3 セルフネグレクトかもよ
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ダーティ:「ウサマネさん。この『介護支援専門員の行動規範(2024/12月時点)』には、どうしたって当たり障りのないことしか記載されていないんですよ。そして、『本人の自己決定を尊重する』という綺麗事は、当たり障りのない〝日常生活上の支援〟においてはとても優先度が高く、むしろケアマネ協会なんかは礼賛するでしょう」
ウサマネ:「つ、つまり、この行動規範というのは、今のジョンさんのように、〝自ら治療や支援を拒む人〟への支援の指針にはならないんですか? ジョンさんのような状況は考慮されてないんですか?」
ダーティ:「いえ、結局のところは解釈次第です。ウサマネさんが苦し紛れに出した『介護支援専門員の行動規範』ですが、少し遠回りをすれば、今のジョンさんのような状況へ介入する根拠にもなり得ます」
ウサマネ:「じゃ、じゃぁそれを根拠にオイラはジョンさんを支援します!」
ダーティ:「いやいや。ちょっとは自分で考えないと……」
ウサマネ:「さぁ! ダーティさん! ちゃちゃっと説明して下さい! それくらいしか能がないんだから! さぁさぁ!」
ダーティ:「(急に強く出てくるな、この駄ウサギ……) ま、まぁいいでしょう。ええと、まずは行動規範の(自立支援)の項目を見て下さい」
ウサマネ:「尊厳の保持だとか、基本的人権ナンタラですね?」
ダーティ:「ええそこです。一番初めに記載されるだけあって、ケアマネの基本的な行動規範という意味もあるんでしょう。きっと。で、ここの1には明記されています。〝利用者の基本的人権を擁護し……〟とね」
ウサマネ:「ケアマネ研修のテキストとかに乗ってそうな、いかにも教科書的なやつですね?」
ダーティ:「まさに教科書通りの約束事です。それでウサマネさん。我々ケアマネ界隈で〝権利擁護〟〝権利の侵害〟などと聞いて、ぱっと思い付くのはなんですか?」
ウサマネ:「ケアマネ界隈での権利侵害となれば……やっぱり〝虐待〟ですか?」
ダーティ:「はい。もちろん独断と偏見込みですけど、分かり易いのは〝虐待対応〟でしょう。そして、実のところ今回のジョンさんについても、私は〝虐待と思しき状況が発生している〟と考えます」
ウサマネ:「え? で、でも……ええと、ジョンさんにとって養護者に該当するのは姉ボニーさんだと思いますけど、別にボニーさんからの権利侵害はありませんよ?」
ダーティ:「むしろ、ボニーさんは支援者としては能動的に関わってくれていますね。もちろん、私は彼女がジョンさんをどうのと言っているわけではありません。今回のジョンさんは『自己放任 (セルフネグレクト)(★※1)』で、高齢者虐待防止法に準じた対応を行政に求めることが可能かも知れないと考えます。自己放任というのは、厳密には『高齢者虐待』ではありませんけどね」
ウサマネ:「あー……セルフネグレクトって言葉は聞いたことがあります。でも……虐待に該当しないのに虐待対応なんですか?」
ダーティ:「はい。〝高齢者虐待防止法の取り扱いに準じた対応〟と注釈の入るやつです。基本的に『高齢者虐待』の要件というのは、〝養護者〟や〝養介護施設従事者等〟から被害を受けた、権利を侵害されたという事実の発生なので……自分自身は〝養護者〟でも〝養介護施設従事者等〟でもないという解釈なんでしょう。あと、本来の『高齢者虐待』は65歳以上という扱いになりますが、要介護認定を受け、介護保険サービスを現に利用しているジョンさんは、介護保険法の方で65歳未満でも対象(※2)となり得ます」
ウサマネ:「あ、そう言えばジョンさんって65歳未満でしたね。ええと……介護保険法の方にも規定があるんですか?」
ダーティ:「ええ。とりあえず今は単純にそうだと思っておいて下さい。とにかく、今のジョンさんは、適切な治療などを放棄して自身の健康を害している状況にあると言えます。なので、これまでの経緯を含めて、管轄であるマウンテン地域包括へ相談と情報共有という手が考えられます」
ウサマネ:「い、いやぁ……ダーティさん。オイラは、今のジョンさんを病院受診に繋げるための具体的な支援方法が知りたいんですけど……?」
ダーティ:「だ・か・ら! そんなもんはねぇんだよッ! グダグダぐだぐだと……いつまでも魔法の手段を求めてんじゃねーぞゴラァ!」
ウサマネ:「ぴゃ、ぴゃいぃッッ!?」
※あくまでフィクションです。こんな風にバイザー(指導者、主任ケアマネ、上司とか)は、バイジー(経験の浅いケアマネ、新人、部下など)に怒鳴ったりしちゃダメですよ。パワハラとかモラハラ一直線。
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★※ 用語について
★※1 自己放任 / セルフネグレクト
自分自身の世話を放棄・放任してしまうこと。自身の健康や安全への無関心・無頓着となってしまい、自己管理すらままならなくなる状況・状態らしいです。
定義としては、〝高齢者虐待〟の範疇には含まれませんが、厚生労働省が出している「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(高齢者虐待対応マニュアル)(令和5年3月改訂)という資料には下記のような記載があります。
■ いわゆるセルフネグレクトについて ■
介護・医療サービスの利用を拒否するなどにより、社会から孤立し、生活行為や心身の健康維持ができなくなっている、いわゆる「セルフ・ネグレクト」状態にある高齢者は、他者からの虐待行為を受けているわけではないため、高齢者虐待防止法の対象外となっています。
しかし、セルフ・ネグレクト状態にある高齢者は、認知症のほか、精神疾患・障害、アルコール関連の問題を有すると思われる者も多く、それまでの生活歴や疾病・障害の理由から、「支援してほしくない」、「困っていない」 など、市町村や地域包括支援センター等の関与を拒否することもあるので、支援には困難が伴いますが、生命・身体に重大な危険が生じるおそれや、ひいては孤立死に至るリスクも抱えています。
そこで、相談を受けた市町村や地域包括支援センターは、地域支援事業における総合相談支援業務や権利擁護業務等の一環として、積極的な対応が求められます(重層的支援体制整備事業を実施している自治体においては、その一環として対応することも考えられます)。その際、単に関わりを拒否する者という理解にとどまらず、そこに至った背景、生活歴、パーソナリティや生き辛さへの理解に基づき対応します。また、必要に応じて、高齢者虐待防止法の取り扱いに準じた対応として、やむを得ない事由による措置による保護や成年後見制度の市町村長申立等の権限行使等を検討します。
という内容となっています。
要約すれば……
「正式にはセルフネグレクトって高齢者虐待じゃないんだけど、放置するとマズいだろうし、相談を受けた市町村や包括は積極的に対応しようね。で、必要だと判断した場合は、高齢者虐待防止法の取り扱いに準じた対応をしようね」
……という感じ。
★※2 65歳未満でも対象
『高齢者虐待防止法』においては、「高齢者」を65歳以上の者と定義していますが、介護保険法には「40歳以上65歳未満」の方に関しても規定があります。
「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(高齢者虐待対応マニュアル)(令和5年3月改訂)という資料に下記の記載があります。
介護保険法(平成9年法律第 123 号)に基づく地域支援事業については、市町村が、介護保険法第9条第1項に定める「第一号被保険者」、同条第2項に定める「第二号被保険者」の要介護状態等となることの予防又は要介護状態等の軽減若しくは悪化防止及び地域における自立した日常生活の支援のための施策を総合的かつ一体的に行うことを目的として行う事業であり、地域支援事業(包括的支援事業)の権利擁護業務において、成年後見制度の活用の促進や老人福祉施設等への措置の支援を行うことが地域支援事業実施要綱に明記されています。
……という感じ。
ただ、今回の事例のジョンさんは、「生活保護を受給している65歳未満で、特定疾病によって要介護認定を受けた人(みなし二号)」です。厳密には介護保険法上の「第二号被保険者」ではないので……実際のケースでは、地域包括や市区町村の担当者などと協議が必要となるかも知れません。
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ダーティ:「……おほん。では気を取り直して……」
ウサマネ:「は、はいぃ!」
ダーティ:「まずですね。先ほども言いましたが、嫌がるジョンさんを力尽くで無理矢理病院に連れて行くなんてのは論外ですし、頑なに嫌だと意思表示するジョンさんに対して、一発で心変わりを促す魔法の説得方法なんてありません。いえ、もしかしたらジョンさんの心を動かす魔法の説得方法というのがあるのかも知れませんが……少なくとも、今のウサマネさんや姉ボニーさんがそんなモノを持ち合わせていないのは確かでしょう?」
ウサマネ:「え、えぇ……このまま病院に行かなかったら痛みも続くし、骨折だとしたら、放置したままだと変な風に骨が癒合するかも知れない……なんて感じで、色々とリスクの話もしたんですけど……ジョンさんは応じてくれなかったです」
ダーティ:「であるなら、支援者は『どうしようどうしよう』とあたふたするだけではなく、別の支援を考えなければなりません。Aの支援が無理なら次はB、それも無理ならC……という具合に、手を変え品を変えて対応する必要があります。今のウサマネさんのように『Aの支援:病院受診に繋ぐ』だけに固執するのは危ういです」
ウサマネ:「う゛……でもでも……」
ダーティ:「それです。その〝でもでもだってちゃん(★※3)〟を止めろと言ってるんです。支援者がでもでもだってだってとウジウジして、事態が劇的に好転するなら私も止めはしませんが……実際には、支援者が同じところで足踏み(★※4)してるだけでは何も変わりませんし、むしろ状況は悪くなっていく一方なのが現実でしょう」
ウサマネ:「うぅ……じゃあ、ダーティさんの言う虐待対応が次の案なんですか?」
ダーティ:「ええそうです。ただ、これはジョンさんへの直接の支援というよりも、ジョンさんの実状を自分たち以外の支援窓口に知らせる、抱え込まない(★※5)という手ですけどね」
ウサマネ:「抱え込まない?」
ダーティ:「はい。こんなことを言うとアレかも知れませんが……〝ケアマネという立場でできることはしましたよ〟というアリバイ作りという意図もあります」
ウサマネ:「アリバイ作り? えっと……?」
ダーティ:「私は、ジョンさんがこのまま自宅で死亡した場合を想定しています」
ウサマネ:「えッ!? ジョンさんが亡くなることをですか!?」
ダーティ:「今さら何を驚くんです? 古今東西津々浦々、死なない人間なんて存在しません。それに、そもそも我々は〝要介護状態の高齢者〟という、いわばくたばりかけのジジイ・ババアを相手にしてるんですよ?(暴言)まぁ60代のジョンさんはまだ若い部類ですが……」
ウサマネ:「い、いや……ある意味では確かにそうでしょうけど……えっと、ダーティさんは、ジョンさんが亡くなることを想定して支援しろと?」
ダーティ:「私としては特にジョンさんに限らずですけどね。『もし今の時点で利用者が亡くなったとしたら、私はやれることをやっていたと言えるか?』という視点は常にあります」
ウサマネ:「えぇ……?」
ダーティ:「その辺りはそれぞれの価値観や業務への取り組み方にもよるので、なにもウサマネさんが同じように考える必要はないです。ただし、今回のジョンさんについては、病院受診に執心して、それ以外の手を打たないというのは少しマズいです。先ほどから言っていますが、権利侵害に引っ掛かって来るかも知れませんので」
ウサマネ:「はぁ……セルフネグレクトによる虐待ですか……」
ダーティ:「我々からすればあくまで〝虐待と思しき状況がある〟というだけですよ。正式に『虐待の事実がある』という認定はプリンセス市の仕事(★※6)ですから」
ウサマネ:「わ、分かりました。と、とりあえず、マウンテン地域包括の人に相談してみます」
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★※ 用語について
★※3 でもでもだってちゃん
どんな提案や意見であっても、とりあえず否定から入る人。あるいは、自分の気に入る助言以外は聞き入れない人。〝でもでもだってばかりなら、そもそも相談するなよ〟って感じで、相談を受けた側が疲弊するやつ。
割とケアマネ界隈にも多い。自分の求める答えが出るまで延々と「でもでも……」と繰り返す支援者。あー鬱陶しい。
★※4 支援者が同じところで足踏み
★※3の「でもでもだってちゃん」とほぼ同じ。
利用者や家族に支援の提案を断られた後も、同じ提案を繰り返す支援者。別の選択肢を出さない・出せない支援者。
★※5 抱え込まない
支援者が陥り易いやつ。『自分がなんとかしないと!』となり、悶々と悩んでしまったり、自己判断だけで暴走してしまったりするやつです。
ケアマネを例にすれば、煮詰まっちゃった時は、自身が所属する事業所の同僚や上司、その利用者の主治医をはじめ、関わりのあるサービス事業所の担当者などの身近な人に相談するのが吉。その後、必要があれば地域包括であったり、市区町村の担当者であったりと、とにかく相談窓口を増やして自分一人で悶々と抱え込まないようにしないと……疲弊します。
とは言いながら、自分一人でさっさと動いた方が手っ取り早い場合もありますが……。
★※6 プリンセス市の仕事
虐待の認定というのは市町村の仕事(判断)であり、たとえ虐待の事実が明らかな場合であっても、ケアマネをはじめとした支援者が『これは虐待だ!』と勝手に認定するものではありません。あくまで決めるのは市町村。支援者にできるのは『虐待と思しき状況がある』という通報(情報提供)です。
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