閑話 少年の心
オレの名前は零。
その名前は大将がつけてくれた。
育てられなくなったからと、オレの親はオレが自我を持つ前に捨てたらしい。
らしい、というのは大将から聞いたことだから本当かどうかは知らないんだ。
でも、今になってはどうだっていい。
親の顔も声も覚えてないし。
オレにとっての家族は大将と、大将の仲間たちだ。
賊だからって関係ない。そもそも盗賊なのに、全然盗みを働こうともしないからな。
いや、大将たちが盗むのは幸福とかじゃなくて不幸を盗むんだ。そして、幸せを運ぶ。
それが大将たち。そんなところを尊敬したから大将って呼ぶようにしたんだよなあ。
その言葉を教えてくれたのも大将なんだけどさ。
そうだ、零ってつけた理由を聞いたらさ、オレにはまだ何もないけど少しずつ大切なものとか増やしていったらいいって言ってくれたんだ。
その言葉をオレはずっと忘れないって思った。
まず一つ大切なものができたし、ここからまた増えていくんだろうなって思ってたよ。あんなことがなけりゃなあ……
オレはあの日、教えてもらったことをこなそうと盗みに入った。誰もいない場所に盗みに入ってから何か不思議な存在感を放つものを見つけた。それは不幸になるものなのかなんなのかも分からなかった。
けど、放っておいてはダメなものだと思ったらそれを掴んでた。あとで判断を間違えるなと大将に怒られるかもしれないと思ったけどそれでも良かったんだ。
もしかしたら、それがダメだったのかもな。
オレがそれを持ったままその場所から出た瞬間、大人三人に強引に身体を掴まれて抵抗できないまま城に連れていかれた。
そこで出てきたのはめちゃくちゃいいもの食べてんだろうなっていう体格のやつだったぜ。そいつはさ、色んな子供を攫ってきて労働力として使おうとしてるっていう奴で、クソみてえな奴だなって思った。オレのことは前から知ってて、賊に振り回されている可哀想な子供だと思ってたんだと。そんで、オレのことを救おうと思って攫ってきたんだとさ。
バカじゃねえのかって、どついてやりたかった。ぶん殴ってやりたかった。オレはオレの意思で大将たちと一緒にいたってのに、可哀想とか言ってきやがるんだからよ。
それができなかったのはオレがまだ小さくて、まだ身体を抑えられてて抵抗ができなかったから。
あの時ほど早く大きくなりてえって思ったことはないな。
つーか、可哀想だと思ったから連れてきたって言っときながら働かせようとするってなんだよ。
しかも何かに執着しないように持ってた物を全て回収するって。まあ、自分で盗ったものだけは絶対に奪わせないようにって隠したんだけど。
あれだけだったんだ。大将に教えてもらった術で盗った印鑑だけが、あの時のオレと大将たちを繋ぐものだった。
もう帰してもらえないのは悟ったからな。
だったらそのまま城に入っていつか出てやるって野心剥き出しで入ってやった。
まさかあそこまでとは思わなかったけどよ。
オレ以外の攫われた子供を見たらさ、全員痩せこけてた。オレが最初に会ったあの男は大きい身体つきしてんのに、何日も前からいる子供たちを痩せてる。おかしすぎるだろ。
しかも、顔色も悪いし手はカサカサで潤いがない。オレが言えたことじゃないけどひでえなって思った。あの男がそうさせてるんだろうなって察しがついた。
ますます、大将たちとは違う存在だって考えるようになった。大将たちだったら、そんな子供を見かけたら自分のことを考えずに食料を分け与えて、笑顔になれるようにするから。
オレもそうしてもらった一人だ。捨てられたままだったら、もしかしたらオレもああなってたかもしんねえし。
だからってわけでもねえけど、大将に育てられて生きる術を教えてもらって、不幸から幸福にするための術も教えてもらったから、できることがあるんじゃねえかって考えたんだ。城に囚われてる子供たちを全員助けてやりてえってそんなことを思った。
そうするために何ができるかなんてあの時のオレには考えつかなかったけど……そんなオレの耳にある噂とあの男に関することが入ってきた。
それは、ある銀髪の女が依頼を叶えてくれるということと男がオレたち子供を売ろうとしているということだった。
それを聞いたら動かずにはいられなくて、隙をついて逃げ出すことを決意した。決意したら案外早くて、すぐに逃げ出すことができた。
それから銀髪の女という情報だけを頼りに探し回ったんだ。何日も、何日も。すぐには見つけられなくて、何日探したかなんて忘れた。
でも、やっと見つけることができたんだ。男も一緒にいるというのは聞いてなかったけど、銀髪とかそんなにいるもんじゃないから絶対にそうだって声をかけた。
依頼を受けるには報酬が必要だって言われて、何も持ってないオレに渡せるもんなんて一つしかなかった。大将たちとの最後の繋がりを、印鑑を渡そうとした。でも、価値を分かってないって言われて断られたんだよな。そりゃなにも分からずに盗ったんだから知るはずがない。
そんなオレに女……風花は、身を守るためにはそれを知る必要があるって。だからオレ自身を報酬としてオレの依頼を受けてくれた。正直身を守るためにってのはどうでも良かったけど依頼を受けてくれたのが嬉しかったんだ。
それから説明を聞いたら、印鑑には特別な力が宿ってるってことが分かった。
そのあとに『全知全能』っていうのを自分は探しているんだって言った。その印鑑は一つの願いごとを叶えることができるんだってさ。
オレもそれが欲しいって思った。なんでも叶えることができるならって、一つだけだけど、なんでもいいのなら叶えたいことはいくらだって浮かんでくる。
うまいもんたらふく食いたいし、もう一回大将たちに会いたいし、未練なんざないけどオレの親にも会って今は笑えてんぜって言ってやりてえ。他にもいっぱいあるけどそれは自分の中に秘めておく。
言ったら叶わなくなるかもだしな。
それからオレが案内してまた城に行ったんだ。今度は連れてこられたわけじゃなくて自分の意思で。
オレは誰かに決められたことをしたいわけじゃない。自分で決めたことをしたかったんだ。
城を壊す。男がしようとしていることを聞いた時に決めたことだった。どうやって入ろうかって悩んだけど、風花が解決してくれたんだよな。
まさか別人になるなんて思わなかったけど。別人ってか、人じゃなくて悪魔?まあよく分かんねえからいっか。
そんで中に入れるようになったからトウってのと一緒に中に入って……あの男に見つかった。
あいつの姿を見た瞬間に怒りの感情で止まらなかったから殴りかかったんだ。でも、オレの拳はあいつに当たらなかった。
それどころか、あいつの身体は見えなくなっていた。消えてたってのが正しいか。
消えて、見えなくなってた。それはあいつの力によるものだった。あいつも印鑑を持っていたから。奪って、自分で使い方をみつけて使ったんだ。
そんな姿にまた腹が立ってオレはあいつが姿を現すように、オレの持ってる印鑑を取り出してみたんだ。そうしたらまんまと姿を現した。印鑑を奪おうと手を伸ばしてきた。そんな手は避けたんだけどよ。
あいつになんて何があっても渡すわけねえ。強くそう思った。
あの男がトウや花鳥風月と会話してるのを聞いてるとオレの中で怒りがたまってくのが分かったんだ。子供のことを大切に思ってなくて何をしてもいいと思ってることとか、攫ってきたことになんの悪気もないところとか、全部全部嫌いだと思ったからな。元々好きでもなかったけどよ。
ここで止める。
そう宣言した時には何をしたらいいのかも決まっていなかったのに、勢いで言ったみたいなものだった。その勢いはただの本心だった。これまでのことも含めてここで止めておかないとってそう思ったんだ。
そんなオレに印鑑の使い方を花鳥風月が教えた。教えたっつーより、ただトウに話してただけだ。
想いが必要だって言ってたけど、なんでもいいならオレには今は隠しきれない怒りがあるってあん時思ったんだよな。
それであいつに向かって力を使った。あんなことになるなんて思わなかったから。
オレの力によって、あいつは凍った。それだけで終わるなら少し反省したら溶かしてやれる。そう思ってた。それだけで終わったなら、な。
オレが凍らした次の瞬間あいつの首が転がっていったんだ。初めて見た。人がもう生きられない状態になるのを。
オレがやった。オレが殺してしまったんだ。って状況がすぐに飲み込めなかった。そんなに強い力だなんて知らなかった。知らなかったじゃ済ませられないんじゃないかって、だけど止められたならいいんじゃないかって……そんな感情がぐるぐるしてたんだよな。
少ししてさ、花鳥風月が言ったんだよ。
トドメを刺したのは自分でオレのせいじゃないって。しなくていいことをしたなら謝るって。
オレのせいじゃなくて良かった。そう思ったのも束の間だった。
だって、制御しないと今度は自分自身のせいで誰かを傷つけることになるって言われたから。オレはそれを心に深く刻んだ。
大将にもらった言葉と同じぐらい大切にしようって思った。今度はオレの大切な人を傷つけてしまう可能性だってあるから。
絶対に気をつける。そう決めたんだ。
最後にあの男は埋葬だけした。そのままにしておくのがどうにも忍びなかった。トドメを刺したのはオレじゃないけど、きっかけを与えたのはオレみたいなものだから。
それに、あの男もあの城に最初からいた奴には好かれてたかもしんねえしな。
それから、花鳥風月が子供を逃がしたってことを聞いて安心した。オレにはできなかったから悔しいとも思ったけどな。
ここからは今のオレになるんだけど、オレはトウと風花についていってる。
こいつらは大将たちより頼りないし、よく分かんねえ奴らだけどこいつらといれば、また何か見つけられるようなそんな気がしてる。
だから、オレはもうちっとこいつらと頑張ってみるよ大将。もしまた会ったらよく頑張ったって褒めてくれよな。
ぜってえ会いに行くからよ、それまで忘れんなよ——