呪われた少女
「どうしてわかったの……」
髪をおさげにしていて、目が見えないように目隠しをした僕と同じ歳ほどの子が茂みの中から出てきた。
「俺は人の気配に敏感なんだ。さっきのトウとの戦い見てたら分かると思うけどな。まあ、さっきまではいなかったみたいだし分からないか」
女の子の問いに和樹は優しい声色で答えた。
女の子は納得したように頷く。
「そうだったんだ。わたし、は、唯。人に何かを頼むときは、まずあいさつから……銀髪のお姉さん、お願い…いや、依頼をさせてください」
唯は風花がいる方向を向いて言った。
目隠しをしているのに、完璧に位置をとらえている。和樹と話している時もしっかりと彼がいる方向を見て話していた。
「依頼って何かしら?報酬は?」
風花が依頼を受ける時の雰囲気になった。
彼女も彼女なりに考えて仕事をしているのだ。
報酬をもらえないのなら、その依頼は受けない。そのため、風花が依頼を聞く時はいつも厳かな雰囲気を纏って話す。
「依頼はわたしの呪いを解くこと。報酬は、その呪い」
「ふむ……やはり其方同胞の匂いがするよ…呪い…そしてその目隠し……もう少しで思い出せそうなんだけどね…」
風花がジロジロと唯を見ている。
そして、何か思い出したようでポンっと手を合わせる。
「あー君『唯我独尊』か。厄介なものに呪われているんだね。呪いというより、彼女のは愛しすぎたが故の、愛されたかったが故の結末。彼女と契約する者は常に愛情に飢えている者が多いのだが……どうやら君は違うようだしな…」
ブツブツと何かを考えている。
それより……
「花鳥風月、か?」
「ん?おぉ、君はトウくんじゃないか!童もまだいるのだねえ。元気にしているようでなによりさ。また知らない男が増えたようだね。仲良くしているのかい?」
「和樹は先程仲間になったばかりだ。花鳥風月は風花に呼ばれないと出てこれないのでは?」
風花も花鳥風月もそう言っていたのに、風花が何も言わなくても出てきている。
一体どういうことなのだろうか。
「普段ならそうだよ。だが、同胞の匂いに反応してね出てきてしまったのだよ」
唯を見て言う。
同胞の匂い。それを指すものは、唯を呪ったというのが悪魔だということ。
「あの、わたしの依頼は受けてもらえるのでしょうか…?」
「ああ受けよう。今回受けるのは私自身なので特に報酬はいらない」
花鳥風月が言った。
そして続けて言う。
唯の顔ではなく頭の上を見ながら。
「久しいねえ、唯我独尊や。元気にしているのかい?いったいなにをしているんだ。我々悪魔にだって掟はある。人間を呪ってはいけないよ。望んでいない相手と無理やりの契約だなんてしてはならない。しっかりと確認をとった上での契約をすることが必要だ。風花の中で暮らしてきてその大切さを私はより一層感じるようになったよ。だから、離れるんだ」
いつもよりも強い口調でそう告げた。
しかし……
「どうやら、君は自分自身で契約したらしい。それも、長期間でね。縛りは君が永遠の愛を誓える相手を見つけるまで」
「うそっ!そ、そんなの覚えてないっ」
「覚えていなくても、悪魔にとっては契約は絶対で、その時のことは忘れることはないんだよ。掟にもあるんだ。人間と交わした契約を破るなってね」
唯は覚えていないと主張した。
だが、花鳥風月はそれを否定する。彼女がいつ契約したのかさえ忘れていたとしても、彼女と契約した悪魔がそれを覚えているから。
「永遠の愛を誓えだなんて、どうすれば、いいの…?わたしは目を合わせた相手を死なせてしまうのに。唯我独尊の力のせいで…この力のせいで私は……何人犠牲を出してしまったんだろう。もうこれ以上犠牲は出したくない。だから目隠しをした。それでも犠牲を出してしまうかもって思ったから解いてもらうために来たのに……全部、全部無駄足だったってこと…?」
唯は泣きそうな声を出しながら言う。
その言葉の節々にいろいろな苦労が伺える。
自分のせいで何かを起こしてしまった時の苦しい気持ちは、少しだけ分かる。
無駄足だなんて言わせたくない。
「花鳥風月、何か方法はないのか?」
気がついたら口からその言葉が出ていた。
何かしてあげたいとそう思ったのだ。
「んートウくんや、君の印鑑の力試す覚悟はあるかい?」
「僕の力?」
僕は印鑑を取り出す。
それに書いてある文字は『不撓不屈』。
何ができるか分からない。
「これは賭けだ。力を使った上で唯を見て何も起きなければ唯の相手としてトウくんが相応しい。何か起きてしまえば、その時点で負け。どうする?私としてはトウくんでなくともいいとは思うが、童のではだめだろうからねえ」
賭け。覚悟がなければできない。
それでも……
「それしかないのなら。『不撓不屈』」
僕はそう唱えた。
特に何か変わった感じはない。
「唯。トウくんにだけ見えるように目隠しを取ってくれないかい?一瞬でいいんだ。童とそこの男は決して見ないようにね」
「えっ?は、はい…でも…」
「いいから」
僕にだけ見えるように彼女は目隠しを外した。
先程まで目隠しで隠されていた目は透き通った空のような色をしている。
「綺麗な目だな…」
「な、なんともないの?」
「体調もなにも問題ないが、君こそ平気なのか?少々顔が赤いようだが」
「久しぶりに人と顔を合わせているから、緊張してるだけ…平気よ……」
唯はもう一度目隠しをした。
まだもう少し見ていたいと思ったが、強要してはならない。
そして僕がなんともなかったということは、賭けには勝ったということになる、のだろうか。
「よし、トウくんよくやってくれた。荒業だが、唯我独尊という悪魔がついた唯の呪いは特定の相手には効かないということが分かった。これで依頼は終了だ。少し経てば風花に戻るよ」
花鳥風月は強引に話を、依頼を終わらせた。
「えーと、これで良かったのか?」
「あなたにだけは効かないということが分かっただけで、根本的な解決にはなってない」
「唯ちゃんはそれで納得すんのかい?」
和樹が横から口を出す。
僕も気になって聞こうとしたからちょうど良かった。彼女が依頼したのは呪いを解くことなのに、解かれていない。解くことはできない。
そもそも、呪いではないから。
「納得、します。ただ、わたしのこれが他に効かない人が現れるまであなたと一緒にいたい」
彼女は僕の服を掴む。
確かに他の人には効いてしまうということなら、不安だし僕しか頼れる人間がいないということなのかもしれない。
「いいよ。零も和樹も…風花もいいか?」
「今更一人増えたとこで変わんねえだろ。さっきおっさんが増えたばっかだし」
「共有してもらって状況は把握した。私も賛成よ。男ばかり増えていくから可愛い女の子ほしかったのよね」
「問題ないよ」
全員賛成してくれた。
「ということで、これからよろしく」
「よろしく。わたしは後ろの方でゆっくりついていくから…人と関わるの苦手なの」
唯は僕たちについていくことになった。
この先なにがあるか分からないし、本当に『全知全能』を見つけることができるのかさえ、未知で、分かるわけがない。
それでも僕たちは、こうして運命みたいな出会いをしたのだからなんだってできる気がする。
この五人でならなんだって掴めるような、そんな期待を胸に抱きながら僕は進んでいく——