怪しい者
あれから数ヶ月後、僕たちはまた依頼をこなしながら旅をしていた。風花の噂はあちこちでされているらしく、宿を貸す代わりに依頼を受けてくれないかと言ってくる人が多いのだ。今回もまた、依頼をされたため僕たちはある人を探して回っている。
「しっかし、変だよなあ。数日前に出てった旦那がまだ帰って来ねえんだろ?愛想尽かされたんじゃね?」
「冗談でもそんなこというのはやめなさい。それに何らかの危険に巻き込まれている可能性を考えたら数日帰って来ないのは変なことじゃないでしょう」
そう、今回は仕事に出たきり旦那が帰って来ないと言った女性からの依頼である。最近周りでも頻繁に誰かがいなくなり、怯えながら帰ってきたという話を聞いたから心配になったのだそうだ。怯えながら帰ってきたという点も、ちょっとした用事で出ていったはずなのに数日帰って来ないという点も、不明なところが多いものだな。
「こうして探していれば見つかるのだろうか」
「トウくん、人探しの基本というのはどこに行ったのかという情報を頼りにとにかく探して回ることよ。情報はもらったからそれでなんとかするわ」
「そうか。ところで……かすかに何か聞こえてこないか?」
少しの音でも人探しに必要だと思って限界まで耳を研ぎ澄ましているから、何かが聞こえてきたのがすぐに分かった。
「そうね……っ、行くわよトウくん!零も!」
風花が走り出した。
その気持ちはよく分かった。僕にも聞こえたからだ。か細いが、必死に助けてと言っている人の声が。
僕と零も風花の後ろを走る。聞こえてきた方向に全力で走った。間に合ってほしいと、助けを呼んだ人を助けられるように、と。
「ぴっちゃんぴっちゃん、楽しいねえ。まだ大丈夫だよねえ」
もう遅かった。助けられなかった。もっと早ければ。そんな考えが頭の中を支配して離れなかった。
血の海が広がってしまっていた。それに、その被害にあった人が依頼主から聞いていた男性の特徴と一致してしまっている。数日帰ることができなかった理由はこれだったのだろう。声が最小限にしか出せないように塞がれていて、腕は切り落とされている。そんな状態で動くことなどできない。
そして、血の海を足で踏み楽しそうな表情を浮かべている者が、依頼主の探していた人を傷つけた犯人だと推測できる。人のことを傷つけておきながら楽しそうにしているのにはとても腹が立ってくるものだ。だから声を出してこれ以上のことをしないように止めようとした。だが、声が出なかった。
「乱くんまた新しい人たちが来たけどどうするー?」
僕の後ろにいつの間にか回り込んでいる者がいて首を掴まれているからだ。
また違う男だ。正直戦ったら負けてしまうと思った。僕よりもはるかに高い身長。戦い方を知っていそうな雰囲気。
なにより、気配を感じなかった。先程の城の男も気配を消すことができたがあれは印鑑の力だった。しかし、今僕たちの後ろにいる男は自ら気配を消すことができる。
下手に動いては自分が危なくなるため動くことができない。零と風花にも逃げてほしいというのに声が出ない。強くなると決めたのに、強くなれない自分が不甲斐なくて嫌になるな。
そんな沈んだ気持ちになりかけていたその時……
「トウくんって実はおばかなのかい?風花も心配して私を呼び出す始末さ。まんまと敵に捕まってしまうとはね……あ、敵という言い方で良かったかい?まあ、依頼主の探し人をそのようにしているという点で私はすでに敵と判断するけれどね。さて、童も怯えていないで手伝ってくれないかい?私一人ではどうもねぇ」
「別に怯えてねえし!それにお前一人でどうにかなるだろ。って言いてえけど手伝ってやる!なんかやらかしそうな予感するしな。トウも動けるようになったら手伝えよ」
花鳥風月により僕は助け出された。
血の海を見て震えていた零も震えを止めて花鳥風月と共に戦おうとしている。
それなのに僕が立ち止まっていてはいけない。
「いっちゃん〜逃しちゃってるじゃん…でも、うん。いっちゃんはそこの男の人治したらそのまま帰しちゃっていいよ〜僕ちょっとこの子たちに興味湧いちゃった」
犯人であろう男は僕たちに興味を移した。
依頼主の探し人を帰すと言っているのでとりあえずいいのかもしれない。なんてことは思えないのだが。あの状態の男の人を治すこととかできないだろうと、そう思っていた。
しかし、違ったのだ。
「『九死一生』」
もう一人の男は違和感を持っていた。そしてそれを握って唱えたのだ。それが表すのは印鑑の力を使ったということ。
その力で、先程までなかったはずの男の人の腕が両方元通りになっている。不思議なことだとは思うのだが、印鑑の力ならなんでもできるのではないかとも考えていたので、あまり驚きはない。
あの男の人がそのまま依頼主の元にもどることができるのならそれが一番いい。だが、心の傷は元になど戻らない。
「ひっ、ぜっ、ぜったいこのあたりもうとおらないからなー!」
男の人は怯えつつ素早くこの場から離れていった。傷を癒せたとしても、それだけでは意味をなさない。
「いやーいい悲鳴聞かせてくれそうな子が来てくれて嬉しいな〜いっちゃん、治療ありがとうね〜」
「思う存分やりなさい乱くん。やりすぎたらワタシがまた再生させちゃうわ」
「わーい!いっちゃん最高!」
「お姉ちゃんって呼んでって言ったじゃない」
「本当の姉ちゃんじゃないからやだ」
異質な会話。乱と呼ばれた男は誰かを傷つけたいという衝動。それに加担しているのがもう一人の男……といったところだろうか。
たとえ治るとしても、零と風花にまで手を出させるわけにはいかない。
「さーてと、やろうか。童もトウくんも準備できただろう?そうだ、風花に変わる気はないし、あの子の身体を傷つけさせる気もないから安心したまえ」
花鳥風月がそう言った。僕の不安が伝わっていたのかもしれないな。
「ああ。零も大丈夫か?」
「大丈夫だっつーの!さっき言っただろ⁈」
零が笑う。この状況で笑っていられるのがいいことなのかは分からない。だが、頼もしい。それでも、一つの傷もつけないように戦ってみせる。心にだって傷をつけさせない。
「僕の方に自分から向かってきてくれるんだ?嬉しいなあ!一緒に遊ぼうね〜」
「君は乱、でいいのか?なぜ、あのようなことを?」
「なんでって楽しいからに決まってるじゃん!いっちゃんがいるからずっと壊れない人形みたいなものだよ?僕の斬撃で崩れていくところ見るのが一番いいんだけどね〜あっ、僕の名前は乱麻だよ〜」
恍惚とした表情を浮かべる男に恐怖を覚える。
人を物だとしか考えていない。自分が何をしても壊れない物だと。人は、物ではなく生きて、息をしているというのに。
「そうか、君は教えてもらえる機会がなかったのだな」
「?何を?」
「いや、いいさ。分からないならな」
わざと挑発する。
挑発した方が焦点がずれそうな気がした。
「なんなのか分からないけど、あんたが教えてくれるよね!!『快刀乱麻』」