小さな願い
乱麻が印鑑を握って言うと斬撃が飛んできた。
彼自身が先程その斬撃で崩れていくところを見るのがいいと言っていたからくるだろうとは思っていた。まだ避けられそうな速さだったので避ける。
「斬撃か。私も飛ばしてあげよう」
その瞬間、花鳥風月の腕が花になった。その花弁を風で乱麻の元へ飛ばしていく。傷つけさせないと言っていた風花の身体に自分で傷つけているではないかと抗議をしたくなる。けれど、どうやらその必要はなさそうだ。すぐに元通りになっていたから。先程まで花に変わっていたとは考えられないほどに。
「そんなことまでできたのだな」
「ん?ああ、まだ見せたことなかったかな。部分変化ですぐに戻るから気にすることはないよ。まあ、避けられてしまったみたいだけどね」
花鳥風月が乱麻の方を見た。その場には砂埃が立っている。それが消えて乱麻の姿が見えたのだが傷一つついていなかった。
「挑発したくせに乱くんに全然攻撃できてないのね〜ワタシが相手したげようかしら、特にそこの坊や。可愛い子は大歓迎よ〜弱そうだし」
いっちゃんと呼ばれていた男が品定めをするようにジロジロと零を見て舌なめずりをした。
零はその様子に少し震えたけれど
「オレは弱くなんかねえ!!」と、声を張り上げた。
子供で、小さいからと弱いと思われることを何よりも嫌う。数ヶ月いて思った零の印象はそれだ。何かもらえる時は全力で媚を売っていたのだがな。
「『絶対零度』」
自分の拳に氷を纏わせ強化させて肉弾戦にもちこむ。零はそのために鍛えていた。最初会った頃と比べものにならないぐらい筋肉がついた。
挑発に乗せられやすいところはあるが、自分の感情にあまり流されなくなった。それが零の成長。
「もーいっちゃんは何もしなくて良かったのに。可愛い子見たら止まらなくなるとこ変わんないんだから。でも、僕の遊び相手はまだ二人いるしいっか!」
「君はあの男とどういう関係なんだい?」
花鳥風月が乱麻に問う。
僕も気になっていた。歳が近そうなわけでもなく友達というには違うような雰囲気を感じたからだ。
聞いていいのかと躊躇っていたので花鳥風月が聞いてくれて正直ほっとしている。
そして、その問いに乱麻が答える。
「お姉ちゃんって呼んでって言ってるからそうなんじゃない?まあ、僕が一人になってからずっと側にいる存在だよ。なんの利益もないのにね」
「利益がほしくて一緒にいるわけじゃないと思うよ。君と一緒にいたいと願っているから側にいるのだろう。そういう者は大切にしたほうがいい」
何故一人になってしまったかの理由は聞かない。
一人になってしまう苦しさはよく知っているから。だから思わず言葉をかけたのだ。
「人を傷つけたいって衝動を理解されなくて家を追い出された僕なのに?あ、もしかして教わってこなかったのかってそういうこと?人を傷つけちゃいけない?そうだね、教えてもらえなかったよ!!だってその前に理解されなかったんだもん!!きっと教える気にもならなかったんだろうね!!」
乱麻にとって、止めることのできない衝動。それがずっと胸の内にあった。だが、家族には理解してもらえなかった。それなのに、僕もひどい言葉をかけてしまった。
しかし、これだけは伝えたい。
「たとえそうだったとしても、君が傷つけた人たちには帰りを待つ者がいるということを忘れてはいけないよ」
「なんで関係ないのに僕に説教ばかりしてくるわけ?ほんっとわかんない!」
乱麻はまた斬撃を飛ばしてくる。
考えを受け入れてはくれないだろうと思っていた。伝えたとしても自己満足。そんなこと分かっていた。僕の考えを受け入れてはくれなくても、僕は乱麻のこの攻撃を受け止める。
「トウくんや、君は本当にバカなんだね。避けられるものを避けないとは……伝え方も不器用だ。怒らせない言い方もあるだろうに」
また防いでもらった。というより、風で相手の方へと飛ばしたようだ。
斬撃は最初のものとは形が違うもので槍のように尖っていて速さもあった。あのようなものを返して乱麻は大丈夫なのだろうか。
「えっ、やっ、やば!」
乱麻に当たりそうになったその時……
「乱くん!」
横から男がそう言って乱麻を庇った。
「いっちゃ……一生!」
一生と呼ばれた男は血を吐き倒れている。
槍の形状をしたものが深く突き刺さっているのだ。
「一生……早く自分の力使いなよ。いつもそれでみんなを治してるでしょ?」
「ごめ……あれ…自分はなおせないのよ……」
「そんな……僕のせいでいっちゃんいなくなるのやだ……」
「乱くんのせいじゃないわ……乱くんにちゃんと人とのつきあいをおしえたげたかったな……もっとちゃんといっしょに……」
そうして、一生と呼ばれたものは目を閉じた。
再び開くことはない。彼の願いは、乱麻と一緒にいること。たとえ何があっても側にいること。それが彼の願いだった。しかし、たった今その願いは叶わなくなった。
乱麻はそんな一生の手を握り、涙を流している。人を傷つけても楽しそうにしていた男が、泣いている。ずっと側にいてくれた、無意識に大切だと思っていた人間を失ってしまったのだ。
「いっちゃんが……ずっと一緒にいるって言ったのに……一生がいないなら僕が生きてる意味も、もうないなあ」
乱麻がそう呟く。涙は流したままである。
初めて知ったのだ。大切な人を失う苦しさを。
その感情に関しては僕も昔感じたことがあるものだ。
「乱麻、生きていくしかないんだ。苦しくても、一人だと思っても。生きていれば、大切な人が教えてくれたことを忘れることがないから。それと、願いはないか?それを叶えるためなら…」
「僕の願いは、僕といっちゃんが楽しかったらそれで良かった。でも、もういっちゃんもいないしどうでもいいや。ごちゃごちゃ考えんのもめんどい……」
自分たちが良ければそれでいい。それが最善だった、か。それなのに一人失った。それにより、もう願いがなくなってしまった。だから僕たちと戦う気も失せたのだろう。
「じゃあね」
乱麻は自分に向かって力を使った。それは大鎌のような形をしていて一瞬にして乱麻の身体を貫いた。
もう目を覚ますことはない。自分の意思で自分を貫いた彼の最後の表情は笑っていた。
結局、僕は僕の想いをただ伝えただけで彼の心になんて届くことがなかった。彼は最後の最後まで自分にとっての最善を考えたのだ。
それなら、僕の言葉で止まるわけがない。
「彼らは、なかなかに面白かったね。相手のことしか考えていないところも、特に…一生と言ったかな。彼は乱麻という男を庇って死んだ。そして、人を傷つけることを躊躇いもしなかった男が涙を流した。なんとも、人間臭いものだねえ」
「人が死んでんだから面白がっちゃだめだろ。こいつらも、次はもっと一緒にいられたらいいよな。それに、あの乱麻って奴も理解されるようになったら……これも願いなんかな?」
「そうだな。小さな願いだ」
彼らが理解されなかったことを、少しでも理解できたのなら。少しでもかける言葉が違っていたのなら未来も変わったのかもしれない。
だが、人が息を引き取ってしまえばもう何も変えることができない。それでも生まれ変わりがあるのなら、次は僕も違う言葉をかけたいと、そう思う。
これも、僕に生まれた小さな願いごと。
そんな小さな願いごとが増えていく度に、僕自身の掴みたいものが見つかっていく。それが僕の強さになる。数年前まで人と関わることもやめていた僕が、自分の大切なものを掴むために進むことができる。
だから、これからも人と関わっていきたい。今回の件でますますそう思った。