いやぁ、ないない、大丈夫。それより、覚悟したほうがいいですよ。」

一通りを片付け、席に着いた流一郎が、不思議そうな顔をする。

「これからしばらくは離してもらえないだろうから」

先ほどから様子をうかがっていた女子生徒が、席を立って歩いてくるのを見ながら、愁蓮は心のなかで流一郎に同情した。



そして三限後、しばらくたって。

教室棟から離れた研究棟に、疲れた様子の流一郎と息も絶え絶えの愁蓮の姿があった。

呼吸を落ち着かせている愁蓮に、申し訳なさそうに流一郎が声をかける。

「すみません、巻き込んでしまったようで…。」「いや、まさかこれほどとは…見通しの甘かった僕の責任だ、申し訳ない。」

息がようやくととのった愁蓮が応じる。

授業中から休み時間まで、席の近い生徒を中心に流一郎は質問攻めにあっていた。

そこまではまぁ、想定内だったのだが…いつもなら放課後すぐ帰宅する生徒たちが、示し合わせたように残ってまで質問を続けたのは、想定外と言わざるを得なかった。

いつまでも質問を続ける生徒達から何とか流一郎を連れ出そうとしていた時、通りがかった先生が一喝しなければ、あと2時間は動けなかっただろう。

「いえ、私も多少は予想していたのですが…あそこまでとは思っていなかったので…」

校舎にもたれかかりながら、流一郎が苦笑する。

なにか応えようとしたそのとき、軽く一陣の風が吹く。

両の目を隠す黒髪が乱れ、穏やかなアイスブルーの瞳が覗いた。

思わず返す言葉を見失った愁蓮は、続く二の句を聞き逃してしまった。

「お互い様、ということでしょう。」

「それに…私も…し…が…。」

「えっ?」

聞き返そうとしたその時、下校を促すチャイムが鳴った。

「しまった!」

どうやら思っていたよりも時間が過ぎていたらしい。

「これは…しかたありませんね、案内はまた後日にお願いできますか?」

「えっ、いや、こちらこそ…二度手間になったようで、すみません。」

今日は案内どころではないと思っていたが、下校に間に合うかも怪しくなってしまった。

先導するように教室棟に向かう途中、あっ、と小さい声が背後で上がった。

「どうしたんですか?」

振り向いた先には、ポケットに手を入れ、驚きの表情を浮かべた流一郎がいた。

「あっ…いえ、どうやら物を落としてしまったようで…」

急いで研究棟へ来た時か、今さっき落としたのか。

いずれにせよ、今見つけなければ永遠に見つかることはない。

「今すぐ、探さないと―。」

「いえ、大丈夫です。さして重要な物ではないですから。」

「でも」

「先生方に事情を説明して、残れないか聞いてみます。」

「…」

「香坂くんはもう帰られたほうがいいでしょう。あまり遅くなるとお家の方が心配されますよ。」言い切るなり、流一郎は教員宿舎の方へ急いで向かった。

後を追うべきか、彼の言葉を優先するか、迷う愁蓮に通信機が呼び出しを告げた。

今日のパートナーについての説明と、任務について。

長くはない連絡を聞き終わる頃には、流一郎の姿は見えなくなっていた。

―宿舎についたのか。

事情を聞けばすぐに許可は下りるだろう。

彼の帰りを待つべきか、任務へ向かうべきか。

ーしかし、もし彼が間に合わなかったら…。

不穏な胸の内を映しでもしたのか、

ざりりと風が荒れ始める。

陽が傾き、眠ろうとしている。

―月が目覚める、魔が訪れる―。


まずい、と思うより先に、狡魔の気配を遠くに感じる。

いつもなら、公国の中心部へ向かう狡魔が、この場所を目指している。

―まさか、人がいるのか。

中心部以外に集まるとすれば、それは。

狩りの対象である人がいる以外、ありえない。

ーっく!

パートナーへ事情を告げると、愁蓮は制服のまま木々をつたって駆けた。

気配を頼りについた先には想像通り、霞流一郎の姿があった。

狡魔が彼の前に、後ろに、右に左に。軽く四十はいるのを見て、せめて名を呼ぼうと距離を詰めながら口を開き、かけた。

ズン、と辺りを重い空気が覆う。

荒れる風を鎮めるほどの威圧が、流一郎を中心に辺りに広がる。

驚く愁漣が息を呑むのと、流一郎の口が何かを唱えたのは同時だった。

「…っ。」

「…X�,,�」

流一郎の口から発せられた何か。

愁漣の思考が巡る前に、狡魔の体が塵となる。

四十を超える狡魔の群れ、それら全てを一瞬のうちに。

塵と化させた。結界を張らず、子式を使うこともなく。

―ありえない。あの数を、一人で。

呆気にとられる愁漣の頬を僅かにざらつく風が掠めた。

狡魔の出始めではなく、明け方の、狡魔の去り時の風。

今の時間帯ではあり得ない風が一体に吹き始める。

―ありえない。あの狡魔を、どうやって。

まるで何事もなかったかのように、

サアァア、と風が木々を撫でる、音がする。

少し荒れた風が目の前の男ー流一郎の髪を流す。

先程までと一分も変わらない立ち姿の彼の耳に、ざりと人由来の音が届く。

ゆっくりと音の方向へと振り向いた彼の顔、乱れた前髪の奥で、ギラと鋭く彼の目が光っていた。

確かに、愁漣を見咎めるまでは。

鋭く引き締めた口元をゆるめ、口角を上げて振り向いた流一郎の瞳は、昼と変わらない、穏やかな−−それでいて思考を読ませない、アイスブルーを浮かべていた。

穏やかな笑みを浮かべた口が開く。

分かれる前と変わらない、穏やかな声が流れた。


「やぁ、香坂くん。どうかされましたか?」

作品内に出てくる人物、知名、団体および宗教等は基本としてフィクションです。

実在の人物、知名、団体および宗教等に対する意図は何一つとしてございません。

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