表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

どうしても

 そうして始まった。始まってしまったとでも言おうか。彼らが自分の想いをぶつけあう戦い。見ているだけなのはもどかしい。だが、零に手を出すなと言われている。

 水滴石穿だって零が目的だろうしな。僕と和樹に用はないだろう。それなら静かに見守っておこう。

 彼らの行方がどうなるのか気になるしな。なんだか僕も自分に重ねて見てしまうし。僕も連れていかれてから会うことができていない妹がいる。それなのに、探そうともしなかった。もういなくなってしまっているのではないかと思っているからだ。


 水だって小さな頃に零と別れたはずなのに今も生きていると疑わず、零を拾った人までも突き止めた。それだけの執念……執着が彼にはあった。それだけのものがあってやっと見つけたというのに肝心の弟は自分についてこようとしない。

 無理やり連れていくために悪魔の力を使おうとするという考えが生まれるのは仕方ないと思ってしまう。零が嫌がっているというのは分かっているといるというのにな。


「トウ、何を難しく考えているんだ?チビの…零の戦いをしっかり見届けろ。水に濡れて寒いのならこれでも羽織っておけ」


  僕はしっかり見ていたつもりだったのだが、和樹に指摘された。考えごとばかりしていてはいけない。和樹が羽織までかけてくれたのだから見届けよう。


「零くんはなんで水についていくのが嫌なんだ?俺が言うのもなんだけど、あいつは君のこと大事にすると思うよ」

「それが嫌なんだっての!オレは甘やかされたくねえ。ずっと過酷な環境で過ごしてきた。……それが楽だと思ったことはねえ。けどな、もうオレはオレで動きたい。誰かについていくならそれはオレがオレでいられるとこだ。覚えてもねえ奴に兄だって言われて連れてかれる?んなの、オレじゃなくなっちまうだろうが!!だからぜってえ行かねえ!」


 何を言われても意見を変えない。それが今の零。

 自分が自分ではなくなるのが嫌。それは間違ってはいない感情。僕が誰かの考えも、感情も否定することはできないのだけれどな。否定することはしたくなくても、どうしても、受け入れられないものはあるのだが。


「そっか、そっか。どうしても、本当にどうしてもついてきたくないか。そうだろうなとは思ってた。そもそもお前が止めてたら苦労しなかったのに!って感じだよね。水は君のことになると我儘になるから君が自分のことを嫌ってるかもしれないなんて考えてないんだよ。やっと見つけたからって急に抱きついてたし、ごめんね」


 水滴石穿が零に謝った。謝るとは思わなかった。

 水と契約をしていても彼の行動は予測不能といったところなのかもしれない。それとも、反省したと思せて油断したところを……


「んな罠みてえなもんにひっかかると思ってんなら残念だったな。ひっかかるわけねえだろ!それにな、お前が…あー違うんだっけ。水だったか?そいつがオレの両親を止められなかったことなんかどうでもいい。それのおかげで大将たちに出会えたんだからな。謝られたところでどうでもいいとしか思えねえんだよ」


 油断したところを、とか杞憂だったな。零が油断をするわけがない。零は昔にあったことを気にしていないのだから。


「騙されてはくれないんだね。小さいのによく考えられる子だねえ。さっきので騙されてくれたらすぐに連れていけると思ったのにな。久しぶりに水が呼んだからちゃんと頼まれたことは終わらせたいし……ちょっと手を抜いてたけど気にしなくていっか」


 雰囲気がまた変わった。確実に連れていくために、契約した水の願いを叶えるために、水滴石穿は手を抜くのをやめる。子供だからと一応配慮していたのだろう。僕の目にはそうは見えなかったのだが。力も使っていたしな。

 あの水の勢いが手を抜いたものであったのなら、本気を出した水滴石穿の力というのがどれだけのものであるのか想像がつかない。


「手なんか抜くんじゃねえ!オレを連れていく気があるなら本気でこい。本気じゃねえ奴から逃げ切ったってまた同じことをしてくるんじゃねえかって思って嫌だからな!本気のお前に勝ってオレのことからは手を引いてもらう」


 本気でこい、か。自分がこれからも自分であり続けるためには水に勝っておかねばならない。零が今戦っているのは水滴石穿であり水ではないのだけれど、本気の力できたものに勝たないと意味がない。そんな考えなのだろう。


「零って意外と根性あるんだな。弱いと思ってたんだが心の面では強い。自分の兄と言ってきた相手に対して、甘やかされたくないから連れていくなとはっきり言うところとかな。その強さはこの先もあいつの武器になるはずだ」


 和樹が言った。この先……零があちらについていくのではなく今後も僕たちといることを前提にして話しているようだ。

 つまりは、負けるわけないと思っている。普段素直ではない分伝わってくるものがある。


「そうだな、勝ってほしいな」

「勝ってほしいとか願ってなくてもあいつは勝つだろ。吸収も早くてすぐ強くなってく奴なんだから簡単には負けないさ」


 零のいないところでは随分素直になるものだ。いないのではなく戦っていて聞こえないだけだが。


「オレはもうオレとして……零として生きてる!聞いたって言ったから知ってるだろうが大将につけてもらった名前だ!その名前をもらってから生きてきた分はこれからもずっとオレの中にあり続ける!そしてそれは消えたりしねえ。これから先だってオレは大将たちに教わったことを……トウたちに教わったことを活かしながらあいつらと旅をしてくんだ!!それだけは曲がらねえ!」


 零が氷で纏った自分の拳を水滴石穿に放っている。当たってはいるのだがいなされているため、相手にとっては強力な攻撃とはなっていない。それでも撃ち続ける。自分の大切なものを守るために。


「曲がらなくたっていいんだよ。水についてきても別にそれを曲げる必要はないでしょう?零って名前を変えようともしてないし、君が教わったことだって消えるわけじゃない。何がそんなに嫌なの?水についてきたって旅もできるしさ」


 水滴石穿が零の言ったことに対してそう返す。

 つくづく悪魔というのは人間の感情とかを理解できないのだなと思う。花鳥風月もそういったところがあった。

 そう答えたことが零をまた怒らせるとも知らずに言っているのだから恐ろしいものだな。


「ああ、消えるわけじゃねえ。ただな、オレが今一緒に生きてえって思えるのはトウたちなんだよ!トウと風花とおっさんと唯と生きて旅をして、願いを叶えるためのもん見つけてえんだよ!!お前に…水についてったらそれができなくなるだろうが!」


 零の放った拳が水滴石穿に当たった。いなされもせず当たった……はずだった。

 何もついていない。傷も、零の拳についていた氷の破片も。


「水が悲しむね。そんなに拒絶されたらさ。君が言っていることは分かったんだけどね、君がそこにいるトウくんたちと生きたいって思うのと同じように、水は君と生きたいと思ってるんだよ。どうしようもなくて、もっと小さかった君のことをずっと忘れられないんだって。人間の記憶力って低下していくって聞いたんだけど、水は違うみたいなんだよね。日に日に君への想いが増していくばかり。弟に抱く想いなのかなとも考えるよ。けれど、それが水なんだ。そんな水の想いも俺は全部ぶつけてあげるね」


 とても大きな執着。それが水の持つ感情。

 それをずっと抱え続けてきた。会えない時間が苦しくて日に日に零に想いを募らせてきた。

 だから零に会った時にその抱えてきた想いが溢れ出たのだ。

 

——どうしても水のことを嫌いになれない。


 大切な仲間を連れて行こうとしているというのに、嫌いなれない。きっと、どこか似たところがあるからだ。

 

「全部ぶつけてこいや!その上でオレはお前に勝ってやる!」


 そう言った零の顔は真剣で、僕が水のことを嫌いにならないとか考えている場合ではないなと思った。嫌いでも好きでも、どちらにせよこの戦いの行方を握るのは二人なのだから僕は見守るしかない。

 どうなったってこの二人が納得できるならそれが一番いいのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ