兄
五人で進むと決めた僕たちが数日後何をしているかというと
「いらっしゃいませーこちらへどうぞ」
団子屋で接客をしている。これも依頼なのだ。人手が足りないから手伝ってほしい、というものである。
唯は接客ができないので外で看板を持ってもらっている。大きな字が書いてあるから遠目でもよく分かるはずだ。風花はそつなくこなしていて、零も注文を聞いたり団子と茶を運んだりしている。和樹は外にいる唯に万が一のことがないように見張っている。
僕はというと……
「兄ちゃんもっと愛想よくできないかい?お客さん怖がっちまうよ」
店主に注意されてしまった。愛想よくするのは、笑うこともないのに笑うというのは、苦手なのだ。
「わ、分かりました」
「随分引き攣っているけれど、頑張っているのは分かるからいいか。あの子ぐらい愛想いいと嬉しいんだがねえ」
店主は風花を見ながら言っている。
僕とは比べものにならない笑顔なのだから当然だ。零も頭を撫でられても怒ることもなく接客を続けている。
僕も怖がられないようにしないとな。次の人が入ってきたら切り替えて頑張るか。
「いらっしゃいませー」
零の声が聞こえて次の人が入ってきたのが分かった。僕がその人の方を見ると顔が青白かった。何か嫌なものでも見たときのような。何か予想だにしなかった出来事が起きたときのような顔。色々な感情が混ざったときの顔。
大丈夫なのかと見ているとその人はフラフラ歩き、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「ようやく、ようやく見つけた……ずっと、ずっと、ずぅっと……探してたんだよ零……あの親のせいで、僕が守れなかったせいで、僕が止められなかったせいで……僕のたった一人の大切な弟………もう絶対離さないからね……」
零。その単語のその人の口から聞こえてきた。
その人は零を弟だと言っている。だが、彼からそのような話を聞いたことはない。彼は家族の話をすることを嫌っていた。大将という人物の話はよく話していたけれどな。
「誰だ?オレの兄ちゃん?てかなんでオレの名前知ってんだ……とりあえず離れてくんねえか?」
零はそう言った。
「そんな…知らないって……お兄ちゃんだよ?あと名前のことなら君が尊敬してた人から聞いたんだよ。ずぅっと探してたんだからさ。賊のとこにいただなんて驚いたよ。その後の居場所は知らないって言われた時にはどうしようかと思ったけどね。こうして出会えて良かったよ」
「だから知らねえもんは知らねえって!大将たちに会ったのか⁈大将はただの賊じゃねえぞ!つーか客じゃねえなら出てけ!」
「れーい、そんな言い方はだめよ。でも、お店の中で揉められるのも迷惑だから出ていってもらえないかしら?依頼は私一人でもできるからトウくんも行っていいわ」
風花が零とその人の間に入って言う。
僕も出ていいと言った意味は、零だけだと不安だからしっかり見てこいということだろう。僕も心配だしこのまま店にいてもあまり力にはなれないと思うからちょうどいい。
「あーもう、分かった。じゃ、ちょっと出るか」
零とその人と僕は店の外に出て人手がないところまで行く。外に出ると和樹が近寄ってきたのでそのままついてきてもらった。
「なんか問題でもあったのか?」
「問題というか、零の兄を名乗る人物が現れたんだ。それで少し揉めそうだったから風花が店の外に出て話せとな」
「チビの兄?あいつ一人だったって言ってなかったか?」
僕と和樹が話をしていると、零の兄だという男が睨みつけてきた。
「お前らは弟のなんだ?何か変なことをしたんじゃないだろうな?」
「オレにとっちゃあんたの方が不審でしかないぜ。てか、トウとおっさんはオレの……仲間だ」
零がそう答えると、男の雰囲気が変わった。
押し込めていたものが、抑えきれなくなったときのようなそんな雰囲気。
「あんなに一緒にいたのに…親が零のことを育てられないからと僕だけを連れていったときの喪失感を僕は忘れたことなかったのに……探してやっと見つけたのに……もういい…水と零が一緒にいられるならどんな手段でも…契約:水滴石穿」
水……それが男の名前なのだろう。
乱麻といい自分が一緒にいたい者を手にするためなら手段を選ばないのだな。あの男とは少し違う気はするが。
それより、先程契約と言っていたか…契約という言葉。その言葉は風花が花鳥風月になる時と同じもの。それを水が口にしたということは……
「弟が自分を覚えていなかったからってなあ…まあ、契約した時もそんな感じだったし今更か」
おそらく今の水の中身は違うものだ。
彼も風花と同じだったのだ。想いにつけ込まれたのか、自分から願ったのかは分からない。ただ、その悪魔に膨大な力があるだろうということは予想できる。そしてそんな悪魔が今呼び出された意味を考えると察しがついてしまう。
——零が危ない!
「れっ……」
僕が声を出した時には遅かった。零はすでに捉えられている。
「このまま遠くまでつれていきゃいいか。どうせ他に人の気配もしないし」
水滴石穿……だったか。それが零を連れ去ろうとしている。連れ去ろうとしている理由は水が願っているからだろうけれど、無理矢理連れていったところで何になるのかなと思う。
僕も兄だったから忘れられることの苦しさは理解できるけれど、たとえ妹が生きていて僕を忘れてしまっていたとしても無理やり連れていくことはしない。今はそう思うのだが実際に起きることを考えてみるとどうなるか想像がつかない。
そんなことをぐるぐる考えていると
「ったく、大丈夫かよおチビ」
「チビじゃねえ!まっ、ありがとなおっさん!」
和樹が零を助けていた。
少々乱暴な抱え方だがその扱いがちょうどいいのかもしれない。零もそこまで嫌ではなさそうだ。
僕が考えている間に動いてもらえて良かった。動くのがもう少し遅かったらそのまま連れて行かれていたかもしれないしな。
「つーかもうおろしてくんね?ちょっとオレも言いてえことあんだよ」
「ああ、おチビに兄がいたなんて初耳だがどうやら訳ありみたいだし、言いたいことは多いだろうな。全部言ってやれよ」
そう言いながら和樹が零をおろす。
零は距離をとって話しかける。
「あんたオレの兄なんだってな?オレはぜんっぜん覚えてねえけどな。オレにとっての家族はあん時拾ってくれた大将たちだし」
「俺じゃなくて水だけどね君の兄は。覚えてないのはちっちゃい頃だったからだよ。だって俺が水と契約したのが君が捨てられた頃だったから、俺は覚えてるんだよね。あの時は怒りと喪失感で水の心がぐちゃぐちゃでさ……契約しやすかったんだよね」
やはりつけ込んだのか。真っ先に思ったことはそれだった。心がぐちゃぐちゃになっている時にもちかけられたら何も考えれないのは当然のことだ。
「その話が本当だってことは信じてやる。けど、オレはぜってえついていかねえからな!今は願いを叶えるためにトウたちと進むって決めてんだ」
「そうか…そう決めているのなら仕方ない。そう言いたいところだけどな、水に頼まれたからそうもいかないんだよな」
零のことを見てニッコリ笑い水滴石穿は唱える。
『積み重ねた怒りや喪失がもたらすものは大地への恵みか破滅か……どちらなど選べはしない。
呪印発動:水の流星』
その瞬間水がポツポツと降ってきた。
ポツポツ……ザーザー……少しずつ量が増えてくる。そして止まらない。いつまで続くのかというほど降り続ける。
止まってほしいと願っても、彼に止める気がないのなら止まるはずがない。それが水滴石穿の力。
それでも止めなければならない。零を連れていかれないためにも、僕にできることはする。そう思ったけれど、戦いたいと僕よりも前に出ている者がいる。
「これはオレの問題だ。ぜってえ自分の力でどうにかしなきゃなんねえ。そう思ってんだ。大将たちのことを聞きたいしな。だから手は出すな。どうしても出したくなったら……オレが倒れそうになった時にしろ」
「だってよ、トウ。どうやら出番はなさそうだ。チビにもチビなりにやりてえことがあるんだ。男が決めた戦いに手を出すのは野暮ってもんだし、見守っとくだけにしとこうな」
零が真剣な眼差しで言う。それに和樹にも止められた。それなら見守っておくしかない。
決めたのならもう曲げはしないだろうからな。
危なくなったら止めるぐらいの気持ちでいよう。