2 支援者のあり方だよ
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ダーティ:「まず、ジョンさんへの支援について、ウサマネさんの当座の目標を教えてもらえますか?」
ウサマネ:「と、当座の目標ですか? えぇと……それはもちろん、ジョンさんを病院受診に繋ぐことですけど?」
ダーティ:「では、ジョンさんを病院受診に繋ぐには、現状ではなにが足りないと感じていますか?」
ウサマネ:「なにが足りないか? うーん……ジョンさんの同意が足りない?」
ダーティ:「確かに本人の同意……というか治療への意欲や希望があれば、そもそもこんな状況にはなってないですしね。では、今の状況で、ジョンさんから治療の同意を得ることは現実的に可能でしょうか?」
ウサマネ:「いや、それが難しいから相談してるんですけど?(半ギレ)」
ダーティ:「はは。それが分かっているなら、現実的に可能な別の手を考えましょうか。なにも、ウサマネさんが思う当座の目標以外の支援をしちゃダメというわけでもないでしょう?」
ウサマネ:「は、はぁ……で、でもダーティさん、別の支援といってもなにをすれば良いのか……それに、今は病院受診に繋ぐのが先決じゃ?」
ダーティ:「そりゃジョンさんが素直に病院に行ってくれるに越したことはないでしょうが、今すぐにジョンさんの気持ちをガラッと変える魔法(★※1)なんてありませんからね。支援者は『このままジョンさんが病院に行かない場合』も想定して備える必要があります」
ウサマネ:「うぅ……分かってはいますけど……でもなぁ。ジョンさんは痛みで動きも悪くなってるし、早く病院に行かないとダメだと思うんですけど……うーん……」
ダーティ:「ウサマネさん。お偉い講師様のスーパービジョン(★※2)なんかであれば、バイジーであるウサマネさんが自ら気づくような指導をするのかも知れませんが……持ってまわったやり方は面倒なのでズバリ言いましょう」
ウサマネ:「ダーティさん?」
ダーティ:「今のウサマネさんは、一見するとジョンさんの身を案じているようですが、結局のところ〝自分の不安を解消したい〟という欲求……自己都合を優先している状態です。つまり支援の主体がジョンさんではなく、支援者である自分になっています」
ウサマネ:「うぇ? し、支援の主体が自分……ですか?」
ダーティ:「はい。『ジョンさんが病院に行けば解決する』という……心理的視野狭窄(★※3)に陥っていると言えます。まずはそこを認識しておきましょうか」
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★※1 魔法
利用者や家族だけではなく、時には支援者側も求めてしまう……『すべてが解決する魔法の手段』。
「どうにかならないですか?」
無理です。あなたが考える理想の解決方法なんてありません。
こちらの指示に従うように利用者を洗脳するとか、
何もないところからお金を生み出すとか、
時間を遡って、当人が若い頃に禁酒を促すとか、
消息不明な家族を探し出すとか、
断絶している家族関係を修復するとか、
面会しただけで病気を快癒させるとか、
死んだ人を生き返らせるとか……。
そんなファンタジーなことが手軽にできるなら、ケアマネなんてしてません。そっちの能力を活かして金儲けします。
★※2 スーパービジョン
この小学生が考えた超能力みたいな名称のやつは、指導者 (スーパーバイザー)が専門職としての資質向上を目的として、対人援助職者 (スーパーバイジー)に教育する過程のことを言います。
関連援助技術なんて風に分類されているらしいです。
今回の場合、ダーティさんがスーパーバイザーというやつで、ウサマネさんがスーパーバイジーという感じ。単にバイザー、バイジーと呼ぶこともあります。
主任ケアマネの研修なんかでは、このスーパービジョン、バイザー、バイジーという単語が飛び交います。というか、実務経験5年以上で、チョロッと研修受けたくらいで指導者て(笑)
★※3 心理的視野狭窄
ストレスなどにより、偏った考え方、一つの考えにとらわれてしまい、他の選択肢や周囲の事柄に考えが及びにくくなる状態を指すと言われています。
割と支援者側でこうなってしまう人は多い。『○○をしないと!』『××さえできれば!』みたいな。で、上記の魔法の手段を求めたりするパターンも多いです。
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ダーティ:「ウサマネさん、ジョンさんの事例について本格的に検討する前にお伝えしておきましょう」
ウサマネ:「は、はい。なんでしょう?」
ダーティ:「まずは諦めて下さい」
ウサマネ:「はぇ? あ、諦める……ですか?」
ダーティ:「ええ。支援者は自我を出すなと、前にお伝えしていましたよね?」
ウサマネ:「え、ええ。た、確かに聞きました。利用者さんの人生という舞台では、支援者は黒衣に徹するべきだって話ですよね?」
ダーティ:「まさにソレです。今回の『ジョンさんを病院受診に繋げたい』というのは、紛れもなくウサマネさんや姉ボニーさん、ヘルパー事業所といった〝支援者側の願望〟でしかありません。もちろん、状況・状態的にも、常識の範疇においても、今のジョンさんは救急搬送で病院受診するのが妥当だとは思います。ですが、当人であるジョンさんが強く搬送や受診を拒否をしている以上、やはり我々はその意思表示に沿って支援をしなければなりません。当人の意向を無視した〝支援者側の願望〟は諦めて下さい」
ウサマネ:「で、でもでも! 骨折してるだろう当人を放置するなんて……それこそ支援者としてどーなんです?」
ダーティ:「ならば、ウサマネさんが支援者として、『ジョンさんの意向を無視してでも病院受診させなければならない』という支援を行う根拠はなんですか?」
ウサマネ:「こ、根拠ですか? え、えっと……えっと……だ、だって、あきらかに骨折かそれに準ずる症状があって、現にジョンさんは自力での歩行もできなくなってるんですよ? 救急搬送や病院受診は普通のことじゃないですか? 改めて根拠と言われても……あ! せ、専門職者としての倫理とか行動規範として! ……的な?」
ダーティ:「専門職者の倫理に行動規範ですか。あきらかに苦し紛れですよね(笑) まぁ良いでしょう。なら、改めて『介護支援専門員の行動規範』について確認してみましょうか」
■ 介護支援専門員の行動規範 ■
(自立支援)
1.私たち介護支援専門員は、個人の尊厳の保持を旨とし、利用者の基本的人権を擁護し、その有する能力に応じ、自立した日常生活を営むことができるよう、利用者本位の立場から支援していきます。
1-1 いかなる場面においてもその人の尊厳を傷つけたり、権利を侵害する行為はしてはならない。
1-2 関わるすべての人の多様性を理解し尊重しなければならない。
1-3 可能な限り自己決定できるように意思決定のプロセスへの支援を行わなければならない。
(利用者の権利擁護)
2.私たち介護支援専門員は、最善の方法を用いて、利用者の利益と権利を擁護していきます。
2-1 その人が望む自立した生活を支援するために、最善の方法で支援を提供しなければならない。
2-2 本人には意思があり、意思決定能力を有するということを前提にして、アドボケイト(権利擁護)機能を活用しながら意思決定支援を行わなければならない。
(専門的知識と技術の向上)
3.私たち介護支援専門員は、常に専門的知識・技術の向上に努めることにより、介護支援サービスの質を高めるとともに、自己の提供した介護支援サービスについて、常に専門職としての責任を負います。また、他の介護支援専門員やその他専門職と知識や経験の交流を行い、支援方法の改善と専門性の向上を図ります。
3-1 専門職としての資質向上のため、自己研鑽に努めるよう行動しなければならない。
3-2 利用者からの評価や第三者からの評価を真摯に受け止めより良い改善策を検討し、自己点検・自己評価を繰り返し、質の高い介護支援サービスの提供に努めなければならない。
(公正・中立な立場の堅持)
4.私たち介護支援専門員は、利用者の利益を最優先に活動を行い、所属する事業所・施設の利益に偏ることなく、公正・中立な立場を堅持します。
4-1 利用者・家族支援の立場に立ち、公正・中立な業務の遂行をしなければならない。
4-2 特定の種類又は特定の事業者若しくは施設に不当に偏ることのないよう、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない。
(社会的信頼の確立)
5.私たち介護支援専門員は、提供する介護支援サービスが、利用者の生活に深い関わりを持つものであることに鑑み、その果たす役割は重要であることを自覚し、常に社会の信頼を得られるよう努力します。
5-1 一人ひとりのニーズに対応した個別性のある支援を提供し、社会からの信頼を得るべく業務を執り行わなければならない。
5-2 法令遵守、職業倫理に反しないよう、日々努力しなければならない。
(秘密保持)
6.私たち介護支援専門員は、正当な理由なしに、その業務に関し知り得た利用者や関係者の秘密を漏らさぬことを厳守します。
6-1 取り扱う個人情報は、正当な理由なしに漏らしてはならない。
6-2 介護支援専門員でなくなった後も、個人情報は漏らしてはならない。
(法令遵守)
7.私たち介護支援専門員は、介護保険法及び関係諸法令・通知を遵守します。
7-1 介護保険法及び関連法令を理解し遵守しなければならない。
7-2 利用者の不利益につながるような法律等がある場合は、正当な方法で法改正を促す活動をするように努めなければならない。
(説明責任)
8.私たち介護支援専門員は、専門職として、介護保険制度の動向及び自己の作成した介護支援計画に基づき提供された保健・医療・福祉のサービスについて、利用者に適切な方法・わかりやすい表現を用いて、説明する責任を負います。
8-1 利用者・家族が自己決定・自己選択できるよう、必要な情報提供と説明を行わなければならない。
8-2 必要に応じて繰り返し説明を続けて、その人が理解できるように懇切丁寧に、わかりやすい説明をしなければならない。
(苦情への対応)
9.私たち介護支援専門員は、利用者や関係者の意見・要望そして苦情を真摯に受け止め、適切かつ迅速にその再発防止及び改善を行います。
9-1 介護支援専門員・事業所に寄せられる苦情については、真摯に受けとめ迅速に対応しなければならない。
9-2 苦情申し立てができる事を説明し、介護サービスの質の維持向上のためにも苦情解決に取り組まなければならない。
(他の専門職との連携)
10.私たち介護支援専門員は、介護支援サービスを提供するにあたり、利用者の意向を尊重し、保健医療サービス及び福祉サービスその他関連するサービスとの有機的な連携を図るよう創意工夫を行い、当該介護支援サービスを総合的に提供します。
10-1 だれもが住み慣れた地域で不安なく生活維持ができるよう、必要な介護・医療・福祉、その他の多職種のコーディネーターとして質の向上を図らなければならない。
10-2 医療と介護の役割分担と連携の一層の推進として、主治医、歯科医師、薬剤師などに情報提供をし、各専門職の専門性を理解しチームワークを実践しなければならない。
(地域包括ケアシステムの推進)
11.私たち介護支援専門員は、利用者が地域社会の一員として地域での暮らしを支援し、利用者の生活課題が解決できるよう、他の専門職及び地域住民との協働を行い、よって地域包括ケアを推進します。
11-1 要介護者等の自立支援を基本としながら、地域の様々な社会資源を開発・統合・ネットワーク化し、地域住民を継続的かつ包括的にケアできるようにしなければならない。
11-2 地域住民が要介護・要支援状態になることを予防するとともに、要介護状態になっても可能な限り地域において、自立した日常生活を営むことができるように支援しなければならない。
(より良い社会づくりへの貢献)
12.私たち介護支援専門員は、介護保険制度の要として、介護支援サービスの質を高めるための推進に尽力し、より良い社会づくりに貢献します。
12-1 介護保険制度の基本理念である「介護サービスの社会化」を推進し、すべての人が住み慣れた地域において可能な限り安心して暮らし続けることのできる社会の実現を目指し、行動しなければならない。
12-2 私たち介護支援専門員は、差別、排除、貧困、権利侵害、虐待などを認識した場合は、専門的な視点から介入し、より良い社会づくりに貢献するよう行動しなければならない。
ダーティ:「さて、どうですか? この介護支援専門員の行動規範の中に、ウサマネさんが言うジョンさんの意向を無視して搬送するための根拠がありますか?」
ウサマネ:「ええと、ええと……」
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